第12話 探偵は暗殺者と散歩する
「おい便利屋、いる……か……?」
「なんか用か?」
杉所が事務所に入り目についたものは、ネイトとステア、そして見たことのない幼女だ。
何故こんなところに幼女がいるのか。杉所はソファの向こうで寝転がっている八朔に渋い顔で訊ねた。
「お前、金がなくなって幼児誘拐を……」
「なんで迷子を保護したっつう発想が出てこねえかね」
驚愕している杉所に八朔は鬱陶しそうな眼を向ける。大体ここに姫がいるのを知っているのだから、金に困ることがないことくらい察しはつくはずだ。ならばわざとらしく演技をしているのだろうとわかる。本人はふざけているつもりだろうが、八朔はそういった面倒なやりとりが嫌いなのだ。
「それで実際なんなんだ?」
「あんな、こんなんでも一応お貴族様のご当主なんだぞ」
「マニます!」
マニは手をあげて元気よく答えた。
「なんでそんな人物がこんなところに?」
という愚問を杉所がしてくる。王族と貴族の娘がいる自点でここはおかしいのだからこの何故なには今更である。
「助手の護衛という名目であのクソ王子が押し付けてきやがったんだよ」
杉所は、ふうんといった感じに顎を撫でつつ不貞腐れた表情の八朔を眺める。
「お前、王子と仲いいのな」
「ばかいうなよ。だったらこんな面倒ばっか押し付けちゃこねえだろ」
面倒とは具体的に言うとネイトとマニだ。ステアについては別件だが、ネイトがいるせいであるという前提なのだからこれも押し付けられたと言っていいだろう。
「でもこんな子供に護衛なんてできるのかね」
「見た目こんなだけどな、一応14らしいぞ」
杉所は目を見開いた。どこからどう見ても10歳未満だ。これは合法ロ……いやどちらにせよ違法であるが、あまりにも幼く見えすぎる。
実際のところ、マニは様々な種族の血が混じっており、その結果この姿という話なのだが、八朔は面倒だからとそんな説明を杉所にするつもりはない。
「おー、おっさんどもいやがったな」
「なんだ今度はゾクのあんちゃんかよ」
ここは溜まり場じゃないと言いたいのだろうが、このふたりも別にいつもここへ来ているわけではない。3人が揃うのは久々のことである。
しかし波町は丁度良かったと言いたげにニヤニヤとした笑顔を見せている。
「それよかよ、ゴエーニンムにキョーミねーか?」
「ねえな」
「ない」
ふたりとも即答だ。八朔は既に護衛任務のようなものをやっているのだ。これ以上護衛対象を増やすつもりはない。
「いやいやいや、トナリマチまでだぞ! トナリマチならキョーミあんだろ!?」
「ねえよ」
「ちょっと……ああいや、こいつがないなら俺もないな」
杉所は組織の人間宜しく右に倣った。そもそも守衛の仕事があるのだから他所へ行っている暇はない。
「大体な、オレぁ子守りの仕事受けてんのよ。オレがここ空けてどうすりゃいいんだ」
しかも王国の姫と侯爵の娘に子爵家当主だ。この事務所はミニ国家のようである。
護衛任務に付き合ったとして、この3人を放置するわけにはいかないし、かといって連れて行くわけにもいかない。確実に護衛対象よりも重要人物であり、守る必要性があるのだから。
「まあおめえさんひとりで楽しんでくりゃあいいんじゃねえの?」
「そーゆうわけにゃいかねーんだよ。おれはまだゴエーニンムできるランクじゃねーからな」
「なるほど」
八朔を誘ったわけがわかった。
冒険者として護衛任務ができないのならば、ギルド外で仕事を請け負う人物について行けばいいと考えたのだろう。
もちろん冒険者ギルドとしてはいい顔をしないだろう。とはいえ金を出すのは依頼人だ。強制はできない。
「てかあんちゃんはよその町行きてえのか?」
「ここのホカにもあんなら見てみてーじゃねーか」
若いねえ。そんな風に思いながら八朔は電子タバコをふかす。
八朔はここへ来てからずっとこの町を歩き回り、人脈を作ってきた。それでもこの町は広く、今まで歩き回ったのはほんの1区画だけだ。
中心の城区画の周囲の貴族区画、そして城下町は4つの区画に分かれているため全部で6区画。1か月かけても6分の1。ここ南西区だけでもそれなりに広いのだから、逆位置の北東区までなんて行く気があまりおきない。だというのに他の町なんて考えたくもないのだ。
「……ちっ、ツカエネー。枯れたジジイどもにハナシ持ってきたのがまちげーだったな!」
「おめえさんはもっと年甲斐っつうもんを考えたほうがいいぜ」
若いといっても20を過ぎた波町は日本ならばとっくに成人しているのだ。といってもこの世界の成人はもっと早いため、どちらにせよアレである。
しかし波町はそんなことどうでもよさげに、捨て台詞とともに去り、杉所も暇つぶしに立ち寄っただけだったため出て行った。
「所長、あの人は一体」
「あー……なんだろうな本当に」
杉所と違い、波町とは付き合いがない。日本での時間を含めてもステアのほうが長く一緒にいるくらいだ。
友人でも親族でもなければ学校や会社が同じでもない。地元で言えば八朔は東京で波町は神奈川。大きな括りで言えば同じ関東人となるが、これは無理がありすぎる。
日本であれば、波町は凶悪犯で八朔は逮捕に協力した民間人というのが世間の認識になる。この条件での関りといえば、波町が八朔を恨んでいるといった感じになるのだろうか。
「ご主様、あいつ態度悪います! 殺しですか!」
「だぁら殺るなっつってんだろ。あいつぁあれでいいんだよ」
逆に礼儀正しくされたほうが怖い。どうせまともな会話を期待できるような相手ではないのだ。怒るだけ無駄である。
「所長の交友関係が理解できませんわ」
「だぁらあいつぁトモダチでもなんでもねえって」
「ではどういったご関係で?」
八朔は言い淀んだ。
関係といえば、波町は全国指名手配の凶悪犯で、八朔はそれの逮捕に協力した一般人。
だがそれを伝えてしまっていいものだろうか。そもそも八朔及び杉所の意見としては、波町は被害者に関りがあるかどうか不明だが、殺人自体に関りはないと思っている。たくさんの犯罪者を見て来た杉所が培ってきた勘と、八朔の感が同じことを言っているのだ。だから波町は恐らく
そんな人物を、全く事件を知らぬものに対して容疑者と説明していいものだろうか。それに今、波町は真面目……かどうかは不明だが、それでも働いている。彼の信用問題にも関わるため、滅多なことを言うべきではない。
「オレのいた国で事件があってな、あいつぁその現場付近にいたから話を聞こうと思っていた……つうところかな」
「それで何故ご一緒にこの国へ?」
「あのやろ、散々逃げ回ってたから追いかけてたんだよ。んでまあようやっとこの辺りで捕まえられたと」
「ではあの人が犯人なのですか?」
「いんや、オレぁあいつが犯人だと思っちゃいねえよ。あいつぁ口と態度はわりいが、人を殺すようなヤツじゃねえ。逃げたのは他でしでかした悪さがバレるのが嫌だったか、兵士とかに反抗するのが好きだったかは不明だがな」
「……なるほど、それは確かに複雑な間柄ですね」
ネイトとステアは納得した。この関係を一言で表せというのは酷い話だ。
「まあそんなわけ──ちいと待ってろよ」
話の途中、急に八朔が立ち上がると外へ出て行く。すると間もなくうぎゃあという甲高い悲鳴が聞こえた。
なにごとかと顔を見合わせるネイトとステア。考える暇もなく、八朔が少女をつまんで持ち上げ戻って来た。
「盗み聞きたあ趣味の悪いお嬢ちゃんだ」
「くっそ、離せ!」
自分が悪い趣味を行っていることは棚に上げ、八朔は少女をまじまじと見る。
「──ん? おめえさんは確かスリの嬢ちゃんじゃねえか」
先日、八朔にスリ行為をして失敗した少女だった。
「この家にゃあ金目のものなんて……まああるか。あっても盗れるようなモンじゃねえぞ」
例えばネイトの私物などだ。棚などの大きなものであり施錠には魔法が使われているから、もし盗るのならば棚ごと運び出さねばならない。こんな小さな子供にあれを運ぶのは無理だ。
だがどうもそうではないようだ。少女は室内を物色せず八朔を真剣な顔でじっと見ている。
「あ、あんた人探ししてんだろ!?」
「仕事だよ」
人探しという仕事をしているのであって、趣味などではない。あくまでもプロとして報酬をもらうことをやっているというのを強調している。
「なあ、どうしても探して欲しい人がいるんだ! 頼む!」
八朔は電子タバコを取り出すと大きく吸い込み、水蒸気を盛大に吐いた。
「あのなお嬢ちゃん。さっきも言ったがオレぁ仕事の依頼でしか引き受けねえんだよ。んで仕事の依頼ってどういうことかわかるか? 金を取るってことなんだよ」
「あの、所長──」
口出ししようとしたステアをネイトが制する。然程長いとは言えぬが八朔を見続けていたのだ。彼が意地悪などでそんなことを言っているわけではないことくらいわかっている。
「あ、あたしの、か、体で払う! これでも初モ──あいたぁっ!」
八朔は凄まじく渋いものを口に入れたような顔で少女にデコピンを食らわせた。彼としてはそっとやったつもりだが、少女は額を押さえのたうち回る。
少しして落ち着いた少女の傍に八朔はしゃがんで顔を覗く。
「おめえ、自分の体に価値があるとでも思ってんのか?」
「……うぅ」
「はっきり言うとガキの体なんてもんにゃあなんの価値はねえんだよ」
性的な意味でなくとも、なにか仕事をさせようにも力や経験、知識がない。子供が大人に勝るのは吸収力くらいなものだろう。
将来性というものもあるが、生憎八朔はそこまでこの世界に長居するつもりはない。
「じゃ、じゃああたしにどうしろっていうんだよ!」
「んなもん簡単だ。ガキのうちはうんと遊んでたくさん学べ。価値ってモンはその後にできるからな」
「そんな余裕あるもんか! あたしらは今日生きるのだって必死なんだ!」
「それぁ嘘だな」
八朔は少女の叫びを一蹴する。
彼女は以前八朔に捕まったとき、手を離された隙に逃げた際、あからさまな挑発をしてきたのだ。まるでざまあみろだの捕まえられるなら捕まえてみなと言っているように。それは必死に生きる人間がやることではない。
以前八朔は海外で見たことがある。人から奪った食べ物を抱え、わき目も振らず必死に逃げていく様を。その目は血走り、振り返ることも知らぬかのように逃げる先だけを見据えていた。だからあんなものが必死だと思っていない。
あの場の挑発行為は余裕の表れであり、余裕があるということは必死と思われなくても仕方がない。
「あんたみたいなのに頼ろうと思ったのが間違いだった!」
少女は自らの浅はかさに怒りをぶつけるように飛び出していった。
「よかったのですか? 所長」
「大人っつうのはな、ガキの願いを叶える便利な道具じゃねえの。駄目なものは何故駄目なのかきっちり教えるのも責務なんだよ」
ソファに足を組んで浅く座り、背中を背もたれへ押し付けると天井へ向けて水蒸気を吹き付ける。
そして大きくため息をつくと体を勢いよく前へ起こし、両膝を叩いて立ち上がった。
「ちいと出かけてくるわ」
「なんだかんだ言って気になるのですよね」
「……てめえの力だけで解決できねえってことをガキに教えるためだよ」
「ご一緒致しますわ」
ステアはすっと立ち上がり、八朔の後を追おうとする。
「駄目だ。おめえさんらがどう思おうが、世間じゃ王族貴族のお嬢様なんだよ。そんなんが犯罪行為をやっちゃいけねえ」
「法を犯すつもりですか?」
「場合によっちゃな。ガキ守んのも大人の責務なんだよ」
「責務だから守るのですか?」
「ああそうだよ」
「面倒ですね、大人というものは」
「そうでもねえよ」
八朔は天井の隅に視線を向け、電子タバコを軽くふかす。水蒸気が天井を這うように広がり、やがて消える。
「嫌なら大人なんてやめちまえばいいんだよ。ただ歳食っただけのガキになりゃいい。でもな、オレぁ好きで大人やってんだ。だったら大人の責務くらい全うすべきだろ」
「損な役ですね」
「……かもな」
八朔は自嘲気味の笑みを浮かべ、事務所から出て行った。
完全に見失ってしまったが、ああいった類は最初の勢いだけで対象が見えなくなった辺りで減速する。恐らくこの先の角を曲がり、更に次を曲がった辺りでとぼとぼと歩いているはずだ。
そんなことを考えながら歩き出そうとしたところ、ガラの悪い男たちが数人、八朔が行こうとしていた路地裏への道に駆けて行った。
ああいった輩が駆ける理由は大抵、目標を見つけたときだ。そしてその方向には先ほどの少女がいると思われる。
放っておくわけにはいかない。八朔の足は自然と速くなっていた。
八朔は悲痛な叫びと打撃音のするところへ急ぎ、現場を確認する。少女は頭を手で守り、腹は足で守るようにうずくまる状態で転がっており、男3人に蹴られていた。
「おいおい、いい歳したおっさんがガキいじめてんじゃねえよ」
「んだぁテメーは!」
八朔はそれに答えず、少女と男たちの間に立った。
そしてちらりと見ると、気を失ったのか少しぐったりしたように守りが解けていた。
先ほど声をかけた男は無視されたと怒り、八朔へ殴りかかる。が、貫くように腹を蹴られ、その場で蹲った。
「くっ、このヤロウ!」
男のひとりが背中へ手を回す。なにかを取り出そうとしているようだ。
「おおっと、
「ああ? 今更びびってもおせえぞ!」
「いいや、ただな──」
八朔は中折れ帽を持ち上げ、少女の上へ乗せた。
「──手加減、できなくなるんだわ」
凍てつくような瞳に凶悪な笑みを浮かべた八朔は、周囲に恐怖を刻み込んだ。
「────ぐ……あぐぅっ」
「所長、気が付いたみたいですよ」
少女が目覚めたのは、八朔の事務所のソファの上だった。血や汚れは拭き取られ、八朔がソファを汚されたら迷惑だからと服のような布を剥ぎ取りステアの服に替えさせてた。
もちろん八朔が着替えさせたわけではない。そうならぬよう少女を運んでいた際に見かけた杉所がここまで監視している。
「な、なんであんたが……いつつっ」
「無理をしてはいけませんよ。所長があなたをここまで連れて来たのです」
少女は意外そうな顔を八朔へ向ける。八朔は大して興味なさそうに顔をそむけている。
「これでちったあわかっただろ? ガキなんて頑張ったところでなんも解決できねえんだよ」
子供が自分でできると思うのは無知故の傲慢だ。とはいえそれでできないことを知り、己の限界に気付くのは必要なことでもある。
それに気付いた少女は俯き、とても悔しそうな顔で涙を浮かべた。
「だ……だったらあたしはどうすればいいんだよ……っ」
それでもなんとかしたい。そう少女が思っている。だがどうにもできない。もはや頼るしか道がない。だが頼る相手がいない。
「簡単なことだ。わりぃことをしたらちゃんと謝れ。許しをもらえ。大人を頼るならきちんと話せ。誠心誠意を見せろ」
スリを働いたこと、そして他人を小馬鹿にした態度をとったことだ。これをなかったことにして自分の都合だけ並び立てるのは正しくない。
「……やっちゃいけないことをして悪かった」
八朔は拳を握ると、そっと少女の頭へ乗せるように動かした。だがゴスッと鈍い音がし、少女は頭を抱えもだえ苦しんだ。
「おい、子供を殴るんじゃない!」
「ああ児童虐待っつうんだろ? でもな、オレらガキん頃ぁみんなこうやって育てられてんだよ。んでもってよ、今のガキはオレらん時代より良くなってんのか?」
「いやまあ……」
「研究だなんだと四の五のほざいてるけどよ、実際オレらより上の人間ってそんな駄目なのかねぇ」
杉所は返答に困ってしまった。これでそうだと言ってしまうということは、自分はもちろんのこと尊敬している先輩や上司など、そういった人物全てを否定することに繋がるからだ。
「だけどしっかり話すことも必要じゃないのか?」
「それが間違いだっつの。ガキっつうのは小賢しいからな。はいすみませんでしたと反省した振りをすりゃ親が満足して話を終えることくらい気付いてんだよ」
子供をそうやって育てるよりもまず、子供とじっくり話し合える親を育てるべきである。
「────とまあ、オレぁ大人をやるにあたってこういった考えをしてみたわけだ」
八朔の言い分にも一理あると杉所は感心しそうになったが、少し首を傾げた。
「でもなんかそういうのを考えながらやるっていうのも大人という感じがしないな」
「だぁら言ってんだろ。オレぁ大人をやってんの。大人なわけじゃねえ」
「そ、そうか」
いまいち理解できないが、とりあえずわかった気になったような返事をする。
「まあその話はどうでもいい。おいガキンチョ」
「ううぅ」
頭にできた巨大なこぶを守るように手を添える涙目の少女に八朔は問いかけた。
「おめえさんの謝罪は受け取った。許してやるから話してみろ」
「……人身売買ねぇ」
「そうだよ! あいつらが、トゥーブレロ商会の奴らがコヅメ姉ちゃんを連れて行ったんだ!」
「間違いねえんだな?」
「ちゃんとこの目で見たんだ! 嘘じゃない!」
八朔は少女の顔をちらりと見る。真剣な眼差しだ。少女から必死さを伺える。
「そんな目ぇ向けられちゃやるしかねえか」
そう言いならが八朔は首や指をゴキゴキと鳴らし、立ち上がるとネイトたちを見る。
ネイトとステアは無言で頷く。彼がついて来るなと目で訴えているのがわかったからだ。
「さあてと、じゃあ新入り」
「ハイます!」
「ちいと
「お供しです!」
マニは八朔の横にちょこんと立った。
「お、おいなんでも屋」
「サンチョさん、わりいがこいつらのこと見てやってくれ」
「……わかった」
気を付けろとか無茶するなみたいな言葉は八朔に言う言葉じゃない。杉所はソファにずっしりと座り腕を組んだ。
八朔はトレンチコートを纏い帽子を被ると、マニと共に夜の町へ出た。
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