第9話 探偵は連続事件を解決する

「おいおっさん! ジケンだぜ!」

 昼過ぎ、突然やって来た波町が事務所内で大声を出す。

 お前はハチベーかと突っ込みたくなるのを堪えた八朔は、気だるそうにソファから足を降ろした。

「事件ってなんだよ」

 事件は事件だ。というのはさておき、前回は洞窟探検なんてものをやらされたのだ。今度は一体どんな話を持ってきたのだろう。




「連続通り魔殺人ねえ」

「どうだよ! こういうのの犯人挙げてこそのタンテーだろ!」

 若干目を輝かせ興奮気味に見える波町に八朔は面倒そうな目を向ける。

「おめえさんはあれだ。マンガに毒されすぎだぜ」

 謎を解いて事件解決。そんな探偵が現実にいるわけない。

 通り魔や連続殺人、様々な事件の報道をテレビなどで見るだろう。そして犯人逮捕の報道もあるが、そこで探偵が活躍したというものを見たことがない。


 もし実際に探偵が活躍なんてことがあったら、話題が欲しいテレビ局が黙っているとは思えない。探偵としても名が売れれば仕事が増えるだろうし、顔を出さなくとも探偵社の名くらいは出してもらいたいのではなかろうか。

 問題があるとすればせいぜい警察が低く見られる程度だが、そんなことで報道規制はできない。つまりないわけだ。


「なんだツマンネーな。じゃあデカのおっさんとこ行くか」

「まあ待て。誰もやらないなんて言ってねえよ」

 出て行こうとする波町を引き留める。

 八朔が探偵になった理由に、昔はそういった事件を解決することに憧れたというのもある。ここの守衛は事件が起こった際、現場へ駆けつけるだけであり、犯人捜査などをしない。

 地球だと19世紀までの警察というのは、事件が起こると悪そうな連中のたまり場へ行き、適当に捕まえて自白させるというのが普通だったようだが、この世界もそんな感じらしい。これではいつまで経っても犯人なんて捕まるわけがないのに。

 今は杉所がいるのだから多少はマシになっているかもしれないが、歳は取っているといっても新人だ。それほど発言権があるとは思えない。

 つまり然程役に立つとは考えないほうがいい。ならばここは『名探偵』の出番ではなかろうか。



 そんなわけで捜査を請け負った八朔は、ネイトとステアを呼んだ。

 犯罪捜査も探偵の仕事と聞き、ふたりはとてもワクワクしていた。そんな彼女らの表情を見て、八朔はため息をついた。きっと余計なことをしでかすであろうと予測して。


「そんじゃあま、探偵として捜査するにあたり、まずは愚策を教えてやるか」

「なんで愚策から教えるんですか?」

「だってきみら、教えないとやるでしょ」

 ふたりの目が泳ぐ。彼女らは魔物なんて遭遇しなければ大丈夫だと山へ入るし、近いからといって物騒な裏道を使おうとする。

 ようするにそれは愚かな選択だということを教えておかないとそれをやってしまうタイプなのだ。

「それで、なにをやってはいけないんですか?」

「おとり捜査だ」

 ふたりは首を傾げる。きっと頭の中は空白だろう。八朔はやれやれといった感じに帽子を目深にかぶる。

「おとり捜査というのは?」

「狙われやすそうな奴を使って犯人をおびき出すことだ」

 釣り餌のことだが、このふたりは言われてようやくその利便性に気付いたようだ。そしてなにかに思い当たったのか、不可解だと言わんばかりの顔をする。


「何故駄目なんですか?」

「大抵失敗するからだ」

「そうなのですか?」

「物語じゃそうだわな」

 海外はさておき日本だとおとり捜査は麻薬の取り締まり以外だとまず行われない。つまり八朔自身も実際に行ったらどうなるかわかっていない。

「物語は物語じゃないですか。現実とは違います」

「そう言って物語をなめた挙句、同じことをやらかしたら目も当てられねえからやりたかねえんだ」

 物語であろうと不可能でないのならば排除すべきではない。物事というものは可能性がゼロでない限り起こりうるのだ。

 だというのに所詮物語の話だと馬鹿にしてその可能性を排除し、まんまとその通りになったらなんと言い訳をするのか。間抜けにもほどがある。

 これが日本だったらいい笑いものだ。ネットで散々盛り上がるだろう。


「それで私たちはどうすればいいのですか?」

「今回はおべんきょだ。捜査に関わろうとすんじゃねえよ」

「それはあんまりです!」

 ネイトが不満を漏らす。折角のワクワクを返してくれと言わんばかりの抗議だ。八朔は帽子を頭に押し付ける。

「大体、下手に関わって巻き込まれたらどうするよ」

「そのときは私たちが倒しますから! 暴漢のひとりやふたり、葬ります!」

「どっからその自信が出てくるのやら……」

 八朔は小さくため息をつく。王族貴族様方のお嬢様らが接待戦闘で自分の力を誤認し過信しているのだろうと。彼女らの力は現実に役立つものではない。

 ならば現実を見せてやればいい。八朔はふたりを連れ事務所を出てすぐの裏道へ来た。

 ここは人通りが全くと言っていいほどないのだから、悲鳴でもない限り誰にも気付かれない。


「んじゃま、実力見てやっからかかってきな」

 八朔はポケットに手を入れたまま挑発する。

「武器はなにを使ってもいいのですか?」

「あん? 探偵は素手に決まってんだよ」

 武器がない状況、すぐに出せない状況、奪われた状況、武器が使えないというシチュエーションはいくらでもある。そんなとき武器がなかったから勝てませんでしたは通用しない。なにせ負けるということは死に直結しているのだから。

 だが八朔は素手と言いつつ戦闘では滅多に手を使わない。使うことを様々な理由を付けては避けているように見える。


「ですが所長、防具とか着けたほうがいいですよ」

「オレぁこの身一本でここまで生きてきてんだよ。お嬢ちゃんたちのほにゃらら武技でどうにかできるわけねえだろ」

 咥えた電子タバコを上下に振り挑発──いや、ただ単になめているのだ。八朔は細いといっても少女とは比べものにならぬほど体重差があるし、リーチも圧倒的だ。

「では遠慮なく行かせて頂きます!」

 ネイトは地面を蹴るように踏みしめた。



「────あれ?」

 八朔は空を見上げ、なにが起こったのか理解できずにいた。どうやら往来で大の字になって寝転がっているようだ。


「あの、所長」

「あん?」

「実のところ、所長ってあまり強くないのでは?」

 八朔は跳ねるように立ち上がり、服の埃をはたくと慌てたように言い訳をする。

「ば、ばっか言うなし。これぁその、あれだ。女子供に本気なんて出せやしねえんだ」

「それは馬鹿にしていると思います」

「ただの甘やかしだ」

 八朔の場合は女子供に弱いと言ったほうが正しい。男相手なら多少手荒でも問題ないが、同じような加減で女性に触れたら怪我させてしまうかもしれないからだ。


「姫様、所長にならきっとワタクシでも勝てると思いますわ!」

「ステア、ほどほどにね」

「おいおい、さすがにこんなちんまいのにやられるほど落ちぶれちゃいねえよ」

 小学生女子に喧嘩で負けるとあっては大人が廃る。慙死レベルだ。



「────おや?」

 八朔は逆さまになった景色をみていた。状態でいうと背負い投げで背中を壁に叩きつけられ、そのままずり落ちた……ような感じだ。

 まさかの2連敗。しかもなにが起こったのかわからない。八朔は立ち上がり首を傾げた。

「凶悪犯の捜索なんて、私は所長の身のほうが心配ですよ」

 まさか軽くあしらうはずの少女ふたりに軽くあしらわれると思っていなかっただろう。八朔は帽子で顔を覆う。




「どこか行かれるのですか?」

「ちいとオトモダチんとこ」

 夜も更けたころ、ずっと居たたまれない雰囲気漂う事務所のなか、八朔は急に立ち上がるとトレンチコートを羽織り扉を開けた。

「ご一緒しますか?」

「おめえさんはトモダチと遊ぶのに付き添いとか欲しいのか?」

「いえ……いってらっしゃい」

 ネイトは姫であり、宮殿では常にメイドなどが傍で待機していたのだ。だからその煩わしさはとても理解している。



 八朔が訪れたのは、以前来た裏の酒場だ。


「おいす」

 扉を開けるといつもの──多少様子が異なっている。客が少なく、それに伴って喧騒があまりしない。

「ちっ、テメーか……もうここへ来るんじゃねえ!」

 奥から怒鳴り声が聞こえる。相手はこの町の裏の顔役となっている男だ。

「そうつれないこたぁ言うなよ。オトモダチだろ?」

「うっせー! はなしかけんじゃねえ!」

 あからさまに煙たがっている。最近会っていないのにそんな態度をする心当たりは当然ある。

「避ける理由はわかってんよ。うちの従業員のことだろ?」

「そうだ! 王族と貴族を雇うとか正気か!?」

 裏の人間はおろか、一般人からしても正気の沙汰とは思えない。不敬とかそういうレベルを越えている。


「でもみかじめ料は必要でしょ?」

 金の話をされては顔役も顔をしかめる。確かに金は欲しい。しかも向こうから払うと言っているのを拒否するというのは普通ならばあり得ない。

「……俺もあんま言いたかねーんだがよ、俺は所詮小さい町の裏の顔役程度なんだよ。王族とか絶対に関わりたくねー」

 この男、顔役をやっている割には肝が小さいらしい。いやむしろそういう自己分析ができ、周囲を理解できているからこそ顔役が務まるのかもしれない。

 それに間接的とはいえ、裏との繋がりがあると思われるのも王族としては問題だろう。とはいってもそんなことを八朔が気にするわけがないのだが。


「まあそういうこったらしゃあねえ。でも情報の売買はして欲しい」

 八朔にとって顔役は仕事と情報を得る相手なのだ。これで切られてしまうと今後の仕事がやりづらくなる。

 彼らの情報網を自力で作り上げようとなったら膨大な時間と金がかかる。かといってひとりでカバーするなんて不可能だ。だから金か持ちつ持たれつの関係でいたほうがいい。


「なにが知りてえ?」

「最近巷を騒がせてる通り魔のことを」

 それを聞いた途端、顔役は腕を組み顔を渋める。


「あれに関しちゃ俺たちも手を焼いてんだ。こっちもふたりやられてるからな」

 これで客が少ないことの合点がいった。あちこちに見張りを立たせているのだろう。ここの連中も本気で探しているということだ。

「んなわけで情報はタダでくれてやる。あともし捕まえてここへ連れて来れたら買ってやるぞ」

「そりゃどうも」

 これでこの事件での収入源を得た。八朔のやる気は倍増である。

 八朔は今までの出現位置と時間などの情報を手に入れ、事務所へ戻った。




「んなワケでオレぁちょっと見回り行ってくる。おめえさんもガキらしく寝ておけよ」

 出現日時と場所を地図に書き込み少し首を左右に傾げつつ眺めていたところ、なにか思い付いたのかトレンチコートを掴み、未だ起きているネイトに忠告し扉を開けようとした。

「子ども扱いしないでくださいっ」

「でも実際に子供でしょ、きみも」

 しかも一般常識に関しては子供よりも拙い。特にステアはまだ12歳であり、貴族としての勉強が優先されているため一般知識などないに等しい。

 とはいえ彼女はもう既に寝ている。草木まで眠るにはまだ早いが、人ならば寝ていてもおかしくない時間である。




 顔役からの情報である事件発生現場を地図で見ると、ランダムで発生しているかのように見える。だが実際にはちゃんと意味がある。

 この城下町は中心の城とそれを囲う貴族街のほか、東西南北に大通りがありそれを隔てて4つの町が存在している。各町にはそれぞれ商店街や住宅地などがあり完結しているからあまり移動することはない。

 そして大通りと門の周囲に店が集中している他、静かな貴族街側の壁の近くに住宅地がある以外それぞれの町に共通点はない。例えば夜だけ営業している酒場や風俗店の位置などはそれぞれが異なっている。

 ようするに、通り魔の出現位置がランダムに見えるのは風俗街や飲み屋の位置が異なっているためであり、そこから住宅地へ向かう通りが標的になっているのだ。

 あとは勘頼りだ。八朔は出現日時通りに地図を指でなぞり、ここだという場所へ向かった。




「おっといきなりビンゴかよ」

 八朔は中折れ帽を抑え、ニヤリと笑う。


 目の前にはボロボロのフードで顔を隠し、抜き身の剣を持った人物。明らかに危ない。

 背は小さいが骨格は男だろう。剣以外は軽装だ。

「近ごろこの界隈を騒がしてる辻斬りっつうのはおめえさんのことか?」

 八朔が訊ねてみても返事はない。とはいえ八朔もはいそうですという返事を期待していたわけではなく、とりあえず言ってみただけだ。


 突如、フードの男は駆け寄り八朔へ斬りかかった。

「っと、だんまりかよ。愛想ないねぇ」

 八朔は両手をポケットへ突っ込んだまま、剣を靴の裏で止めていた。

 そのまま蹴って剣を押し戻させ、バランスを崩した相手の腹へ蹴りを入れる。


「ぐはっ」

 蹴られたフードの男は横の路地奥の壁に叩きつけられた。八朔は石畳を革靴でカツカツと音を立てつつ近付く。


「たくよお。こっちぁ平和的解決をしたかったのによぉ。どらどら……」

 八朔は近寄り、フードを剥がそうとする。しかしそこへ横一閃、剣が振られた。

「まぁだ元気あったのかよ。少しゃ油断くらいさせて欲しいもんだね」

 再び靴の裏で剣を止め、地面へ踏みつけ剣を折る。見たところ剣はこれしかないだろうから、次また斬られることはない。


 武器を持っていても軽くあしらうような相手に素手でどうこうできるはずはない。フードの男は左右へ目を走らせる。

「逃げ場なんてねえよ。ここぁ袋小路だ。おめえさんだってそれ知っててこの辺りで待ち伏せしてたんだろ?」

 相手を追い詰めるために選んだ場所があだとなったのだ。相手を甘く見過ぎているのか、自分を高く評価しすぎた末路だ。

 だが突如フードの男は壁へ向かって走り飛び、左右の壁を蹴って上へと逃げて行った。


「逃げ場、あったのね」

 八朔は建物の隙間から覗く空を見上げていた。




「おうおっさん、どうだったよ!」

 翌朝、八朔が捜査をしたといううわさを聞きつけた波町が期待を込めた顔で武勇伝を聞きに来た。だが八朔は嫌そうな顔で迎える。

「ん、逃がしちまった」

「ああ?」

 八朔が逃がしたことに不満があるのか、波町が顔を歪めた。

 以前自分を捕まえた男が捕まえ損ねた。そこを自身のプライドが許さなかったのだろう。

「蹴っ飛ばしたとこまではよかったんだけどよぉ、あんにゃろ逃げやがった」

「え? あ? おっさんにケットばされてニゲたんか?」

「ああ」

 波町は唖然とした顔で八朔を見ているが、八朔はなにが言いたいのかいまいちピンときていない。

「……なんでシんでねーんだ?」

「加減したからな」

 10メートルも吹っ飛ばしたうえ壁に叩きつけられるような威力で手加減もなにもない。時速50キロのトラックに撥ねられたってそこまで飛ばない。


「そいつあれだな。ニンゲンじゃねー!」

 波町の言葉を聞き、八朔は電子タバコを取り出し強く吸い、大きく吐いてから答えた。


「あのな、オレの蹴りくらいオレなら耐えられんだよ。だったら他の奴が耐えられてもおかしかねえ」

「そもそもあんたニンゲンじゃねーだろが!」

 波町の言葉に八朔はなに言ってんだこいつと言いたげな顔をした。

「おいおい傷つくなぁ。オレぁ人間よ? オークとかと一緒にしねえでくんねえかな」

「あんたに比べりゃオークのがまだニンゲンっぽいぜ……」

 冒険者が武器を持って倒すのがオークであり、蹴っ飛ばして倒せるようなものではない。


「まあとにかく、おっさんでツカマエらんねーんじゃオテアゲだな」

「おいおい、オレぁ逃げられただけで捕まえられなかったわけじゃねえよ」

「イッショじゃねーか。なにがチガウんだ?」

「少なくともオレぁ負けてねえからな」

「逃がしたことにゃかわんねーじゃねーか」

「いいや、お手上げじゃねえって話だ」


 負けて逃がしたのならばお手上げと言ってもいいが、勝ったところで逃げられたのだ。袋小路でまさか上に逃げられるなんて思っていなかった……というか、日本であればそんな逃げ方はできなかったわけで、まだこの世界に対応できていなかったということだ。

 それがわかっていれば次はない。ならばまた探せばいいだけだ。

 とはいえ相手も前回のことで警戒しているだろう。そう簡単に見つかるはずもない。


「でもこのマチはちいさかねーぞ。前はタマタマ出くわせたかもしんねーが、ツギまた会えるなんてオモエねーよ」

「んなもん簡単だ。もう目星は付いてる」

 数日は鳴りを潜めているだろうが、次に現れるであろう場所は2カ所に絞ってある。あとはそのどちらかで見張っているだけだ。





「──ほらな、やっぱいた」

 待ち伏せをして3日、八朔が見張っていた場所にフードの人物はのこのことやって来た。


「前回やられたとこから一番遠い場所っておめえさん安直すぎんぜ」

 八朔がヤマをはっていたのは、前回と同じ場所か城を挟んで真逆にある、一番遠い町だった。

 フードの男は八朔を確認した途端身を低くし、剣を突き立ててきた。

「斬れねえから刺そうてか? それもまた安直だぜ」

 八朔は剣を蹴り上げ、上げた足を相手の後頭部へ叩き落とす。そして足を頭に乗せたまま地面へ圧し潰す。


「これで動けねえだろ」

 フードの男は暴れまわるが、頭に乗っている八朔の足首へ手をかけなにかを唱える。

 すると男が掴んだ八朔の足首が、だんだん熱くなっていく。

「あっちいなおいっ」

 八朔は思わず足をどかしてしまい、その隙に男は跳ね上がるように立った。

 接触すると使える魔法なのだろう。しかしこれは誤算だ。

「ったく、余計なことしてくれちゃって。これじゃ生け捕りできねえじゃねえの」

 上手い具合にダメージを与え気絶させる。そんな器用なこと八朔ができるわけない。しかし相手は素直に捕まってくれそうにないし、捕まえたとしてもまた魔法を使われるだろう。ならばできることはただひとつ。


 八朔は一気に距離を詰め、男をぶん殴った。首は引き千切れる寸前まで伸び、頭蓋も首の骨も砕ける。一瞬で絶命したのは言うまでもない。

「まったく、手ぇ使わせんじゃねえよめんどくせえ」

 手をぷらぷらと振り、動かなくなった男のフードをめくってみるとその肌色は青白く、額とこめかみには角が生えていた。

「うん……む、やっぱ人間じゃねえのか」

 奇しくも波町の読みが当たってしまったようだ。


「とりあえず顔役のダンナんとこでも持ってくか」

 八朔はフードの生きものを布で包むと肩に担いで運び出した。



「ダンナいるかい?」

 いつもの酒場のいつもの席を確認すると、ふんぞり返っている顔役がいた。

「来やがったか。んで、捕まえたのか?」


「捕まえたっちゃあ捕まえたけどよ、やっちまった」

「あ? まあ仕方ねえか。死体はあんのか?」

 八朔は担いでいたものを乱暴に床へ落とす。すると顔役の部下らしき男が数人で布を剥ぎ取りぎょっとする。なにかと思い顔役もそれを覗き込むと目を見開いた。

「これ……お前、これ妖鬼じゃねーか!」

「あ? 妖鬼?」

 聞きなれない単語だが、この世界へ来てからそればかりなので八朔は特にこれといった感想が出ない。


「お前、これどうやって倒したんだ?」

「どうって、ぶん殴った」

「殴って殺れるわけねーだろ!」

 超一流冒険者なら1対1でも倒せるが、手練れ程度なら10人以上で囲っても負けるかもしれない。そんな相手を殴り殺せるはずがない。


「切り傷なし、魔法痕なし、あるのは頭部と顔面への打撃痕……」

 顔役の部下で、検死のようなものができる男が確認する。武器や魔法を使っていないことが確認できたため、撲殺と判断した。


「お前、マジで殴り殺しちまったのかよ……」

「まあ、オレぁこの身一本で生きてきたからな」

 どんな生き様をしたらこんなことができる体になったのか、恐ろしくて聞けたものではない。

 そして顔役は思った。八朔に逆らうのは国と相手をすると大差ないのではと。

「と、とりあえずこの件は俺にゃ重すぎる。普通に守衛んとこ持ってけ!」

「オーライ」

 八朔は死体を包み直すとそれを担いで持って行った。




 町中で妖鬼が発見されたとのことがあり、あちこちでパニックが起こった。とはいえもう既に討伐されており、数日で鎮静するだろう。

「例の通り魔事件、犯人が妖鬼だったそうですね」

「そうらしいな」

 顔役から金をもらいそこね、少々不機嫌気味に朝食を頬張る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る