第14話 探偵は真犯人を捕まえる
「おはようおっさん!」
八朔が朝起きると、事務所には先日の少女がいた。以前のような服のように巻き付けた布ではなくちゃんとしたワンピースに、バサバサだった髪も綺麗に整えられ、小奇麗になっている。恐らくネイトが手を入れたのだろう。ぱっと見、まさかスラム出身だと思うまい姿だ。
「……きみ、なんでここにいんの?」
「依頼料? とかいうやつだよ! 働いて返すかんな!」
ニカッと笑う少女と裏腹に、顔をしかめる八朔。そして朝食を準備するネイトを睨むように見る。
「おい助手」
「なんでしょう」
「つまみ出せよ。ここぁ保育所じゃねえんだ」
「構いませんが、それは大人のすることなのですか?」
「……素直にやりたくねえって言ってみろよ」
こいつ嫌な言い方をするようになったなと、八朔はふてくされたような顔をする。
「つうかよ、こんガキゃ別に強制じゃねえんだから置いとく必要はねえんだよな」
朝食のサンドウィッチを頬張りながら、八朔はネイトたちに告げる。
ネイトとステア、そしてマニはほぼ強制的に面倒を見なくてはならない。だが王子や貴族と全く関係のないこの少女は別だ。拒否して放り出したところでせいぜいネイトらに文句を言われる程度で、生活に支障が出るようなことはない。
「ありますよ。このままではタダ働きになってしまいます。その前例を作ってしまうと今後の仕事に支障が出てしまいます」
あいつを無料でやったんだからうちも無料でやれといった輩が現れるだろうということを危惧しているのだ。確かに前例を作ってしまうのは宜しくない。
とはいえこれも悪しき前例となってしまう。金がないからここで働いて返すということは、逆に考えれば仕事にありつけるということだ。そういったことで集まる輩をいちいち相手したくない。ここはあくまでも探偵事務所であり、職業斡旋所などではない。
だから今回のこれは、探偵とはどのようなことをするのかというアピールとしての宣伝広告費扱いで落ち着かせる。
「では過酷な労働を強いられるとか、手籠めにされるといううわさを流してはどうでしょう」
「んなことしたらオレが周囲から悪く見られて仕事がなくなっちまわあ」
「だからといって追い出すのはあんまりです! なんとかして下さい!」
ネイトが頼み込んでくる。
そして八朔は思い出した。ネイトは元々孤児院で子供の面倒を見ていたところを発見したのだ。つまりこういった相手に弱いのだろうということがわかる。
「……よし、うちの事務員じゃねえけど雑用としてやとっている
「特に異議はありません」
決断に対してにこりとほほ笑むネイト。最近調子が狂いっぱなしで気分がよくない八朔の気持ちなんてどうでもよさげだ。
「でもな、そいつあまり事務所に置いておくなよ」
「何故ですか?」
「何故っておめえ……」
理由を話そうとしたところ、突然扉が開かれる。そして入って来たのは杉所。
「なんだまたガキが増えてるじゃないか。お前、そういう趣味だったか?」
「そういうのマジ勘弁してくんねえかねえ……」
心底嫌そうな顔を八朔は杉所へ向ける。こういうクソみたいな冷やかしを言われるのが嫌だから傍に置いておきたくないのだ。
「で、なんの用よ」
「それだ! 今回の主犯であるザーコ男爵の屋敷に乗り込む算段ができたんだが、お前にも付き合って欲しい!」
八朔が手に入れた裏帳簿から犯人と確定し、更に城の上級補佐官から許可を得たのだ。ザーコ男爵は領主というわけではなかったため、潰れても問題がないとのこと。
「オレぁただの探偵だぜ」
「探偵だろうと当事者だろ! 行くぞ!」
当事者だからといってこれから踏み込む現場に行かねばならないということはない。というよりも日本では確実にあり得ない。
それでも杉所の強引な誘いに負け、渋々コートの袖を通した。
「武装してやがんな」
「貴族の屋敷だからな!」
現場────ザーコ男爵邸は物々しい警備であった。門番は6人ほどおり、柵越しに見える玄関前にも10人ほどが警備している。まるで待ち構えているかのようだ。
「オレぁやだよ。あんな物騒なとこ行くの」
「なんだ、怖気付いてるのか?」
「そりゃそうだろうよ。だってオレぁ素手だし」
両手をぷらぷらと振り、無手アピール。杉所はだから言わんこっちゃないと言いたげに顔をしかめる。
「だから銃を貸してやると言ってるだろ!」
「オレぁ一般人よ。そんなもん使えるわきゃないでしょ」
銃口を向けて引き金を引くだけの単純作業だけで的には命中しない。だからこそ射撃訓練が必要なのだ。
だが八朔は普通に銃を扱える。20代のころは海外へ行くたび射撃場へ足を運んでいたし、国外ではあるが仕事で扱ったこともある。
八朔が探偵業以外で食い繋いでいたアルバイトのひとつである。内容に関しては大っぴらに言えない。
「なんだ、行きたくないなら行きたくないって言えよ!」
「だぁら行きたくねえって最初から言ってんでしょ」
言ってはいない。だが杉所が聞く耳持たぬ状態で連れて来たこともまた事実。
「あんな、サンチョさんよ」
「なんだ!」
「一般人守んのがおめえさんの仕事だろ? 巻き込んでどうすんのよ」
「それは当事者の台詞じゃないな!」
八朔は勝手に商人の店へ乗り込み散々暴れまわったのだ。しかもマニがやったとはいえ殺人まで行っている。これで一般人だから守れというのは筋が通らぬ話だ。そもそもの話、八朔が守衛を巻き込んだとも言えるのだし。
ここはもう諦めて突入に参加するしかない。そう思ったところ、窓から覗く屋敷内の動きが気になった。
周りは守衛に囲まれている。こんな街中で籠城は無意味だ。だというのに守りを固めている。何故か──
「なあサンチョさんよ」
「今度はなんだ!」
「やっぱオレ、よそ行くわ」
「このやろ……まあいい。行ってこい!」
この期に及んで腹を括らないほど八朔の肝は小さくない。ならばよそへ行く意味がちゃんとあるのだ。であれば行かせるべきだということは杉所もわかっている。
八朔は足早にこの場を去り、少し見送ってから杉所は男爵邸を睨みつけた。
「ぐ、ぐふ。今ごろ
町外れの草原からひとりの小太りが生えてきた。いや、地下から出て来た。いかにも高価そうな宝石をいくつも持っている辺り、いつでも逃げられるよう動きやすいものに換えていたのだろう。
国からの許可が下りて捜査されているため、ここには居られない。今まで取引していた他国のコネを使って国外逃亡するつもりだろう。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
「だ、誰だ!?」
小太りは突然かけられた声に驚き周囲を見渡す。そこにいたのは対照的にひょろ長い男、八朔御影であった。
「あんたもなかなか安直で助かったぜ」
八朔が待ち構えていたのは、男爵の屋敷から女性たちが隠されていた場所への直線上の場所。そこになにかあるとわかっていなければわざわざ行くことのない草原の中心だ。
直線上にあったのは、こちらへ向かうのに便利だからという理由だろう。
「だから誰だと言っている!」
「探偵でござい」
八朔は帽子を取り内側を胸に向け、軽く挨拶する。
小太りはなんだこいつと言いたげであり、やはり浸透していないなと八朔は少し悲しげな顔をした。
それ故に小太りの立ち直りは早かった。熱冷めぬまま八朔に怒りの表情を向ける。
「それで儂をどうしようというのだ!」
「なぁに。ただの足止めさ」
屋敷の守りを固めていたのはフェイクで、中にいるかのように見せかけているだけ。窓から外の様子を観察する人間が全くいなかったのを八朔は不審に思っていた。
守りが多い場合の対処として最も簡単なのは、攻め側の人数を増やすことだ。だからそちらへ人を集めさせ、本人はこっそりと抜け道遠くへ逃げる。実に単純な作戦である。
そして屋敷から逃げるには表から出られるわけがないため隠し通路を使うのだが、隠し通路なのだから当然入り口も隠されているはず。だがそれでも杉所ならば見つけられると踏んでいる。
それを辿ってやがてここへ来るだろう。それまで八朔はここで止めておこうとしているのだ。
「や、やれ!」
男爵の言葉とともに現れたのは、身長2メートル以上で、その背には身の丈ほどの大きさの剣を背負った男と、八朔よりも少し小さめの細身の男。そしてナイフを持ったずいぶんと小柄な男。
パワー系バランス系スピード系。様々な場合に対応できるようしっかり揃えていたようだ。
大男が大剣を横薙ぎに振ると、それを八朔は足の裏で受ける。だが体重の軽い八朔は勢いを受け止められない。仕方なく受けたままの足で剣を蹴り後ろへ飛ぶ。
着地と同時に小男が駆けつけ、足元から蛇が巻き付くようにするりと八朔をよじ登り背後を取り、逆手に持ったナイフを首筋に突き立てようとし、正面には曲刀を持った痩せ男が斬りかかろうとしている。
「それぁこないだ見たばっかなんだわ」
「ぎっ!?」
首にナイフが刺さる寸前、八朔はナイフを持つ小男の手を掴み止め、もう片手で首根っこを掴み地面へ叩きつけるように引き落とす。正面の痩せ男はそれに対応できず、小男に斬りかかってしまう。
「ったく、手ぇ使わせんじゃねえよめんどくせえ」
手をぷらぷらと振りながら呟く。
「しかしまぁ、新入りにやられてたら止められなかったな。なんせあいつは今の倍以上はええし」
小さく身軽であればあるほど本領を発揮する技だ。マニのほうが小さく速いのだから、それを見ていた八朔からすればこんなものは面白味も感じられない。
「さぁて、まずひとり目だ」
八朔は凶悪な笑みを浮かべた。
「……よし、ようやく出られたぞ! ここはどこだ!」
今度は地面からガタイのいいおっさん──もとい杉所が生えてきた。杉所と仲間の守衛たちは穴から出るとキョロキョロ見渡す。
「おせえよサンチョさん。もちいと早く来てくれねえかね」
声の方向を見ると八朔が呑気に電子タバコをふかして立っていた。
「だったらお前が入り口探せよ! なんで地下への脱出路の入り口が2階にあるんだ! それでどうした!」
杉所の問いに答えず八朔は人差し指でチョイチョイと下を指す。
八朔が指さす地面を見ると、男爵たちはロープで縛られ転がされていた。
「これがザーコ男爵か」
「らしいな」
「よし、みんなで移送するぞ……って、どこ行くんだ便利屋」
「オレん仕事ぁここまでだろ。後はそっちでよろしく」
変態オヤジを縛ることすら趣味から外れているというのに、紐で繋いで犬みたいに連れ歩く気はない。以前そんなことを言っていたのを杉所は思い出しつつ、しかめた顔で八朔を黙って見送った。
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