第7話 探偵は人を探す
「おーおっさん! シゴト持ってきてやったぞー」
八朔が丁度朝食を終えたタイミングで、まるで見計らっていたかのように波町が事務所へやってきた。相変わらずの黄色い特攻服姿が目に痛い。
そして食後のお茶を楽しむ時間を奪われたせいか、若干不機嫌そうな顔で波町を見る。
「あん? ゾクの抗争の助っ人とかってなら断るぞ」
「だから今はしてねー! それよかマットーなシゴトだ!」
波町は憤慨して答える。
そもそも冒険者に真っ当な仕事があるのか。そんなことを考えつつ仕事だと言うのだから、八朔は波町の話を聞くことにした。
「……洞窟探査? それマジで言ってんの?」
八朔は若干呆れたような顔で波町を見ているが、彼は至って真面目なようだ。腕を組んで頷いている。
「うちのジムショじゃ手に負えねーらしくてよ。おっさんならダイジョーブだろ?」
「おめえさんが事務所っつうとヤーさんみてえだな。てか冒険者だっつったか? そういうのが得意分野じゃねえのかよ」
「それがよぉ、うちのツエーのがみんな出払っちまっててよ、手が出せねーらしいんだ」
「んだったらそいつら戻るまで待ちゃあいいだろが」
「3日イナイにどーにかしてーらしいんだよ」
どうやら色々と条件が重なっているようだ。
勇者たちが旅立つ前に、最後の試練として洞窟奥へ進んでもらうつもりらしい。だが現在入ってすぐの辺りに巨大な魔物が出没し、出オチのような感じになってしまっている。
波町は強いと言っても冒険者としてはまだ駆け出しのため、洞窟の侵入が禁止されている。彼はこの仕事が気に入っているため、ここでクビになるわけにはいかないのだ。
「そんなもん倒してこそ勇者だろ。やらせとけよ」
「おっさんロープレとかやったことねーのかよ。マチ出てすぐボスと戦うようなもんだぞ」
八朔も子供のころにはやったことがある。そう例えられるとやれとは言えない。
致し方ない。八朔はその仕事を請けることにした。
「……ったく、洞窟探検なんて探偵の仕事じゃねえっつの」
「とかいって実は楽しいんだろ!」
ゴツゴツとした足場の洞窟のなか、杉所の声がやたらと響く。広さは直径で5メートル以上あるだろう通路だ。革靴だと苔でつるつる滑り歩きづらい。
明かりは懐中電灯があるとはいえ、いつバッテリーが切れるかわからぬためあまり長時間使いたくはない。特にこれは18000ルーメンという超高輝度で数百メートル先も照らせる反面、バッテリーの消費も激しい。
懐中電灯を無制限に使えるよう頼んでおけばと今更後悔しつつ奥へと進む。
「てかサンチョさんまでなんでいるわけ?」
「……俺もこっちに回されたんだよ」
互いにため息をつく。杉所はオークの件で瞬殺魔法が使えるといううわさが蔓延っており、実力者のひとりとして数えられている。今回は王子からの依頼ということで、冒険者や守衛など、いろんな人間から選ばれた。
とはいえ元来は冒険者の仕事。そのうえ魔物との戦闘であれば尚更のことだ。守衛では力不足である。しかも冒険者のなかでも上位でなければ務まらないことをやらせようというのは無理がありすぎる。
結局ここへ来たのは八朔と杉所のふたりだけ。ため息くらいはつきたくなるものだ。
「……お前も銃使うか?」
「いらね。あんなもん離れたとこに届いて便利くらいにしか思っちゃいねえよ」
杉所は銃を取り出そうと懐へ入れた手を止め、なに言ってんだこいつといった目を八朔へ向ける。
「そんなわけないだろ! 威力が違う」
「あんなぁ、サンチョさんよお。反作用って知ってっか?」
お返しとばかりに八朔は杉所へ無知なものを見る目を向けて話す。
「当たり前だろ! 小……中学くらいで習うわ!」
「で、銃弾ってのは火薬で飛ぶわけで、飛び出した瞬間が一番威力あるわけだ」
「そりゃま、空気抵抗だのなんだので減速していくしな」
「んで反作用だが、一番力のある状態が銃側にもかかるわけだよな?」
「そうだな」
「でもあんなもん両手で制御できる程度じゃねえか。だったら蹴ったほうがつええ」
「お前の理屈はわからん!」
言っていることは無茶苦茶のようだが、計算上だと9ミリパラベラム弾の威力は500Jにも満たない。つまり50キログラムを1メートル持ち上げることもできない値だ。100キロはあろうオークを数メートル蹴っ飛ばす八朔からしたら大したものではない。
実際のところは弾丸の硬度や形状などもダメージに換算されるのだが、八朔からすればさほど気になるものではないのだろう。
そんな会話のなか、八朔は突然すんすんと鼻を鳴らした。
「なんか爬虫類の匂いがしねえか?」
「なんでわかるんだよ! やっぱお前の前世は犬だろ!」
「もし前世が犬だったとしても今の体の構造は人間だろ。じゃあなにかい? 前世が虫だったら足が4本になんのか?」
「くだらない屁理屈こねるな!」
杉所がぎゃあぎゃあと喚き散らしているところ、洞窟の奥から巨大な生き物が見えた。その姿は巨大な爬虫類といった感じだろうか。
のそりのそりと歩いているように見えるが、巨大なためそこそこ速い。
「ありゃあワニかね」
「でかすぎるだろ! こっち来るぞ!」
全長20メートルほどのワニのような生物が、
「まあでかいだけのワニだろ」
「んなわけあるか! 足見てみろ。6本もあるぞ!」
「……ああ、前世が虫だったワニか」
「お前はとことん余裕だな!」
「そりゃま、でかいだけのワニだしな」
逃げ腰というか、もう既に逃ている杉所に対し、八朔はその場で巨大ワニを見ている。
八朔はワニの正面に立った。ワニは側面の視野は広いが、正面が死角になる。同じ位置に目があるのだからそれは一緒だろう。そしてタイミングを見計らい、ワニの頭が下がる瞬間、飛んだ。
口元に飛び乗った八朔は、そのまま歩いて進み、両目を踏み抜き飛び降りる。
凄まじい叫び声と共に、ワニはその巨体で洞窟内をのたうち暴れる。
「ど、どうすんだこれ!」
「まあこれだけの巨体だ。暫く暴れさしゃあエネルギー切れで動けなくならあな」
人間にとっては大きな洞窟でも、超巨大ワニにとっては狭い。暴れまわるにも動きが制限され、体中を壁や床に叩きつける。
やがて体力生命力共に尽きたのか、ぐったりしてぴくりとも動かなくなった。洞窟も一部が崩れ、それが更にワニの動きを制限していたようだ。
「凄まじいなオイ」
「戦おうなんて思わなけりゃこんなもんだろ」
実際に戦ったらかなり大変だっただろう。八朔は動かなくなったワニへ近寄り呼吸と脈を確認すると、電子タバコを吸いつつ洞窟の出口へ向かっていく。
「どこ行くんだ?」
「仕事は終わっただろ。オレぁ帰って寝るわ」
どうせここにいてもなにができるというわけではないため、報告でもしようと杉所も八朔の後を追った。
それから冒険者や守衛、兵士などが30人がかりで洞窟からワニを引きずり出し、体を解体させ馬車で町まで持ってきた。
大通りでは大歓声が上がっている。これだけの大物が討伐されたというのは滅多にない出来ごとなのだ。
運んでいる冒険者たちは、自分が倒したわけでもないのに歓声を受けて気恥しく思っているものもいれば、騒がれることが満更でもないと思っているもの、色々といる。
特にその巨大な頭を運んでいるものたちは、まるで自分が倒したんだと言いたげな、誇らしそうな顔をして歩いている。
「冒険者とは凄いですね。あれほど巨大なクローリングドラゴンを仕留めるのですから」
「そうかい」
あまりの騒ぎにネイトはわざわざ見に行って来たらしく、身振り手振りを混じえ少し興奮気味に話している。
八朔はその様子を全く気にもせず、ソファに寝転がっていた。
ネイトはよもやこのソファで寝転がっている男が倒しただなんて思ってもいないだろう。そして八朔は、あれ売れば高かったのではないかと、名誉欲はなくとも金欲丸出しの考え方をしていた。
ドラゴン騒ぎがあった数日後、杉所は八朔の事務所を訪れた。隠そうとしているのだろうが、その表情はニヤニヤしている。
「おい便利屋! 居るか?」
「いらっしゃいませ」
「えっ? お、おう……これはどうも」
杉所は少女が迎え入れたという突然のことに混乱し、頭をペコペコと下げる。
客というわけではないだろう。なにせ挨拶がいらっしゃいませだ。つまりここの人間ということになるのではないか。だがあの八朔が人を雇うとは思えない。
「おうサンチョさんじゃないの。今日はどうした」
奥のソファの背もたれから振られた手だけが覗く。
「どうしたもこうしたもてめぇ! この子はなんなんだ!」
ソファに寝転がる八朔の見える位置へ杉所はツカツカ歩き叫ぶ。少し怒り気味だ。
「なんだっつわれてもなあ。一応助手みたいなもんだ」
「聞いてないぞ! いつから雇ってた!」
「別にサンチョさんに断る必要ねえじゃねえの。それにここへ越してきてからずっといたぞ」
買い物だのなんだのと、大抵外出させていたから杉所は会わなかっただけだ。
そして八朔の襟首を掴み、無理やり起こしてまた怒鳴る。
「どういうことだ! 説明しないと逮捕するぞ!」
「わりいけど詳しい説明できねえんだわ。言ったらそれこそ逮捕されちまう」
意味のわからぬ言い訳に杉所は顔をしかめる。何故説明すると逮捕されるのか。
「こちらの方は?」
「あー……オレと一緒にここへ来ちまったサンチョさん」
「
ネイトは八朔と杉所を見比べる。似たような……というか、ほぼ同じデザインの服装。髪も黒く、肌の色も近い。
「友人や仲間といった感じでしょうか」
「面白いことにそのどちらでもねえんだな」
「ではどういった関係で?」
八朔は顎に手をやり、首を傾げる。自分とこのおっさんの関係は一体なんなのだろうか。わからないことは本人に訊ねてみるのもいいだろう。
「なあ、なんだと思う?」
「俺が聞きたいわ!」
杉所もわからないらしい。とりあえず互いに相手を形容するのに使う腐れ縁ということで落ち着いた。
「腐れ縁……なかなか奇妙な間柄ですね」
そもそもは鎖縁と言い、離れていても切れない強い絆みたいな意味だという。しかしこのふたりにはそんな絆はないし、互いに会いたいと思っていないのに会ってしまう。
これは仕事柄仕方ないと言えるだろう。だがこちらへ来てから杉所がやたらと絡んでくる。寂しいのだろうか。
「そんでなんの用よ」
「おおそうだそうだ! 探偵らしい仕事持ってきてやったぞ!」
また杉所は顔をにやけさせる。その姿を不気味に思いながらも、八朔は一体どんな猫を探すことになるのかと考える。
「なんだ?」
「人探しだ」
本当に探偵らしい仕事に八朔は少し驚きつつもソファから足を降ろす。
「聞こうじゃないの」
八朔は身を乗り出し聞く姿勢になった。
「────つまり、行方不明になった貴族のお嬢ちゃんを探して欲しいっつう話か」
「そうだ」
杉所から軽く説明を受けたが、市民や裏の連中との繋がりを重視していた八朔は貴族と言われてもあまりピンとこなかった。
少々貴族社会を甘く見ているのではないか。とはいえ日本に貴族はいないし、日本以外の国の階級社会はイメージしづらいだろう。
以前出会った辺境伯にしても、彼の中では地方の有権者程度の認識だった。
だが今の八朔にはそういった上の人間に対する知識に富む助手が控えている。
「助手、知ってるか?」
「当然です。ガスケット侯爵家の末娘といえばステア・インジェクションですよ。面白い子で、何度か一緒に抜け出したことがあります」
「ちょっと待て、その助手はひょっとして貴族か!?」
今の話の流れでネイトと捜査対象に繋がりがあることがわかった。だがそれで杉所にもある程度バレてしまった。ネイトは慌てて口を抑える。
「……まあサンチョさんなら大丈夫だろうよ。このおっさん、これでも口は固いから」
半端なまま勘繰られたり探られたりするくらいなら、本当のことをきちんと話して口止めさせたほうがいい。もちろん相手にもよるが、杉所であれば問題ない。
「マジで姫さんか!?」
「これがマジなんよ。王子直々の頼みでさ」
説明を聞いた後、杉所はこれ以上ないというくらいしかめた顔で八朔を見た。もしなにかしらの事件に巻き込まれた場合、町の守衛としてとばっちりを受けるのは目に見えている。
「大丈夫だっての。なんかあったらオレが責任とっから」
「……まあお前がそう言うなら」
杉所には八朔を傍に置く以上の防衛手段が見当たらない。それにこの男が責任を取ると言っているのだ。口調はいい加減のようだが、逃げるような真似はしないことくらいは知っている仲だ。
それにもし八朔でなんとかならぬ相手であれば、守衛が束になったところで敵わぬだろう。
「それよかお前、自分で言ったこと忘れたのか!?」
「あ? なんだっけか」
「王族に関わろうとするなって! 俺との縁を切るまで言ってたぞ!」
そういえばと八朔は思い出したような顔をし、顔を上へ向け電子タバコの水蒸気を天井へ吹きかけてから杉所へ向き直る。
「あんな、サンチョさんよ」
「杉所だ! それでなんだよ!」
「世の中、臨機応変に生きられないと駄目だと思うのよね」
「こ、こいつ……っ」
あと一声あれば殴りかかっているだろう、拳を震わし耐える杉所。本当に信用していいのか疑わしくなってしまう。
このままいても腹が立つだけだと思った杉所は、任せたぞと一言添えてのしのしと歩いて行った。
そんな後姿を見送った八朔は、ネイトへ顔を向ける。
「まずは聞き込み……の前に、その嬢ちゃんはどういった娘なんだ?」
下手に聞きまわるより、はっきりとした情報を持つネイトに聞いたほうがいい。というよりも家族や側近以外で彼女のことをよく知っているのは恐らくネイトだろう。
一緒に抜け出したことがあるというのだから、それなりに親しかった或いは親しくなっていると考えられる。
ネイトも友人が行方不明となっては居ても立ってもいられないだろう。聞かれたことにはしっかりと答えた。
「──家族思いねえ。ちなみに家族で病気を患っているのはいるかい?」
「ええと、確か母親が病に苦しんでいると。この町へ来たのは多分、薬の調達と思われます」
貴族なのだから薬の調達くらい使用人に任せればいい。きっと買ってきてくれるだろう。
但しそれが売っていればの話で、売っていなければ採りに行かねばならない。
「……じゃあ山とかに行ってる可能性もあんのか」
「何故山にですか……ま、まさかあの子、自分で薬を採りに行ったのでは!?」
「だあら可能性だっつってんだろ。おめえさんはこうだと思ったら途端に視野が狭くなる癖どうにかしたほうがいいぞ」
突然慌てふためくネイトを八朔が制す。
そして八朔は立ち上がるとトレンチコートを羽織り、帽子をかぶり直した。
「どちらへ行くのですか?」
「普通の薬で治るんだったらとっくに治ってんだろ。だからまずは裏の店に行くんだ」
八朔は扉を開けて事務所を出ると、ネイトは慌ててその後を追った。
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