第15話 探偵は首都へ行く

「暇ですね、所長」

 誘拐事件から1週間。特に……ではなく、全く仕事もなく平和に過ごしていた。

「いいんだよ、暇で」

「そうなのですか?」

「それだけ平和っつうことだ」

 最近特に働きすぎであると彼は感じていた。ネイト探しから始まり、洞窟の調査にステアの捜査、通り魔退治に人身売買の犯人逮捕。


「おおそうだ見習い。新入りの教育どうなってんだ?」

「あっ」

 忘れていたといった感じに軽く口元を抑えるステア。マニが来た直後に大事件があったため忘れてしまったようだ。

 それに雑用で入ったスラムの少女、シューはマニのことを気に入っており、よく連れ出したりするため捕まらなかったというのもある。


「そ、そうでしたわね。ではまず『です』と『ます』の使い方を……」

「ああ、それぁそのままでいいや。なんかおもしれえし」

「ですが……」

「その方がキャラ立ってていいだろ」

 八朔の言いたいこともわからないではないが、貴族として社交するとき恥をかくのはマニなのだ。

 ……とはいえガスケット家は貴族の中でも特殊枠であり、他の貴族などと交流を持たなくとも問題ない。


「んでよぉ助手。雑用はどこ行ってんだ?」

「マニと遊んでおりますよ」

「……あいつ働きに来てるっつう自覚あんのかね」

「子供のうちは遊び学んで価値を身に着けろは所長の言葉ですよ」

 余計なことばかり覚えるネイトに苛立ちを覚えつつも、自分の言った言葉に責任を持たねばならぬ八朔は少々バツが悪い。

「てかよ、新入りと遊ばせて平気なのかよ。あいつぁ──」

「触れ合わない遊びでしたら大丈夫ですよ。あと危険な遊びも」

 危険な遊びなんて誰だってやらせない。だがここであえて言う必要があるということが気になる。

「危険な遊びってなんだ?」

「マニには問題なくとも他人には問題がある遊びです。マニは痛みを感じませんし、ほとんどの怪我はすぐ治ってしまいますから」

「……ファンタジーだな」

 コールドトミーなのか、或いは生まれつきなのか。回復力は長い年月を費やして様々な種族の血を混ぜた結果なのだろう。

 それでも流石暗殺者を特化して作られているだけはある。体が小さく身軽なのに力は強く、見た目は幼女でしかない。更に痛みがないうえ、怪我はすぐ治る。それでいて命令を忠実に実行するとなると、誰でも手駒として欲しいはずだ。

 王子はなにを考えてそんな彼女を八朔に押し付けたのか。彼の頭の中では王子が何度となく殴り飛ばされていることだろう。




「ハッサク殿はおられるか!」

 外から聞こえる言葉に、八朔は嫌な予感がした。

 いや、王子は宮殿に戻ったはずだ。今更また呼び出しをしようなんて思っていないだろう。まさかまたこの町に……。色々と考えが巡る。

 とりあえずでも話は聞かねばならないだろうと、渋々扉を開けて外の兵士の話を聞いた。



「……宮殿へ向かえと?」

「そうだ」

 兵士が伝えた内容は、王が八朔に用があるため至急向かえといった話だった。

 ようやく無理難題を押し付けられなくなったと気を許した途端これだ。

「宮殿っつうのはあれかい? あちこちにあるのかい?」

「いいや、本殿への招集だから首都しかない」

 首都はこの町から通常3~4日、早馬なら2~3日の距離だ。馬慣れしていないものや、馬車を利用した場合はもっとかかるだろう。徒歩だったら言わずもがな。

 つまりここを最低でも10日は空けることになるだろう。


「……断ってもいいよな?」

「できるわけなかろう」

 不敬ではあるが王子ならまだしも、今回は王からの呼び出しだ。最優先事項である。しかも八朔が嫌がることを考慮してか、周囲の生死に関わること以外の理由であれば連れてくることと言われているのだ。

「じゃあそこまでワープみたいなものができたりとかは?」

「ワープとはなんだ?」

 知らないらしい。というよりも、地球でも存在しない技術だ。この世界なら魔法を使ってなにかしらできると期待してみたのだろうが、恐らくないのだろう。


「でもよぉ、オレが留守にして姫さんたちどうすんよ」

「そのために子爵殿を置かれたのだ」

 まさかこのためだったのかと八朔は愕然とする。


「……おい助手」

「嫌です」

「……まだなんも言ってねえだろうが」

「私も宮殿へ向かえと言いたいのですよね?」

「たまにゃあ親に顔を見せておくべきだろ」

「絶対に引き留められるので嫌です」

 頑なに拒否される。道連れにはできないようだ。


「おめえさんはあれか、親と不仲なのか?」

「まさか。父も母も尊敬してますよ」

「じゃあ会っとけよ」

「嫌です」

 いつ永遠の別れが訪れるかわからないのだから、会えるうちに会っておいたほうがいい。後で後悔しないためにも。

 特に王族なんて健康でもいつ毒を盛られるかわからないのだ。


「でもよ、おめえさんもここに来て1か月も経つんだ。そろそろ庶民的な生活も飽きたんじゃねえか?」

「飽きるとかいう問題じゃないですよ」

 ネイトが少し憤慨した感じで返事する。どうやら暇つぶしや遊びでやっているわけではないらしい。

 こうなったら別口から攻めようと、ステアに顔を向ける。


「見習い、おめえさんはどうだ? 庶民の暮らしなんて嫌だろ」

 ネイトと打って変わってステアは今でもお嬢様然としている。知らぬものが見たらステアのほうが高貴に映るだろう。

 先ほどのやりとりを特に興味なさそうに紅茶を飲んでいたステアは、ティーカップをかちゃりと置いて向き直った。

「正直に申し上げると、ワタクシには少々合わない気がしますわ」

「だよな」

「ですがとても楽しいですわ! ワタクシが求めていたものはきっとこれでしたのよ!」

「……さいでっか」

 目が爛々と輝いている。とても嬉しそうだ。これ以上の質問は面倒だと八朔は会話を切り上げる。


「新入りは……聞くだけ無駄か」

 居なくとも返事はわかっている。きっと『ます!』であろう。



「所長、大人でしたら駄々をこねず行ったらどうですか?」

「だってよぉ、嫌なモンは嫌なんだよ」

 嫌なことでもやらなくてはならないことであればやるのが大人の対応なのではと、ネイトは少し呆れた表情で八朔を見る。


「何故そんなに拒絶するのですか?」

「だってよぉ、王なんてあれだろ? オレん態度がわりぃとかで首刎ねちまったりすんだろ?」

「そんなことしませんよ。私の父ですよ」

「おめえさんらの父親だから信用できねえんだよ。そもそもこれぁ信用うんぬんと関係ねえんだし」

 王子には嫌な目に合わされているし、ネイトも身勝手に振舞う節がある。どちらも八朔に言わせればロクデナシなため、きっと親もロクデナシなのだろうと決めつける。しかし問題はそこじゃない。


「どういうことですか」

「よく考えてみろよ。おめえさんは見ず知らずの男んとこに寝泊まりしてんだぞ」

「それなりに知ってますよ」

「そりゃ時間の経過でだろ。最初んころはそうじゃなかったはずだ。しかもおめえさんの親はオレのこたぁなぁんも知らねえんだぞ」

「……ああ」

 やっと理解したようだ。王の娘、王女が王の見知らぬ男の家に転がり込んでいるのだ。親としても体裁としても非常に宜しくない。


「そこの辺りは大丈夫ですよ。兄は所長のことえらく気に入っていますから、うまいこと誤魔化しているかと思います」

「ほんとかよ……オレぁできるだけ無事に元の世……国に帰りてえんだよ」

 言い直したところで余計なことを口走ったことには違いない。しくじったことで自らに舌打ちをする。


「そういえば所長は何故戻らないのですか?」

「んなもんおめえ……」

 とうとう聞かれたくない質問がきた。

 だが答えは決まっている。今更だが正直に話すのだ。

 勇者たちが去った今ならば教えてもデメリットはないはずだ。

「実はな、オレとサンチョさんとゾクのあんちゃんは勇者召喚とやらの巻き添え食らってここに来たんだよ」

「は!?」

 突然の告白にネイトは驚きの表情をし、ステアは紅茶でむせた。

 そもそも似たような服装をしていたのだから気付いてもよかったと思うのだが、ネイトからすれば兄である王子がなにも言っていなかったのだから然程気にしていなかったのかもしれない。

 この事実を知ったことでネイトの顔には怒りが浮かんでいた。


「所長、以前言ってましたよね。嘘を言う人間を仲間にしたくないと」

 以前波町のことを聞かれたとき、他国などと言っていたのだ。嘘ではないが、本当だとも言い難い。


「あんな助手」

「なんですか?」

 いつものように電子タバコを大きく吸い込み、そして水蒸気を天井へ向けて吐き出すと正面を向いて答える。

「人間、言いたくないことのひとつやふたつ、あるものなのよね」

 ネイトの心からぶちりという音が聞こえたような気がした。


「ああそうですか。私たちはその程度の間柄なのですね」

「まあそう結論を急くな」

 不貞腐れたネイトになだめるような言葉をかける。

「前から言ってんだろ。おめえさんはこうだと決めつけたらそうだとしか思わねえ。それを直したほうがいいって」

「そ、そうですが……」

「いいか、今回のことだって──」

「姫様、それ以上はお聞きにならないほうが宜しいですわ」

 ステアがお茶を飲みながら、八朔たちを見ずに伝える。


「冷静さをお欠きになられた姫様が所長と話して勝てるはずありませんわ。この状態で言いくるめられたら後々響きますわ。なので一旦冷静になってから再度この件について話し合われたほうがよいかと」

「ちっ」

 余計な入れ知恵に八朔は舌打ちをする。頭に血が上っていない状態のネイト相手だと言い負かされる可能性があるのだ。


「おい見習い。おめえさんはどっちの味方なんだ」

「ワタクシは当然、正義の味方ですわ」

「そうかよ」

 八朔は面白くなさそうにそっぽを向く。



「おうなんでも屋、いるか……ってなんだ? 喧嘩か?」

 杉所が嫌なタイミングで波町を連れてやって来た。

「別にそんなんじゃねえよ」

 八朔が不機嫌そうな顔をしているのはいつものことだが、今回はネイトまで同じような表情をしてそっぽ向いている。

「本当か?」

「オレぁ大人やってんでね。いちいちガキのことで腹立てたりしねえよ」

 散々腹を立てていた分際でこの言い訳である。杉所は苦笑しつつ以前言われたことについて問う。


「大人大人っていつも言ってるが、大体お前、なんで大人なんかやってるんだ」

「あ? そりゃ決まってんだろサンチョさんよ」

 なにも決まっていないのだが、そこは大人の杉所。きちんと飲み込む。


「おめえさんはよ、ガキんころ大人ってすげえって思わなかったか?」

「ん? まあそうだな」

「そんでよ、いざ歳を取ってみると大人ってこんなもんかよって幻滅しなかったか?」

「あーわかる! おれはそれよぉーくわかるぜ!」

 腕を組んでうんうんと頷く波町。だから彼は未だにこんななのだろう。


「でまあ、大抵のやつぁ仕事仕事と忙しさに追われ、大人ん姿っつうものを考えなくなるわけだ」

「まあ、わからんでもない」

 自らに子供ができたとしても、見本になろうとする大人は数少ない。子供が見ているだけならまだしも、自らの子供の手を引いて赤信号の横断歩道を駆けて渡ったりはよくある光景だ。


「だからよ、オレぁガキんころ思ってた大人っつうモンをやってんだよ」

 ふうんと感心した声を出す杉所だが、これまでの八朔の行動を顧みて顔をしかめる。そして少しにやけた顔で口を開く。

「お前の思い描く大人も案外ガキっぽいのな!」

「うっせ、ほっとけ」

 そしてまたそっぽを向く。



「つうわけでオレぁ首都行ってくらあ」

「「はぁ!?」」

 突然の言葉に杉所と波町は裏返ったような声を上げる。どういうわけかもわからない。

 面倒がって説明しないであろう八朔と、まだ機嫌の悪いネイトに代わり、ステアがいきさつを説明した。


「なあおっさん! おれをシメーしてくんねえか! シメーだったらランクカンケーなくシゴト受けられんだよ!」

 話を聞いた波町が、目を輝かせて八朔に頼んできたため、八朔は鬱陶しそうな顔をする。

「指名ねえ」

 以前ステアの母親の薬草を採取してもらうため指名していたことを思い出した。波町のランクは以前助けた少年少女たちと同じ一番低いもので、本来ならそのランクで山を越えてはいけなかった。

 だから今回も指名であれば使うことはできる。しかも自ら望んで来てるのだ。旅の道連れくらいにはできる。


「なあサンチョさんよ」

「わかってる。皆まで言うな。王族の招待の護衛だったら俺も文句なく行かせてもらえるはずだしな!」

「いや、こいつらのこと見ててもらいてえんだが」

「……」

 杉所、がっかり。

 マニがいるから安心というわけではなく、むしろマニがいるからこその不安もある。それを止める役割が必要なのだ。

 正直なところ、ネイトやステアではその役割を請け負えない。ここは庶民の町であり、庶民の一般常識が必要な場だ。


「土産くらい買ってこいよな!」

「出張する父親じゃねえよオレぁ」

 どうやら土産もないらしい。

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