第8話 探偵は貴族も部下にする
八朔がやって来たのは、スラムの近くの裏道にある扉の前。それをノックもせずに開け、中へ入る。もしただの家であれば犯罪だ・
恐る恐るネイトも後に入ると、そこは棚に囲まれ、様々な怪しいものが並んでいる店のような場所だった。
奥には老婆がカウンター越しに座っているのが見える。
「おうごめんよ」
「……なんだハッサクかい」
「ちいと人探ししててな。銀髪で13歳くらいの貴族の娘なんだが、来なかったか?」
八朔が訊ねると、妖しげな老婆は考えるふりをしながら中指と親指の腹をこすり合わせる。
「……おっとこんなところに銀貨が落ちてた」
八朔はわざとらしく、なにもない床から銀貨を拾い上げた。
「へっへっへ、そりゃワシの探しものだね。じゃあ礼にあんたの探しものでも教えてやろうか」
互いに下らない三文芝居だが、体裁は必要である。
そして老婆からはステアと思われる人物が来たことと、薬が手に入る場所を教えたという情報を得られた。
「山の向こうの岩崖か。まあた面倒なとこ行ってくれちゃって。てかそのガキンチョなかなかだな。あの店を見つけるなんて」
「それよりも早く行きましょう!」
「だあな。お嬢ちゃんひとりで行ける場所じゃねえし、おっかねえ魔物も出るしな」
町を出たところで八朔はふと足を止める。町を出て山を越えたところにある岩崖。それは八朔たちがこの世界へ来て車ごと落ちた場所だ。
現在は昼。今から山に入り、往復したら日を跨ぐかもしれない。特に今回は体力に自信があると思えないネイトが一緒だ。
あとはルートの問題だ。登山ルートも迂回ルートもたくさんある。そのなかでどういった道を選ぶか。
「助手、おめえさんならどう通る?」
「そうですね……山は魔物が出るから危険なので迂回……でも距離は数倍ですし……やはり山を越えると思います」
「魔物だって絶対会うわけじゃねえからだろ?」
「はい。会わなければ恐れるに足りませんから」
八朔は大きなため息をつき、電子タバコを咥えて落ち着こうとした。
そして強く足を踏みしめると、早足で歩きだした。
「その嬢ちゃんもアホなことを祈ろう。よし山を越えるぞ」
「ちょっと、誰がアホですって!?」
ネイトは憤慨しながら八朔の後を追った。
「道はわかるのですか?」
「山を突っ切ろうっつうアホならきっと藪とかに入ったりゃせんだろ。通りやすい道を歩いてきゃあ出会えるさ」
「ですからアホってどういうことですか!?」
またネイトが憤慨している。会わなければ問題ないということは、会ってしまえば問題なわけで、もし遭遇した場合、どう対処するか考えているのだろうか。それをアホと言わずなんと言う。
「そろそろちけえぞ」
「わかるのですか?」
「そりゃま、不自然な匂いがかすかにするからな」
香水の甘い匂いがうっすらと漂っている。冒険者がそんなものをつけるはずがなく、ましてや魔物がつけたりはしない。一般市民もつけることがないとなれば、ここにお貴族様がいたことになる。
だがこんな匂いを撒き散らせながら歩くなど自殺行為だ。どう考えてもいろんな生物を呼んでしまう。
「あれだな」
「えっ?」
八朔の言葉に辺りをキョロキョロ見るネイト。そんなに視線を動かしては見つかるものも見つからない。八朔の視線の先には、木陰からちらちらとピンクの布が覗いている。
きっと隠れているつもりなのだろう。先ほどからガサガサと八朔たちが立てている音が近付いており、魔物か動物の類が来ているのだと勘違いしているのだ。
そこでふたりは足早にそこへ向かい、手を突っ込む。
「わきゃっ!?」
「ほい、いっちょあがり」
少女を摘まむように持ち上げ、木陰から引っ張り出す。そして杉所から聞いた特徴と照らし合わせ間違いないことを確認。
「さあて、帰りますよお嬢様」
「は、離しなさい無礼者!」
「その人の言うことを聞きなさいステア」
「誰よワタクシのことを気安く呼ぶの……姫様!?」
ステアはネイトを見て、ただでさえ大きな目を更に見開いた。まさかこんなところに一国の姫が来ているだなんて思ってもいなかっただろう。
「何故姫様がこんなところに?」
「私は今、探偵をしているのです!」
自慢げに胸を張り堂々と言い放つネイト。
「た、たん……?」
「民間の諜報員です。今回はあなたの捜索を受けて来たのですよ」
自慢げなネイトだが、ステアはいまいちピンときていない様子。聞きなれない言葉に戸惑うのは当然だ。
「目的ゃ果たしたんだからとっとと帰んぞ」
詳しく説明しようとしはじめたネイトを止める。こんないつなにが襲ってくるかわからぬ山中ですることではないからだ。山を下りて八朔がいないところで存分にするがいい。
だがステアは一緒に戻ろうとせず、足を止めふたりに懇願する。
「お願いですわ! 母さまの薬を取って来てくださいまし!」
「あんな、それぁ探偵の仕事じゃねえんだよ」
その言葉に驚いたのはネイトだ。八朔はきっとこの後採りに行くのだと思っていたようだ。
そんなネイトの不満げな顔に向かって八朔はかるくため息をついて説明した。
「世の中にゃ適材適所っつう言葉があってな、その言葉の通り適性と役割を分けたほうが物ごとは上手くいくんだよ。オレらみたいな一般人が魔物なんか相手してみろ。あっという間に殺されちまう」
「で、ですがそんな思いをしてまで取ってきてくれたとお母様は感激してくれるかもしれませんし……」
「危険な目にあってまで自分の薬を取って来てくれたって喜ぶとでも思ってんのか? 逆だ逆。自分のせいで危ない目にあわせてしまったって酷く落ち込むと思うぞ」
ステアはしょんぼりとしぼんでしまった。親の心子知らず。親からしてみたら、そんなことで危険を冒すよりも安全で健やかに育って欲しいのだ。
とはいえ八朔も大概お人よしの面がある。
「丁度いい冒険者を知ってる。そいつにやってもらやいい。依頼するから町に戻んぞ」
なんとかステアの説得をし、3人は山を下りていった。
「そんなわけでゾクのあんちゃん、仕事だ」
町へ着くと事務所へ戻らず、その足で波町のいる宿へ向かう。彼はまだ夕暮れだというのに酒を煽っていた。
「あん? なんでおれにシゴト押し付けよーとしてやがんだよ」
「そう言うなって。貴族からの仕事だぞ。金は結構もらえるんじゃねえの?」
「へっ、オキゾクサマのシゴトなんて受けたかねーや!」
「まあ聞けよあんちゃん。実はな……」
八朔はステアの事情を色々脚色をつけて説明した。
「……ちっ、いいハナシじゃねーか! ビョーキの母親のためにか……わーった、受けてやんぜ!」
波町は少し涙ぐんでいた。実に単純な男だ。
とにかく今日はもう暗いため、これからステアにギルドへ指名依頼を出してもらう。貴族からの指名であれば本来受けられないランクの仕事も可能だからだ。
彼女も流石にこんな時間から山へ入ろうとは思わないだろうし、自力で採ることの愚かさも説いた。放っておいて大丈夫だろう。
「ま、こんなとこかね。よし仕事終わりっと」
「え? まだ薬草を手に入れていませんが……」
「それぁ今任せたでしょ。こっから先は冒険者の仕事だ」
「あ? おっさんも来るんじゃねーのかよ!」
「そりゃあおめえさんたち冒険者の仕事だろ。オレぁよその仕事を奪う気はねえの」
「おいおい探しものはタンテーのシゴトだろ」
「探偵の探しものは落としもの限定だ」
実際にそんなことないが、ただ山を越えて崖にある草を取って来るというのが面倒なだけだ。他にやる人間がいるのであればわざわざやらない。
とはいえその病と薬草には興味があったため、ステアと冒険者ギルドへ向かったときついでに調べてみた。
情報によると、その草の花に効能があるらしい。だがその花は崖などの風の強い吹き抜けでしか生育できず、更に抜いてから3日もしないうちにしおれてしまう。つまり取り置きができず、必要な度に採取しなくてはならない。
更にこれを必要とする病は年に1人出るかどうかのため、インフラ整備をする意味がない。維持費のほうが高くついてしまうからだ。
ステアの親がこの町へ来た理由もその花が目当てだったのだが、生憎腕の立つ冒険者が現在大きな仕事で戻ってきておらず、待ちきれなかった末娘が飛び出してしまったという経緯である。
「おはようございますわ、所長」
「んー……ああ!?」
波町が薬草を持ち帰った数日後。寝ぼけまなこな状態から一変、思わず声がひっくり返る。目の前にいるのはネイトではなく、先日行方不明だった少女ステアだったからだ。
「……なんで嬢ちゃんがここにいるワケ?」
「なんでって、所員だからですわ」
笑顔で答えるステアに八朔は情けない顔で返すことしかできなかった。
「ステア・インジェクション=ガスケットですわ。今後とも宜しくお願いしますわ」
「……おい、オレぁ聞いてねえぞ」
「ええ。伝えてませんから」
しれっと言うネイトに八朔は恨めしそうな眼を向ける。
「……なんで伝えねえ。オレぁ所長だぞ」
「伝えたところで却下されることは目に見えてましたし、その後あれやこれやで許可することがわかっていたから省きました」
「……まあ、あれやこれやは面倒だからな。それを省略してくれんのは正直助かるが……」
「ふふふ。私も色々勉強したんですよ」
段々とネイトはしたたかな性格になってきたようだ。
ちなみにあれやこれやとは、断ったところで父である侯爵と話になり、逆らえぬ立場を利用されておしつけられるという無駄な作業のことだ。
「これ以上の問答は疲れるからいい。それよか嬢ちゃん、家のほうは本当に大丈夫なのかねえ」
「ええ。別にひとり娘というわけではありませんし、なにより姫様付きということで父様は喜んでおりましたわ」
「……左様でっか」
ネイトが嘘をつかぬよう顛末をしっかりと見張っていたと言い切っているため、恐らく本当なのだろう。八朔の性格上、次にまたやらかしたら本気で追い出されかねないからだ。
八朔は額に手を当てる。探偵を始めたはずなのだが、まさかお偉方のガキンチョふたりの面倒を見ることになるとは。ここは学童保育所ではない。
「それで、ワタクシはなにをいたせば宜しいですの?」
「まずは着替えて買い物よ!」
ネイトは嬉しそうに答え、袋と紙を差し出した。
「……考えてみりゃあこれは幸運なのかもしれねえな」
八朔は小さく呟いた。
「なにがです?」
「だってよ、お子様とはいえ従業員がふたりいて、しかも給料いらねえときた。家賃もいらねえし、稼いだ金は全てオレの懐。こりゃ相当おいしいんじゃねえの?」
「えっ、お給金は出されないんですか?」
「そりゃおめえ、丁稚に金なんか出せるかよ」
ふたりはあくまでも見習いであり、勉強をしに来ているのだ。しかもお守りをせねばならないのに、金をもらう理由はあっても払う理由がない。
「私、自らの力で稼いだお金で買い物をしてみたいんですが」
「そんなん一人前になってからにしな」
給料というのは仕事に対して支払うものであり、仕事をしていないのに払う必要はない。買い物などの小間使いは勉強のためにやらせているのだから仕事と呼べない。
そんな会話の途中、ステアが町娘風のワンピースに着替えて階段を降りて来た。
「着替えてまいりましたわ。早速買い物をしてきますわ!」
「なるべく早めにな」
ネイトのときと打って変わって嬉しそうに買い物かごを持って行くステア。きっと買い物をしてみたかったのだろう。
「さてと」
扉が閉められて一拍置いたのち、八朔が立ち上がりコートを羽織る。
「お出掛けですか?」
「そりゃおめえ、あいつひとりに行かせるわけにゃいくまい」
「……私のときはしてませんでしたが?」
「おめえさんが気付かなかっただけだろ」
「えっ」
今気付いたというか、聞かされた。なにかある度に八朔が陰から手を貸していたのだ。この町へ来て然程長くない八朔が馴染んでいた理由のひとつである。
「おい姫さん。ちいと身を出し過ぎだ」
ふたりは今、ステアの動向をを物陰から見守っている。追跡も探偵の仕事のひとつであり、これは練習の一環でもある。
「ですが、これでは見失ってしまいます」
「おめえさんはどうやってあの嬢ちゃんを追ってるんだ?」
「姿……というよりも後頭部でしょうか」
「だから見失うんだよ。あんだけちんまいのが歩いてたってすぐ隠れちまうだろ。そういうときゃ空間を追うんだよ」
「空間?」
「人が歩いてふいに逸れたりするだろ。そりゃ正面に誰かがいるっつーことだ」
「なるほど!」
「あと離れてる場合は足を追うのも手だな。人間っつーのは上半身がでかいから障害物になるけど足は細いから隙間があって見えやすい。密集してたら見えねえが、あの程度のバラけ具合なら追える」
八朔の説明にネイトは感心しながら言われたように確認した。
「そういえばなんで地図を見せないんです? 見せたほうが道を覚えやすいと思うんですが」
「だぁら言っただろ。人と話して顔を覚えてもらうのも探偵の仕事なのよ」
「そうでした」
この世界には冷蔵庫がない。だから食材は頻繁に買わねばならない。そしてひとには生活のリズムというものがあるから大抵同じ時間に活動する。その時間に毎日出歩けば、何度も見かけて互いに覚える。
とはいえすれ違うだけでは大して印象に残らない。だから話しかけることで印象を強く残すのだ。
「あぁ、嬢ちゃん
「だって近そうじゃないですか」
「あそこぁガラの悪いのがたむろってんだよ」
「ええ。私はなんとか逃げてこれましたが」
「逃がしてもらってんだよ。なにせオレが雇ってんだから」
「はあ!?」
ネイトの声が裏返る。
いつもこの時間だけ数人、特にガラの悪そうな男がいるのだ。
「な、なんでそんなことをするんですか!」
「おめえさん、それ以降は他んとこでもひとのいねえ道使わなくなっただろ」
「ま、まあ危険ですし……」
「そういうこった」
一度怖い目に遭えば次また同じことをしないものだ。自分の知らないところで危険な連中に絡まれるわけにはいかないため、初期段階で罠を仕掛けておいたのだ。
「……色々考えているのですね」
「それが探偵だ」
それが探偵のすることかは疑問だが、事前準備を怠らないのは重要だ。
「ですがそういったことをばらしていいのですか?」
「ばらすもなにも、おめえさんも下ができたんだ。だから上の人間がなにをやってるか学ぶ必要があるだろ」
「な、なるほど」
「王族やってんだから上の人間の責任っつーもんくらいわかる必要があると思うぞ」
「とても勉強になりました」
地位あるものはその地位なりの責任を負う。同じ所属であれば後輩の責任は先輩にも及ぶ。つまりステアの失敗でネイトを責めてもいいということになる。
ほどなく、ステアが泣きながら路地を走って出て来た。
「まあ、いい教訓になったろ」
もちろん物理的な危害を与えることは禁止させている。なにせ相手は王侯貴族だ。なにかあれば簡単に首を刎ねられてしまう。
だからやることと言えば、お嬢様が見たこともない大人なプルンを見せたりとかだろう。
「ちょっと行ってきます」
「どこにだ?」
「路地へ挨拶に」
その言葉にギョッとする。一体どんなジャンルの挨拶をするのだろうか。まさか普通にごきげんようと伝えるだけではあるまい。
「あのな、わかってると思うが」
「みんな仲良く、ですよね」
そんなことを一度も言ったことはない。一体どこから得た知識なのか。八朔は一部始終をハラハラと見守る。
「こんにちは」
「あ? おっ、こないだの娘じゃねえか。なんだ俺たちと遊びたくなったか? へっへっへ」
「本日は所長の代理で来ました」
「所長だぁ? だれだそいつ──」
「ハッサクです」
それを聞いた荒くれは、品の無い笑顔をやめ、頭を掻いた。
「なんだばらしちまったのか」
「ええ。それで、今後は私の方からもお仕事をお願いすることもあるでしょう」
「まあ金になんだったらなんでもいいけどよ」
ちゃっかりと自分を売り込むのを忘れぬネイト。八朔の考えは杞憂だったようだ。
「今回は下っ端だからいいけどよ、ひとりで顔役のところへ行こうなんて思うなよ」
戻って来たネイトに釘を刺す。八朔と関わっているからといって誰でも話しかけていいわけではない。
「随分と過保護じゃないですか?」
ネイトは自分の身を案じているのだと思っているようだが、そうではない。
裏の顔役とは裏社会の人間であり、その存在は黙認されているだけで容認されているわけではない。ネイトのような王族がその存在を目の当たりにして放置してはいけないのだ。
下手したら王族との抗争が始まる。裏にも通じている立場としては、それを避けなければならない。
八朔は大きくため息をつくと中折れ帽を目深にかぶる。その様子をネイトはじっと見ていた。
「それにしても」
「なんだ?」
「最初は変だなと思っていましたが、こう見慣れてくるとその帽子、かっこいいですね」
「そりゃきっとおめえさんが探偵らしくなってきたからじゃねえか?」
突然の言葉に八朔は苦笑しながら適当に言葉を返す。そしてふたりはステアの後を追った。
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