第10話 探偵は王子を喜ばす
「ハッサクはおるか!」
偉そうな物言いで外から叫ぶものがいる。もちろん八朔はそんなものを無視する。
するとノックの音は大きく乱暴になっていく。そろそろ出ないと破壊されてしまうかもしれない。
ネイトが扉を開けると、事務所の前に兵が複数人立っていた。
「なんのつもりですか?」
「ひ、姫様!?」
ネイトを見た途端、兵たちの顔色が変わった。王族が中にいる扉を激しく殴りつけるなど不敬もいいところだ。慌てて片膝をつき最敬礼をする。
もちろん八朔がネイトに開けさせたのだ。これで次また来ることがあってもやかましく扉を叩くことはなくなるだろうと見越して。
「んで、なんの用よ」
先ほどまで狼藉を働き今は玄関前で膝をつく兵士たちの前へ、八朔はニヤニヤしながら出て行く。
「で、殿下がお呼びだ! 急ぎ向かうように!」
「またか……しゃあねえな」
八朔は一度中へ戻り面倒くさそうにトレンチコートを掴むと、袖を通し外へ出た。
「来たか探偵」
王子は相変わらず、王座で足を組み頬杖をついて座っていた。地球の国際社会だと足を組むのは礼儀であるが、この世界ではどういった扱いになるのか不明だ。
「あのですね、せめて飯どきは避けてもらえやしませんかね」
「今回は悪いと思うが、前回は違うだろう」
王子の前だというのに太々しくも図々しい八朔に王子も苦笑せざるを得ない。異世界人とはいえ王子にこのような態度で接するのはこの男だけである。
「で、なにようですかね」
「う、うむ。巷を賑わせていた妖鬼であるが、お前が倒したそうだな」
「仕事なんで」
さも当たり前のような返答を、王子は顔をしかめ話を続ける。
「……その仕事をできないものがどれだけいると思っている」
「さあ? 怠慢なんじゃねえですかね」
王子は額に手を当てた。怠慢でなければ倒せるのならば、今ごろ神の天敵くらいで騒いだりしない。
「と、とにかく仕事だと言ったな。依頼人は誰だ」
「依頼人のこたぁ話さないのが探偵のルールってやつですよ」
「ふむぅ」
民間事業とはいえ、間諜が依頼人のことを話すわけがない。だからといって拷問にかけて口を割らせるのはおかしな話だ。なにせ悪いことどころか褒めるところなのだから。
とはいえ八朔も依頼人から金をもらったわけでもないし、骨折り損はしたくない。
「じゃあこれだきゃあ言っときましょう。その依頼が来る前に話があったのは冒険者からで」
「ほう」
ギルドからではなく、波町からの話だ。依頼というわけではないが嘘でもない。
「ならばギルドを通して褒賞を出そうとするか。奴らから見たら部外者に手柄を奪われた形になるからいい顔をしないだろうが、お前にもきちんと支払われるだろう」
「そりゃありがたい」
姫を雇いよく城へ呼び出されたうえ金品を持ち帰る。これはあまりにも周囲の目が厳しくなる。遠回しに報酬を与える必要があったのだ。
「それで実際、どうやって倒したんだ? 次第によっては騎士らに技術を教えてやって欲しい」
「どうって、ぶん殴っただけですが」
「殴って倒せるわけがなかろう!」
またこの話かと、八朔は帽子を目深にかぶった。説明が面倒でしかない。
「────つまり、気合が足りぬと」
「そういうこってす」
八朔の説明に王子は唖然とした。騎士を隊単位で投入し戦いようやく勝てる相手に、気合を入れて殴ったら倒せたというのだ。本当にこいつなにを言っているのだという状態である。
「そんなものでどうにかできると本気で思っているのか?」
「少なくとも、オレぁ今までそうやって生きてきたんで」
「……もういい。行け」
王子は額に手を当て、追い払うように手を振る。
実際はなにか力があり、それを隠しているかもしれない。だがそういった個人的な力は他人に伝えることができないものばかりだ。この八朔という男がなにを隠しているかは知る由もないが、これ以上聞くのは無駄だと判断したようだ。
「兄はなんと?」
大した時間もかからず戻って来た八朔に、ネイトは少し不安気味に訊ねた。一応は王子の公認でここにいいるのだが、いつ引き戻されるかわからないのだ。
「ただ見回りのときの話を聞きたかっただけみてえだった」
「そうですか」
ネイトは少し胸を撫で下ろす。自分とは関係ない話だったようだ。
「所長も夜間は気を付けて下さいね。ただでさえ弱いのですから」
「……だよなぁ」
八朔自身、自分が特別強いだなんて思っていない。ネイトどころかステアにすら負ける程度なのだ。
ただやはり殴れば大抵のものは壊れ、蹴れば大抵のものは吹っ飛ぶという考えは変わっていない。これは自然の摂理であり自らが特殊なわけではないと思っている。
「てかなんでふたりはオレに勝てんだ?」
「だって所長の攻撃は酷いですから。これから攻撃しますと言っているようなものです」
所謂テレフォンパンチというやつだ。八朔は格闘技などを習ったことがないから正しい技術がないのは仕方ない。
高速について行ける目と体があったとしても、死角から自らの力を利用された投げなどは対応できなかったのだろう。達人でなくとも八朔を倒すのはそれほど難しくないのかもしれない。
「私でよければ教えて差し上げましょうか?」
「いいや、いらね。めんどくせえ」
少し不貞腐れたように八朔は答える。15歳の少女に戦いの手ほどきを受けるのはみっともないと思っているのだろう。
それから3日ほど経ち、昼食後の昼寝を楽しもうとソファに寝転がった矢先のこと。
「ハッサク殿はおられるか!」
また外から叫ばれる。
今回はマシな呼びかけに、八朔は面倒くさそうに立ち上がり扉を開けた。
「今日はなによ」
昼寝を邪魔され不機嫌そうな顔の八朔を見ても特に表情を変えぬ兵士の男は淡々と答える。
「殿下がお呼びだ」
「それぁわかってんよ。理由を聞いてんだ」
「知るわけなかろう」
何故王子が臣下にこれこれこういう理由だから呼んできて欲しいなど言わねばならぬのか。用があるから連れて来いというだけで事足りるのだ。
八朔はトレンチコートを掴み取り羽織ると、愛想の悪い兵士とともに城へ向かった。
「来たか探偵」
「毎回出向くの面倒なんで、来てくれやしないですかね」
「……お前、立場というものがわかっていないのか?」
一応一般人としての体である八朔のもとへわざわざ王子が会いに行けるはずがない。ネイトと違って彼は王族の責務を全うしなくてはならないのだ。
「んで、なんでしょうか」
「う、むう。前々から言っていたが、勇者が去ったんで宮殿へ戻るつもりだ」
件の洞窟は攻略したようだ。
勇者たちが旅立ったということは、つまり王子がこの町に滞在する理由がなくなったということであり、他の業務もあるため宮殿へ戻らねばならない。
「それぁ構わねえが、姫さんどうすんだよ」
「それだ。どうしたらいいと思う?」
「……オレに聞くことじゃねえでしょ」
これはそちらの都合なのだから好きに処遇を決めろと八朔は言っているのだ。しかしどうやら王子は八朔の口から言わせたい様子。
「では依頼だ」
嫌な予感しかしない台詞が王子から出た。このタイミングで依頼するのにこの件が関わっていないわけがない。
「……どんな依頼をお出しで?」
「実はな、勇者たちから探偵というものを教えてもらった」
八朔は更に嫌な予感がした。あの年ごろが知っているのは本来の探偵とは異なる『名探偵』だ。
お前らそんなものフィクション以外で見たことあるのかと八朔は心のなかで怒鳴る。どんなに念じようがもちろん彼らに届くことはないのだが。
「そういうわけだ。依頼内容は、この問題を解決しろというものだ」
八朔は帽子を目深にかぶった。あのガキども、ロクでもないこと教えやがってと心の中で歯ぎしりしつつ。
ではこれを単純な問題に置き換えてみよう。ネイトを追い出したいか否かということだ。
一緒にいるメリットデメリット、そして居なくなるメリットデメリット。これを天秤にかける。
すると意外なことに──いや、当然のようにデメリットばかりが浮かび上がる。これを本人に伝えてへこまなければただ頭のおかしい人間だと言い切れるほどの量だ。
「んじゃま、はっきり言おうか」
「うむ」
「ぶっちゃけ、部下とか煩わしいんだよな」
日本にいたころ、八朔はひとりで仕事をやって来たのだ。そして案外ひとりでもなんとかなるとわかった。もちろん給料を支払えるだけの収入がないというものあったのだが。
「でもな、今のままだとあの嬢ちゃんたち、中途半端なまま探偵を続けようとすんだろうな。それが一番やばい」
「つまりなんだ?」
できるつもりになってその実なにもできない。これがトラブルのきっかけにならないとは言い切れない。特に彼女らは進んで危険に足を突っ込むタイプなのだから。
彼女らがトラブルの種になることはそれほど問題ではない。ただ探偵というものが厄介なものだと周囲に思われるのが問題なのだ。自らの仕事に影響が出る。
「一人前になるまでは面倒見てやらねえとな。王子だって半端な知識で探偵ごっこなんてやられちゃたまらんでしょ」
「……ようするにお前は、ネイトをここへ置いて行けと言うわけだな」
「そういうこって」
王子は自らの膝を手のひらで激しく叩いた。パァンという快い音が謁見室に響く。
「それを待っていた! いや、これで暫くは平穏に暮らせるというものだ!」
「……でしょうね」
王子としては、神から呼ばれし異世界の客人に面倒を押し付けるのは抵抗があったのだろう。だから八朔の方から提案してもらうよう仕向けていた。
もちろん八朔としては歯ぎしりしかできない。
当然ここで断ることもできた。今までもらった報酬だけで数年は遊んで暮らせるのだから。
だが今王子に貸しを作っておかねばならぬ事情もある。出したものを返せとは流石に言えないだろうが、ネイトがいないならばと税金をかけられたり様々な契約など押し付けられる可能性があるのだ。今こうやって王子の機嫌をとっているからこそ省かれている面倒を背負うくらいなら、ネイトの面倒を見ていたほうが楽なのだ。
「さすが探偵だ。見事な解決をした」
「さいでっか」
王子はご満悦といった感じだが、八朔は渋々である。これが格差というものだ。
「そんな顔をするな。お前の言いたいこともわかっている。だからそれなりのことはさせてもらうぞ」
「……たのんますよ、ほんとに」
八朔はロクに期待をしないままふらふらと謁見室を出た。
「所長、いかがでしたか?」
「あー、あのな姫さんよぉ。おめえさん城に戻る気は?」
ネイトはぎくりとした。とうとうこのときが来たかと。しかし心を落ち着かせ、返答する。
「今はまだありません」
「近日王子がこの町を出るそうだ」
「え……」
城へ近寄りもしていないネイトは勇者たちの動向を知らなかった様子。
「それで私にどうしろと?」
「ここに残るにしても一緒に帰るにしても、一度城へ戻れ。挨拶くらいはしとくもんだろ」
「そ、そうですね」
兄妹といえど、一般家庭とは異なる。こういったときはきちんと挨拶をせねばならない。なにせ今回王子は国王代理という立場なのだから。
ネイトは簡単に荷物を纏めると、いってきますと一言添えて城へ向かって行った。
「さてどうすんのかねえ」
王子としては連れて帰るつもりがない。だが城へ戻ったことでネイトが心変わりすればまた違った話になる。
こればかりは本人次第。ここへ戻るも戻らぬも八朔の知ったことではない。
「ワタクシはてっきり姫様を無理やり帰すと思っておりましたわ」
一人掛けソファに座りお茶を飲んでいたステアが呟く。
「それも少しゃあ考えたけどよ、追い出したところでおめえさんたちゃ勝手に探偵やろうとすんだろ?」
「ええ」
「だったら最後まで面倒見てやんなきゃなんねえだろ」
ステアはティーカップを皿にかちゃりと乗せ、八朔をじっと見る。
「意外と律儀なのですわね」
「ちげえよ。オレぁ大人やってんだよ」
「大人ですか」
向けた目を今度は上から下まで向け八朔の全身を見る。まるで大人というものを隅々まで確認するかのように。
「大人っつうのはな、ガキの見本であるべきなんだよ。だから中途半端に放り投げる姿を見せるべきじゃねえ」
突然ステアはクスクスと笑い出した。
「かっこいいですわね、所長」
「そうかい」
「……でしたら尚のこと、普段からだらしない恰好でソファに寝そべるのやめてくださいませんか?」
「いや、それぁ……これぁあれだ。仕事だ」
八朔はバツが悪そうに帽子で顔を隠す。
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