第11話 探偵は暗殺者まで部下にする

「……で、こいつぁなんだ?」

 帰って来たネイトの横にいる小さな生きものに八朔は嫌そうな目を向けた。

 歳で言えば8~9歳くらいの、まだ世間も知らないような無垢という言葉が合うボブヘアの女の子だ。

「マニます! 宜しくお願いしです!」

「マニ、また『です』と『ます』が入れ替わってますよ」

 ネイトに注意されるとマニは照れ笑いのような表情をする。


「いや名前とかじゃねえよ。なに連れて来てんのよ」

「この子はちょっとワケアリでして、私の直属のメイドとして置くことにしました」

「は?」

 言っている意味がいまいちわからないといった様子で八朔はネイトを見た。


「姫様、マニはひょっとして、あの……」

 ステアはマニを見てなにか思うところがあったようだ。とても不安そうな顔をしている。

「気付きましたか。ええ、ヴェンチュリ家の娘です」

 マニ・ジェットニードル=ヴェンチュリ。今は亡き……いや、彼女こそがヴェンチュリ子爵家唯一の生き残りであり、当主である。

 何故ステアがすぐ気付いたかというのは、ヴェンチュリ家は本家とは別に、昔から様々な血統を取り入れるという別流が存在しており、そのため髪の色が安定しない『斑毛まだらげ』という特徴がある。


「てかメイドって。姫さんよぉ、探偵やんなら自分の身の周りくらい自分で面倒見ろよ」

「いえマニはアサシックメイドですから私の護衛という立場ですよ」

 メイドはなんでもできる万能生物ばかりではなく、それぞれの役割が割り当てられている場合もある。貴族では金のある上級貴族、もちろん王家であれば何十或いは何百ものメイドを雇っており、それぞれの分野でエキスパートとして働いている。

 アサシックメイドは暗殺特化のメイドであり、他の仕事をしない。もし屋敷内に仕事もせずふらふら歩いているようなメイドがいたら要注意だ。掃除などが彼女らの仕事ではないからやっていないのであって、見回りをしているのだから。


「じゃあこんなちんまいのにつええのかよ」

 ネイトが160近くあり、ステアは140くらい。しかしマニはそれを下回る130程度だ。

「マニの場合はむしろ小さいから強いのですよ。それに彼女はあれでも14ですから」

「はあ?」

 八朔は唖然とした顔を見せた。マニはどう見てもジャンルとしては幼女の類だ。強いと言われてもピンとこない。

 とはいえ八朔は更に年下のステアに負けているため、試してみようという気にはならない。君子危うきに近寄らず。


「そりゃ今は別にいいか。そんで立場上所員というわけじゃねえんだよな?」

「いいえ、できればこちらで雇っているというていにしておいて下さい」

 八朔から言わせれば、ネイトもステアも雇っている体でしかない。王子に押し付けられたものと、貴族から押し付けられるのを回避するためのものだ。


「まあ、あのいけ好かない王子のヤロウから後でがっつりと搾り取るとして……」

「ワタクシ、殿下のことをそんな口汚く言うひとを初めて見ましたわ」

 ステアが無表情に呟く。もしこれが不敬罪だったとしても自分は無関係であると言いたげに、空気や置物を装っているかのようにも見える。


「とりあえずそうだな、町を知ってもらったほうがいいだろうから散歩でもさせとけ」

「駄目ですよ所長。暗殺者を安易にひとりで町を歩かせては」

「なんだそりゃ」

「暗殺者というのは、上から指示されないと殺していい相手といけない相手の区別がつかないのですから」

 暗殺者全般がそうというわけではないし、むしろ普段は普通の人として町に溶け込んでいるのが一流なのだが、マニはそういった教育を受ける前に家が潰された特殊ケースなのだ。ただのネイトの偏見である。


「……つまり町へ出すとそこらへんの人間を殺し回ると?」

「可能性はあります」

 八朔、この世界へ来て初めて戦慄を覚える。額から汗がひとつ流れ落ちた。

 魔物とはいっても所詮動物の延長。特徴さえわかれば対処の方法はわかる。だがこれは違う。ジョン・マクレーンやジャック・バウアー、ジョン・ランボーがシリアルキラー化したような物体だ。手綱もなしに絶対歩かせてはならない。


「……わりぃが追い返してくれ」

 八朔はしっしと手を振り追い返そうとする。だがネイトはそれに対し、荷物の中から一通の封書を取り出す。

「あと所長に兄から手紙が」

「……読みたかねぇよ」

 読んでしまったらその内容──命令に従わねばならなくなる。だが読まなければ従う必要はない。

 ネイトはそんな八朔に苦笑しながら手紙の封を切り開いた。

「では読みます。『探偵、これはお前がゴネたとき読むよう伝えてある。それを普通の人間に戻せ。これは依頼だ。以上』

 八朔は額に手を当て、よろよろとソファへ崩れるように座った。

「あ……あんのクソ王子、依頼だっつえばなんでもやるなんて思ってやがんじゃねえのか?」

 そして既に発ってしまったため、突き返すわけにもいかない。完全にやり逃げだ。

 依頼とは断ることもできる。勝手に押し付けていいものではない。

 かといって放り出すわけにもいかない。話を聞く限り彼女は殺戮マシンであり放置すら許されない存在なのだ。


 嫌がる八朔に対し、それではとネイトはマニ──ヴェンチュリ家について少し話すことにした。



 何故ヴェンチュリ家が本家とは別に存在する、しかも様々な民族などの血を取り入れるような分家を用意しているか。それは血統を混ぜると力が増すということに気付いた祖先がいたからだ。

 そして分家は本家を守る兵士や暗殺者として幼いころから育てられる。それが何百年も続いていた。

 だがあるとき、力を見誤った後継ぎが国に謀反を起こした。


 そしてヴェンチュリ家は壊滅。後に残ったのはこの少女だけだった。


 当初は彼女も打ち首にする予定だったが、家への忠誠があるわけでもなし、ヴェンチュリ家が潰えることのメリットデメリットを考えたら生かせたほうがいいとの判断。

 空いた領地を巡り自分が自分がと売り込む貴族たちの精査や、権力関係を考えると、ヴェンチュリ家を存在させてまだ治める力のない当主に代わり国が管理するとしたほうが手間はかからない。

 それに現在の彼女は命令で動く便利な駒だ。うまい具合に傍へ置いたほうがなにかと都合がいい。そんな感じの話だ。



「どうですか? 可哀そうでしょう」

「……ゾクのあんちゃんならこれで泣いて助けようなんて言うだろうがな、オレぁ現実主義者なのよ」

 可哀そうだからなんだというのか。世の中にはもっと可哀そうな人間がゴマンといる。博愛主義者じゃあるまいし、そんなものいちいち救っていったらキリがない。

 八朔は現実主義という言葉にそういった意味を込めた。しかしそれをネイトは受け流す。

「では現実を見ているあなたはどういう決断をするのですか?」

 期待の篭ったネイトの瞳に八朔は少しの苛立ちを覚えた。彼の答えがわかっていて、それを言ってくれるのだとわかっている目だ。だがそれを理由に己の信念を曲げるほど──いや、曲がる程度の信念を持ち合わせていなかった。


「……わぁってんだろ。ガキに常識教えんのも大人の務めなんだよ」

「それでこそ所長です」

 嬉しそうに言うネイト。八朔はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らし、ソファへ寝転がる。



「それではきちんと紹介しないといけませんね。こちらはステア。ガスケット家の末娘よ」

「よ、宜しくお願いしますわ」

「宜しくます!」

 怯えるように話すステアの態度を気にもしないといった様子で屈託のない笑顔を返すマニ。

「それでこちらが所長のハッサク。私たちの上司になります」

「ごしゅ様よりえらいのますか?」

「はい。私たちを雇っています」

 それを聞いた途端、マニは八朔の前で両膝を床につき頭を下げ、土下座……ではない。両手を背中で組み顎を前へ出し、まるで斬首される前のような姿勢をとった。

「マニます! ご主様のご主様! この命、お気の召すままに!」

 真剣な眼差しで八朔を見るマニ。その様子を見て辛そうな、なんとも言えない顔をした八朔は帽子を取ると頭をガシガシと掻き、マニを猫のように掴むとひょいと持ち上げ立たせた。

「あんなぁ、なにもわりぃことしてねえんだからそんな姿勢するな」

「ますが、マニはこれ以上の礼を知らないます!」

 真っ直ぐこちらを見るマニに対し、八朔は顔を向けられず視線をあちこちへ流す。そして視界の端で捉えたステアへ顔を向ける。


「……おい見習い」

「なんでしょう?」

「礼儀に関してはおめえが教えてやってくれ」

「わ、ワタクシがですか?」

 ステアは突然のことに驚く。

「そうだ。同じお貴族様なんだからそれらしい振る舞いを教えてやってくれ」


「所長、私もいるのですが」

「おめえさんは姫だろ。姫らしい振る舞い教えてどうすんだ」

「そう言われてしまうと……」

 餅は餅屋というわけではないが、やはりその場に立っているものとそうでないものの違いは大きい。姫であるネイトは当然貴族の礼を知っているが、それはあくまでも受ける側であり、やる側ではないのだ。


「あとは危なっかしいから武器の類は奪っとけよ」

「そう言われましても、マニはどんなものでも武器にできますよ」

「マジかよ」

 マニの手にかかれば下着だろうと武器になる。まさか素っ裸になれとは言えまい。そもそもマニは素手でも充分に殺傷能力がある。鍛えられている相手には難しいが、普通の町人程度の腹なら素手で引き裂くことくらいできるのだ。



「あの、所長。お話が……」

「どうしたよ」

 ステアがモジモジしたというか、言い出しにくそうに手の指同士を絡めている。


「ワタクシには荷が重いと思うのですわ」

「んなこたぁねえだろ」

 あっさりと一蹴した。確かにステアは家を抜け出したりとあまり貴族然としていないが、それでも一般人から見たら充分にお嬢様である。礼儀は一通りできるのだから教えるくらいわけないだろう。

「正直に言いますと、ヴェンチュリ家の分家とはあまり関わりたくなく……」

「はっきり言えよ。怖えんだろ」

「……はい」

 しゅんとしたステアに、八朔は言葉を続ける。

「んなもんわかってておめえさんに頼んだんだ」

「な、何故ですか!?」

 なんでそんな嫌がらせのようなことをするのか。そう訴えかけているような声だ。それに対し八朔は口元を手で覆うように電子タバコを咥え、答えた。

「それぁおめえ、これから一緒にやってくんだから早めに仲良くなっといたほうがいいからだよ」

「ですが、もしも──」

「もしもなんてねえよ。なんかある前にオレがなんとかしとっから」

 疑いの目を向けるステア。なにせ八朔はステアより弱いのだ。もしマニに襲われたら真っ先にやられそうである。



「諸々決まったところで、命令系統もはっきりさせておいたほうがよいかと思います」

「別にそんなんいらねえだろ」

「駄目です。少なくとも今のマニには必要なものですから」

 今はまだ、マニは命令で機械的に動くよう仕組まれたようなものなのだ。今後それを和らげていくのだが、まだ早い。その状態でなあなあにしてしまうとどの命令に従っていいかわからず混乱してしまうかもしれない。

 その状態はとても危険だ。急に飛び出した挙句無差別殺人を行うかもしれない。


「マニ。あなたへ命令を与えられるのは上から所長、私、ステアとなります」

「ご主様、確認ます!」

「なんでしょう」

「ご主様は権限をご主様のご主様へ移すのはわかりですが、もしご主様のご主様がご主様を殺せと命令したらどうしですか?」

「……従ってください」

「了解ます!」

 マニは敬礼して答えた。その様子には迷いがない。

 つまり八朔が命令すれば、たとえ姫だろうがマニに殺されてしまう。


「姫さん、ほんとにいいのかよ」

「ええ。私はこれでもあなたのこと信用していますから」

 ネイトは笑顔を向けるが、八朔は苦虫を嚙み潰したような顔だ。


「あんなぁ。おめえさんは一応レディなんだから他人に命預けるようなマネすんなよ」

「あら、レディに命を預けられたのよ。光栄に思いなさいな」

 ネイトはくすりと笑う。

 一応王家の人間だ。庶民生活は苦手でも駆け引きなどはお手のものである。対して八朔は面白くなさそうに電子タバコを吸う。



 といった感じで、まず八朔はマニへの行動にも順位を付けた。

 最上位にくるのは虚偽の報告の禁止。聞かれたことには嘘偽りなく答える必要がある。

 そして次は殺人の禁止。理由は単純で、探偵のやることではないからだ。マニもこの事務所に在籍する以上、それは固く守らねばならない。

 八朔自身も殺人行為は戒めている。ただやはりどうしようもない状況というものはどこにでもあり、仕方なしにやった行為の末、死んでしまったことは換算していない。ものは言いようである。

 最後に、守るため以外の理由で人を傷つけることの禁止。これは自衛や周囲を守る理由以外で暴力をふるわせないためだ。


 一番重要なことに虚偽の報告を禁止したのは、万が一なにかしらの拍子に人を殺めてしまったり傷付けるようなことがあったとしても、そのことを黙っていて欲しくなかったからだ。

 今はまだ彼女のことがわからないし、どう教えていけばいいのかもわからない。そして厄介なことに彼女は貴族である。

 実のところ、貴族が市民を殺してしまってもそれほど大ごとではないのだ。もちろん何百何千と殺してしまえば問題になるだろう。だが数人程度では貴族のほうが優先されてしまう。

 それがあるから貴族でありながら暗殺業が成り立っていたのだ。もしバレても相手が市民であれば大してお咎めを受けない。なるべく控えるよう注意される程度だ。



「あのー」

「どうした見習い」

「ワタクシにも下ができたので、そろそろ見習いを卒業してもよい時期かと」

「そりゃあめえよ」

 この事務所の階級は押し出し式ではない。下ができたからといって誰も繰り上がらないのだ。


「だけど確かにあいつをどう呼ぶか決めとかにゃあなんねえな」

「ですよね。なのでワタクシを──」

「よし、新入りと呼ぼう」

 ステアはまだ当分見習いのようだ。がっかりと肩を落とす。

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