第13話 探偵は誘拐事件に関わる
夜の裏道は月明りのほか照らすものはない。とはいえ地球とは異なり衛星──月は2つある。
本日の月の具合は東西に分かれており、互いに光をぶつけ合い影が薄くなっている。絶好の夜襲日和だ。
いや別に八朔は夜襲しに行こうというわけではない。ただ少し話をしに行くだけだ。
「新入り、最後に確認しとく」
「ハイ! 殺しはなしますね!」
「上出来だ」
八朔はマニの頭をくしゃりと撫で、奥へと進んだ。
八朔がマニと共に来た場所。それはトゥーブレロ商会の裏口だった。
以前この店へ来た感想としては、あちこちに支店がある大きな商会だが、売られている商品からはそれほど大きいものだと察することができなかった。
ようするに表には見えない商売もやっているのだろうということだ。あのときはあまり気にしないよう努めていたが、今はそう言っていられる状況ではない。
「ちょっとごめんよ」
「な、なんだてめえ!」
八朔が扉を蹴破ると、ガラの悪そうな男たちが数人いた。どう見ても店員ではない。
そのなかのひとり、多少は頭が回りそうな男を見つけると、マニの頭に手を乗せた。
「新入り、オレぁちいとそいつとオハナシがあるから他のやつと遊んでやんな」
「ハイます!」
マニが飛び出すと、八朔は目当ての男の前に立った。
「あんちゃん、ちいと話があんだけどよ」
「てめぇなに言って……ぐあっ」
ナイフを取り出した男の手首を蹴りつけ、そのまま壁へ押し付ける。もう少し力を込めたら手首の骨は踏み潰されるだろう。
「ご主様! 質問がありです!」
「どうした?」
「人間ってどうすれば死なないますか?」
「……あーあ」
まさか殺さない方法を知らないとは思いもしなかった。八朔は壁や天井に頭を突っ込まれ、パペットのようにブラブラしている死骸を見て額に手を当てる。
そしてどの程度の強さなのか試してみなかった過去の己を褒める。好奇心に勝った猫は死なないのだ。
「まあ今回はしゃあねえ。方法は考えてやっから次頑張ろうな」
「ハイます!」
笑顔で元気よく返事するマニを見て八朔は顔をひきつらせる。今さっき人を殺したばかりだというのに無垢な顔。これを真人間に戻すのは、はたして可能なのだろうか。
「さあて、おめえさんもこうなりたくなかったら知ってること全部話しな」
部屋の惨状を見た男はガタガタと震え、八朔の質問に洗い浚い全て話した。
隠し階段を登り、扉の前にいた男を扉ごと蹴破ると、頭の禿げあがった細身の中年男がいた。
言葉通り私腹を肥やしている達磨のような男だと思い込んでいた八朔は少しがっかりする。
「き、貴様はなにものだ!?」
「探偵、と、言っておきやしょうか」
そう言われても商人はピンときていない様子。まだまだ浸透していないのだなと八朔は苦笑する。
とりあえずは仕切り直しだ。商人の男は顔を赤くして怒鳴りつける。
「無断で人の敷地へ入ってタダで済むなどと思っていないだろうな!」
「思ってんよ」
「なっ」
八朔は一般人であればどこであろうと捜査できる権限を持っているのだ。彼の邪魔をしたら家主のほうが捜査妨害で罪に問われる。
「新入り」
「頑張りです!」
マニはただでさえ小さい体を低くし、凄まじい速度で相手の足元へ絡みつくように駆ける。そして蛇が巻き付くように相手の体をするりと滑り背後を取る。そして首の一か所へ両手をかける。
「おっとストーップ」
マニが男の首横を握り締め、引き千切ろうとする寸前で手を止めさせる。このまま首の肉ごと脈を持っていくところだったのだろう。
「ほぉら死ななかった」
「本当ますね!」
マニは感激したような表情で八朔を見る。実はマニ、攻撃して殺さなかったのはこれが初めてである。商人は突然のことに腰を抜かしてしまった。
「おら命救ってやったんだから全部吐けよ。オレが止めなかったらおめえさん死んでたんだぞ」
「かかか勝手なことを! きき、貴様、わわわワシが誰だと思っている!」
マッチポンプとはいえ助けたことに変わりはない。だがそれで納得してくれないのが世間というものだ。
だが先ほどの攻撃に恐怖を感じているため、ガタガタと震えている。
「だ、大体、もし殺しでもしたら貴様らが犯罪者となるんだぞ!」
「ならねえんだよそれが」
「何故だ!」
「それぁあんたが一般人で、こっちの嬢ちゃんがお貴族様だからだ」
「なっ!?」
商人は驚愕の表情でマニを見る。ただの幼女にしか見えないし、先ほどの鮮やかな暗殺術を見てしまうと更に疑わしい。そんな貴族いないからだ。
「あー……なんつったっけか?」
「ガスケット家当主ます!」
「ガスケット家!? う、嘘だ!」
「それがな、王子直々にガスケット家当主と認めちまってんだよ。それともあんた、王子の言葉が嘘だっつうのかい?」
不敬罪に当たるのだが、王子が言ったところを見たわけでもないため、嘘だと切り捨てることもできる。だが暗殺術と斑毛がガスケット家である証拠になる。
国に反旗を翻し、返り討ちにあったことくらいこの男も知っていたのだろう。だが潰されたと思い込んでいたようだ。
「まあ、諦めるこった。ついでにあんたの後ろ盾を教えてもらえるとありがたいんだが」
思ったように肥えていないのは、この商人が黒幕ではないからだろう。更に搾取する人間がいれば手元に残る金はそれほどでもない。
そもそもスラムの人間が高値で売れると思っていない。もしそうであるならば、乱獲されてスラムなんて存在しなくなるからだ。であれば他に捕まえる理由があるのだろう。
「そんなもの言えるはずがないだろ!」
当たり前だ。バラしたことが知れたら自分が殺されてしまうかもしれない。
「そりゃ丁度いい。おい新入り」
「ハイます!」
「このおっさんが殺さず戦う練習台になってくれるらしいぞ」
「頑張りです!」
マニが笑顔で構える。いつでも殺れる体勢だ。
「ま、まま、待て! あの、あれだ! 他の有益な情報ならいくらでも話す!」
男は慌ててマニを止める。額からは汗が吹き出し今にも脱水死しそうだ。
「他の?」
「あ、ああ」
「有益な?」
「そそそうだ!」
八朔は電子タバコから水蒸気を大量に吸い込み、天井へ向けて勢いよく吐き出してから正面を見て答える。
「ねえよ」
その後、マニの練習はなんと8回も連続で成功した。
「ご主様、練習が足りないます!」
「まぁな。あのおっさん思ったより根性なかったな」
9回目の練習をしようとした矢先、どうか言わせて欲しいと懇願されたのだ。そうまで言われたら八朔も聞いてあげないわけにはいかない。心優しい彼は商人の後ろ盾の人物の名を聞いてあげることにした。
「ザーコ男爵ねぇ」
「こ、このことはどうか秘密に……」
「裏が取れたら考えてやらあな」
ここでわざと敵対する人物の名を出し、そちらに被害を与えようという考え方もある。八朔は悪人の言葉を鵜呑みになんかしない。
「新入り、証拠になりそうなモン片っ端から探し出せ。こんな店くれえなら潰してもかまわねえから」
「ハイます!」
「ままま待て! 待ってくれ! 全部出すから!」
これ以上犠牲を出されてはたまらないと、奥から紙の束を取って来た。
「ふぅん。裏帳簿か」
八朔は帳簿を眺める。これはなにかあったときの切り札として付けていたのだろう。そして信ぴょう性が高い。慌てて作るには紙の劣化具合と日付が合っているし、内容も事細かく書かれているからだ。
「で、捕まえた女たちはどこにいるんだ?」
「それは……ここだ」
商人は周辺地図に丸を付けた。
「なるほどな」
そこは町からほどよく離れ、そしてなにもない場所だ。目印になるものが一切ないため、そこになにかがあると知っていなければ決して近寄ることもないだろう。
「んで、まだいんのか?」
「と、取引は明後日だからまだいるはずだ」
明日中に行けば間に合う。時間には余裕がある。
「よし用は済んだぞ」
「ハイます!」
「へ、へへっ。これで俺は解放していただけるんですよね?」
「誰もそんな話してねえけどな」
八朔はマニの練習を止めただけだ。あとはこの男が是非聞いて欲しいと勝手に言っていただけである。
商人の頭に一瞬死がよぎったが、八朔は背を向け扉へ向かう。
「んじゃ守衛でも呼びに行くかね」
「こ、殺さないので?」
「だぁら言ったろ。オレぁ探偵なのよ。殺しは仕事じゃねえんだ」
マニは殺さない戦い方の勉強中なためノーカウントだ。
そして八朔も無慈悲ではない。ひょっとしたらこの男も最初はそんなつもりなかったかもしれない。たまたま男爵に目をつけられ、圧力をかけられ始めざるをえなかった可能性がある。わざわざ帳簿まで付けていたのだからないとは言い切れない。
だからこの場で捕まえることはせず、守衛を連れてくるとだけ伝える。逃げたければ勝手に逃げればいい。但し全てを持って逃げられるわけがないし、その後どうするかまでは面倒は見れない。
事務所へ戻る前に八朔は以前いた宿の食堂へ向かう。そこでは案の定波町が酒を飲んでいた。
「おう、ゾクのあんちゃん」
「なんだおっさん」
「ちいと町の外まで遊びに行かねえか?」
「なんでおっさんとマチんソトいかねーといけねーんだよ!」
凄い嫌そうだ。実際に嫌なのだろう。理由もわからずおっさんとなにもない町の外で遊ぶなんてなにが起こるのかわかったものではない。
だから八朔はこれまでの経緯を軽く説明した。
「スラムのスケかっさらってウリさばいてただと!?」
「そんな感じだ」
それを聞いた途端波町は立ち上がり、外へ出ようとする。
「そんでおめえさん、どこ行くつもりよ」
「わーってんだろ! ぶっコロしてやる!」
「そっちゃあもう決着ついてんだよ」
「じゃあおれにどーしろってんだ!?」
「どうやら売る前に集めて閉じ込められてるらしくてな。助けに行こうかなって」
「おういくぞ! デカのおっさんもよぼーぜ!」
「サンチョさんにゃ後始末頼むんだよ。だからおめえさんを誘ったんだ」
これから事務所の前の詰め所へ行き、商会を封鎖してもらう。こんな暗がりの中で調査なんてできないだろうから、中を調べるのは明日になるだろう。
これは八朔も同じで、真っ暗な草原を歩き回るつもりはない。明日朝一番に出かけるつもりだ。
それまで勝手に動かれては困るため、詳しい場所は誰にも明かさないようにして八朔は波町と別れ事務所へ戻った。
翌朝、日が昇りかけたところで待ち切れなかったのか波町が事務所までやってきた。流石にまだいいじゃないかと思いつつ、八朔は外へ出ようとするとネイトたちが降りて来た。
「所長、私たちも行きましょうか?」
「んーーー……」
八朔は頭を捻った。現在守衛は出払っているが、マニを置いていけばこのふたりも安全だろうから離れることに不安はない。
だが囚われているのは全員女性だし、それならば同じ女性であるふたりがいたほうが安心できるかもしれない。
「わかった。準備しな」
ネイトたちは少し嬉しそうに準備をした。
「おっさん! あたしも行くからな!」
どこで寝ていたのか、少女が奥から現れた。居ても立ってもいられないといったところか。
現地に用心棒は一応いるだろうが、それでもあんな場所で何人もいるわけないだろうと思い許可しようとしたところ、ふと思いついたことがあった。
「来んのは構わねえけどよ」
「けどなんだよ」
「荷物くれえは持ってくれよ」
八朔は奥へ行きリュックを持ち出すと、それを少女に投げよこした。
「なあおっさん。なに持たせてんだよ重いよ」
草原を歩いて暫くしたのち、荷の重さに少女が愚痴る。
「なにって、水と食料に決まってんだろ」
捕まっている人たちは殺されないにせよ、ギリギリまで食事などが減らされているだろうからだ。そうやって抵抗する力や精神を削るのは基本だ。
そして助けに行ったはいいが体力不足で町まで歩けないとなったら悲惨だ。だから不要かもしれなくとも食料は持っていくべきなのだ。
「そりゃ持って行かないとな。てかおっさんが持てよ」
「あのなお嬢ちゃん。おめえさんが助けたいんだろ」
「そ、そうだよな! コヅメ姉ちゃんはあたしが助けんだ!」
途端にやる気を出した少女に八朔はチョロいなと苦笑する。
「そういやよ助手」
「なんでしょう?」
「この国って人身売買に関してどうなってんだ?」
「どうと言われても、この国だけでなく周辺国でも禁止されてますよ」
では何故捕まり取引されるのか。そもそも禁止されているから行われていないなんて綺麗な国は存在しない。
「その辺りの情報を姫様がご存じないのはしょうがないですわ」
「んじゃ見習いは知ってんのか?」
「聞きかじり程度ですが。国内で売買できないため、隣国などへ流しておりますわ。我が国の女性は高く売れるとかで、見た目のいい浮浪者を身綺麗にさせてぼったくっているようですわ」
「……なるほど」
なんとなく合点がいった。
国内の人間であれば、消えたら周囲が騒ぐ。だが他国の人間であればいないに等しいため、誰の目にも止まらない場所でどんなことをしても大丈夫。
大丈夫というのに語弊はあるが、少なくとも発見されなければ問題にならない。探す人間がいないのだから。
それとスラムに住む人間の売買なんて小銭稼ぎくらいにしかならなさそうだったが、そういった経緯であればそれなりに高くても買い手が付くだろう。こちらの国としても、スラムの行方不明者なんてわざわざ探さないし。
「もうじき着くぞ。静かにな」
「あー? ここはオーゴエ出してイカクすっとこだろ」
「向こうにゃ人質がいるってこたぁ忘れてねえかい?」
波町はしょんぼりと黙った。
こちらが救出に向かっていると知られたら、捕まっている女性たちを盾や人質に利用するはずだ。そうなったら戦い辛い。
できるだけ無駄な犠牲は出さぬよう行動するべきだ。
「おぉいたいた。あいつらが見張りだろ」
「チッ、コソコソすんのはショーにあわねーが、このままセッキンするっきゃねーな」
八朔と波町は背の高い草に紛れつつ近付いていく。
だがこんななにもない草っ原だ。今までそうだったように今も誰か来るなんて思っていないのだろう。見張りはかなり油断している。そのおかげでかなり接近できた。
相手は3人。波町が特攻し、こぼれたのを八朔が潰す算段だ。互いに無言で頷く。
「っしゃあ行くぞオルァー!」
「なあっ!?」
突然の襲撃に泡を食った見張りたち。武器を構える暇もなく波町に斬られる。
ひとりふたりと木刀で斬られ、最後のひとりに詰め寄る。
「ワリーな。フイウチなんてシュミじゃねーんだけどよ、スケの命がかかってんからな」
「ひいぃっ」
波町はそれ以上語ることなく、木刀でとどめを刺した。
「よしよくやった。んじゃ中に入って残党の殲滅。いなけりゃ救出作業だ」
「おーよ! って、おっさんコネーのかよ」
「もし交代要員とか来たら困んでしょ。オレぁここで周囲の警戒しとくから」
「ダナ! よしオリんぞー!」
波町が地下へ向かい、八朔は電子タバコをふかした。
程なく救われた女性7人と波町が登って来た。八朔の読み通り大して食事をもらえていたわけではないらしく、ふらふらしていた。
一緒に来た少女は女性のひとりと抱き合い、叫び、涙を流していた。それを波町は泣きながらうんうんと頷いて見ており、八朔はそっぽを向いていた。
こうして誘拐事件はひと段落ついた。
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