第5話 探偵は王子と話す

「オウおっさんども。ハタラキもしねーでなにしてんだ?」

 翌昼、冒険者として登録をしてきたのであろう波町が戻ると、八朔と杉所は呑気に昼食を摂っていた。

「あん? オレぁ昨日充分働いたっつの。働いてないのはこっちのサンチョさんだけ」

「お前だって少し動いただけ……」

 杉所は言葉に詰まり、波町はあからさまに驚いた顔をする。八朔が軽く握った拳をパッと開いたとき、指の間に銀貨が4枚挟まっていたからだ。

「なんだこんな簡単なマジックで驚いてんのかよ」

「そうじゃない! どこからその金持ってきた!」

「だぁら働いたっつったろ」

 杉所と波町は、悔しそうな顔で八朔を睨む。八朔は手を素早く握り、指を1本ずつ開くとそこにはなにもなかった。

「つってもこりゃ仕事に使う金だから貸したりできねえけど」

 それを聞いて杉所は更に悔しそうな顔をした。探偵が仕事に使う金とは、日本だとキャバクラや性風俗などに使うということだ。そういった業界と繋がりを持つためにであり、決して好んで行っているわけではない。多分。


「んなわけでオレぁちいとオシゴトしてくるわ」

 杉所は苦虫を嚙み潰したような顔で店を出る八朔を見送る。そして頭をかくと先ほどまで八朔が座っていた椅子に波町を座らせ、ジョッキへ酒を注いで突き出した。

「飲め」




 杉所と八朔が顔を合わせたのは翌日の昼であった。互いにひとことも交わさず、同じテーブルの対面に座る。

 そして昼食の注文をし、先に声をかけたのは八朔だった。

「んでよ、仕事はどうだったのよ」

「一応話だけは聞いてもらえたぞ! 今日の夕方にテストをするそうだ!」

「へぇ」

 少年たちを助けたとき迎えてくれた門番が、杉所のことを推してくれたのだ。


 テストがどんなものか不明だが、杉所は昨日今日来たばかりのよそ者だ。そう簡単に決めていいのだろうか。そんなことを考えてみたのだが、守衛は万年不足しているのだから仕方ない。

 腕が立つのならば冒険者をやっていたほうが実入りはいいから守衛なんてやろうとは思わない。それでも様々なトラブルに対処するため、ある程度の実力がなくてはならない。

 組織だから休みを勝手に取れないし、ボーナスもない。つまり最も人気のない仕事のひとつということだ。


「問題はテストの内容なんだが……」

「なんだよ」

 言い辛そうに話す杉所。それで八朔はピンときた。

「なるほど、ナンパだな」

「違うバカ! なんでそんなものでテストしないといけないんだ!」

 八朔は、勘が鈍ったかと首を傾げる。もちろん本気で言っていない。杉所が難色を示しているのだから、恐らく読み書き或いは武器を持った戦闘だろうと察する。

 他だと王族が来た場合に備えた最低限の礼儀作法などだが、これは他に倣っておけば問題ないだろう。杉所は組織の人間だからそれくらいはできるはずだし、なによりそう多く王族が来ることはない。

 理由は単純で、王族が来ているからといって慌ただしくなっていたからだ。よく来るのであれば慌てる必要もない。


「それでどうするお前、見に来るか?」

「行かねえよ。サンチョさんがボコボコにされるのを見ても面白くなさそうだしな」

「なんで俺が負けるのを前提としているんだよ!」

「だけどボコボコになった姿は見させてもらう。笑いてえし」


 食事を終えたところで憤慨している杉所を放置し、外へ出て歩く。向かう先は町の中心地、城である。




 そして八朔は今、槍を構えた兵士たちに囲まれて両手を肩ほどまで挙げている。

「怪しい恰好をして城になんの用だ!」

 兵士のひとりが叫ぶと、八朔は少し顔を逸らしてから向き直り、言う。

「モヴデス辺境伯がここへ来ていると聞いて、少し挨拶をば」

「何用だ!」

 何用と言われても、特に意味はない。昨日訪れたで意気投合しただけの間柄だ。ただ探偵としては表と裏、上と下両方と繋がっていると都合がいいため、公の場で再度挨拶をしようという魂胆だった。


「あれ、こないだの刑事のおっさん」

「ん? おっと正義のガキンチョじゃないの」

 先日勘違いで悪者扱いしてきた高校生ふたりだ。どうやら八朔のことも刑事だと思っているようだが、面倒だから訂正はしない。

 その様子を見た兵士たちは一斉に槍先を上げる。

「勇者様方のお知り合いですか?」

「知り合いっていうか……見ての通り同じ世界の人間だよ」

 八朔はトレンチコートを着ているが、中は背広なためブレザー姿の少年たちと同じような形だ。それに若干顔が濃いといっても八朔は日本人だし、肌の色などで見分けがつく。

「これは失礼を致しました! おい、急いで殿下にお伝えを!」

「ああいや、そこまでは……」

 兵士は八朔の言葉を聞かず、走って行ってしまった。

 辺境伯くらいなら繋がりを持っていたほうがいいと思っていたのだが、まさか王族と謁見する羽目になるとは思わなかった。面倒なことにならないことを切に願う。




 八朔が通された謁見の間には側近であろう数人の男と、玉座に座り足を組む、勇者として召喚された少年たちと同じくらいの男がいた。

 威厳を身に着けつつあり、堂々としている。誰がどう見ても跡取りであるとわかる。

「お主が勇者らと共にやって来たという男か」

「そのようです」

「そうか。で、どんな力を持っているのだ?」

「力と申されましても」

「異界から来たものは神より力を与えてもらえるらしいからな」

 これは件の生徒から聞いたことなのか、それとも昔から伝えられてきたことなのか。どちらにせよなにかの力を持っているであろうことは知っているようだ。

 しかし八朔にそんな力はない。

「生憎、神は忙しい身のようで、自分へ与える前に帰られてしまいまして」

「そのようなことがあるのか? うむむ」

 八朔は自ら断ったのだが、あちらに確かめる術はない。まさか神を呼びつけて訊ねるわけにもいかないだろう。



「了解した。理由や経緯がどうであれ、神によって招かれたのだ。無下にはしない」

 八朔は少し大きめな息を吐く。どうやら悪い方向への考えは杞憂だったようだ。遠慮なくずけずけと注文できるわけではないが、生きていくうえで最低限の保証さえしてもらえれば御の字だ。


「で、お主はそれなりに歳を重ねているが、学生というわけではないのであろう? 元の世界ではなにをしていた?」

「探偵で食ってやした」

「探偵……? どのような職だ?」

 どのようなと聞かれても困るのが探偵だ。


「……まあ、民間の諜報員って感じでしょうかねえ」

「民間の? 例えば?」

「浮気調査とか、人探しといったところを」

「なるほど、面白い」

 これで企業スパイや敵対貴族の弱みを握るということであったのならばやめろと言えるが、述べた例からすると民対民という間の調査といった感じのようだ。それならば大した問題はないし、民の不満解消の一助となるだろう。


「ではこうしよう。我、ギルティア・ナオンレスキューの名のもとに、お主の探偵業を認めよう。おい、あれを」

「で、ですが……」

「我の決定が不服か?」

 王子の言葉に難色を見せていた側近は、睨みをきかせられると慌てて奥へ行き、ひとつの勲章のようなものを持ってきた。


「これぁなんですかね」

「二式貴印と言う。これがあれば伯爵位以下のものに対して捜査できる」

「そりゃまた大層なものを」

 八朔は早速それを胸に着けてみる。

 とはいえ常に装着するほど八朔もアホではない。こういった権力は裏の人間から煙たがられる。上手く立ち回れば損することはないが、しくじれば利用されるか消される。

 今はとりあえず王子の手前、頂いたものをつけておくべきだと思ったといったところだろう。


「では早速仕事を頼もう」

 そう来る気はしていた。八朔は中折れ帽を目深に被り小さくため息をついた。

 過分な力を与えてきたのだ。ならばそれなりのことを注文してくる可能性は高い。それが将来的にでなく今すぐということに少々面を食らったが、もらった報酬分は働くつもりだ。

「なんなりと」

「うむ。妹を探して欲しいのだ」

「妹……」

 王子の妹なのだから、それは姫ということになる。姫の捜索とはいえ、大ごとではないのだろう。口調からは焦りや怒りは感じられず、どちらかと言えば呆れが受け取れる。

 この場合の大ごととは、他国や盗賊、魔物などにさらわれたといった感じだが、もしそうであったのならこんな呑気にしていられないはずだし、八朔なんぞに依頼せず自らの諜報員を使う。


「この町で遊び歩いていると?」

「ほお、話が早い」

「これでも探偵なんで」

 王子は腕を組み、八朔を眺める。


「探偵というのは随分と理解の早い職なのだな。気に入った」

 王子は満足そうに話を進めていった。


 姫の名はネイト・デストリビューター。好奇心旺盛な15歳。下々の生活に興味を持っており、隙あらば抜け出そうとしていた。

 とはいえ城の厳重な警備を巻けるわけもなく、最近は落ち着いてきたと思っていたところ、この地へ共に向かうと言い出し手薄なところから出て行ったとのこと。


「そのうちふらりと戻って来るのでは?」

「そうであればいいのだが、そもそもあまり長く待っておられん。勇者の出立を見送った後は我も戻らねばならんからな」

「もしかしてそのタイミングで戻る可能性も」

「むしろ逆だ。手の届かぬところへ早く行って欲しいと思っているだろう」

 期日を過ぎれば捜索を打ち切り、先に帰ってしまうだろう。そうなれば好き放題できるというわけだ。

「国の諜報員は?」

「我が国に勇者が現れ、各国の諜報員がじっとしているわけがないだろう。それらの対応に手一杯だ」

 勇者自体は国のものではないため、ある程度情報を調べられても問題はない。それどころか調べさせないということは勇者を囲うつもりではないかと疑われる可能性があるため、監視を緩める必要がある。

 だがそれに乗じて見られたくないものを探られてはたまらない。そういったところには今まで以上に監視をする必要がある。

 つまり八朔がここへ現れたのは渡りに船といった感じだ。期日は半月。報酬は金貨で支払うとのこと。




「さてお仕事すっかねえ」

 八朔は首をゴキゴキと鳴らしつつ城を出る。


 庶民に興味を持つお嬢様。そういった人物が貴族街にいるとは思えない。

 もちろん市民とはいえ富豪と呼ばれる商人などのところにもいない。どちらかと言えばエグい場所にいる可能性が高い。

 例えば八朔の行った裏の酒場やスラムなど、自分の生活と最もかけ離れた場所を好みそうな気がする。

 とはいえいきなりそんな裏へ向かうほど愚かではないだろう。ならば表でありながら、紙一重で裏に転じそうなものを選ぶ。



「まあ、よくありそうな話だわな」

 八朔が訪れた先に、恐らく姫らしき人物を発見した。そこは教会に併設された孤児院だ。

 服は庶民的だし髪も整っていないのにすぐわかったのは、周囲の人間と比べて仕草や空気に品がありすぎる。これではここにいますと言っているようなものだ。


「失礼、ネイト姫ですね」

「えっ!? な、何故私のことを!? あなたは何者なんですか!?」

 突然声を掛けられ驚くネイト姫。服や髪形を変えただけで変装できたとでも思っていたのだろうか。

 これまたよくある世間知らずだなと苦笑したくなるのを八朔は堪え、貴族的な礼をする。

「殿下がお待ちなんでね、長く引かないでもらえりゃあ助かります」

「兄の差し金ですか。……よくここがわかりましたね」

「これでも探偵なんで」

「探偵?」

 毎回説明せねばならないのかと八朔は中折れ帽を目深に被る。



「民間の諜報員? そのようなものを許してしまっていいのでしょうか」

「基本的に民間相手の仕事なんでね。町人の浮気調査や人探しなんて国の諜報員がやらんでしょ」

 なるほどと姫は手を叩く。ようするに正規の諜報員がやらないような民事の小さな出来ごとを調べるのだと認識したようだ。


「それでどうするのかしら? 私を城まで引っ張ります?」

「まさか。レディに向かってそんな無粋な真似するわきゃないでしょう。オレぁあなたを探して欲しいと依頼され、見つけた。これで終わりでさあ」

「へっ?」

 ネイト姫は呆気にとられた顔をした。


「い、いいのですかそれで」

「義務は果たしたんでね。あとは力尽くで連れて行こうとして、そこのおっかないガキンチョどもの恨みを買いたくねえってのもあらあな」

 ネイト姫が振り返ると、そこにはたくさんの石を持ち八朔を睨みつける子供たちがいた。


「そんなわけでガキンチョども。石を捨てろよ」

「だっ、騙されねーぞ!」

 子供は足を強く前へ踏み出し、石を投げるフェイントをして威嚇する。だが八朔はそんなものにいちいち反応しない。


 八朔は真っすぐ歩き、しゃがんで子供と目線を合わせる。中折れ帽から覗く目は力強く、子供は怯んでしまう。

「いいかガキンチョ。おめえさんの行動がこの孤児院の教えだ。ここでは他人に石をぶつけていいって教えているってことになんだよ」

「ばっ、バカじゃねえの!? そんなん教えるわけねーだろ!」

「じゃあなんでやるんだ?」

「そ、それは……お、俺が勝手にやってるだけだ!」

 八朔は大きくため息をつき、再び子供を睨みつける。子供は震え、逃げ出したい気持ちをぐっとこらえ睨み返す。


「孤児院は関係なく自分でやったってのは通用しねえ。だってよ、そういう勝手を許しちまうような育て方してるって宣伝してるようなもんなんだぞ。おめえの行動全てがこの孤児院に跳ね返ってくる。そこんとこ理解しとけ」

「ううぅ」

 少年は涙を浮かべ、顔を歪める。これであと少しでもきっかけがあったら号泣してしまうだろう。

「あの、子供相手にそういうことは……」

「あんな姫様。ガキっつーのは知らなかったで済ませられる便利な免罪符じゃねえの。特にこういう場はすぐ悪評がつく。だからそういうことを大人が教えてやんねえといけねえのよ」

 子供がすることだからとなんでも許してもらえるわけではない。そして自分が勝手にやったと言っても世間は全体を悪く見る。姫は言い返す言葉が見つからず、八朔の言い分を受け入れた。


「それでどうするんですか?」

「どうもこうも、報告だけぁさせてもらうさ。その後のことはオレの管轄じゃねえんでな」

「……その間に逃げるかもしれませんよ?」

「だからそれも知ったこっちゃねえの。まあ、姫様がオレに迷惑をかけたいってんならそうするのもアリだろうよ」

「く……」

 自分のわがままでたくさんの人に迷惑をかける。城の人間だけならまだしも、八朔は完全に城とは無関係の人間だ。

 もしこれで八朔がいない間に逃げたとしたら、やって来た兵などが八朔を嘘つき呼ばわりし、最悪国家反逆罪として死刑にするかもしれない。そんなことが姫の頭の中を過った。


「わかりました。戻ります」

「エスコートくらいはサービスさせてもらいますよ」

 少ししてから元のドレスを纏った姫が建物から出て来、八朔に付き添われ城へ向かった。




「……早いな」

「探偵なもんで」

 早くとも数日かかると思っていたのに数時間で解決させてしまったのだ。王子は若干唖然としている。


「ま、まあいい。ネイト、我々は遊びに来ているのではないぞ」

「ですがお兄様──」

「あー、ちいと待ってもらえないですかね」

 八朔がふたりの会話に割り込んでくる。これはかなりの不敬だ。王子は顔をしかめる。

「なんだ?」

「オレぁ兄妹喧嘩を聞く仕事まで受けてないんで、帰ってからにしてもらえませんかねえ」

 その言葉に王子と姫は呆気にとられた顔で八朔を見る。そして急に王子が笑い出した。


「はっはっは! なるほどなるほど、これは悪いことをした。自分に関係のない喧嘩を横で聞かされるほど迷惑なことはないな。もう帰っていいぞ」

「ではこれにて」

 八朔は帽子を取り、一礼すると下がって行った。




「おう便利屋。今日はどこ散歩してたんだ?」

「仕事だよ仕事。サンチョさんこそ……って試験だっけか?」

「そうだ! いやあなかなかてこずったが、なんとか合格したぞ!」

「ふうん。じゃあこれで食いっぱぐれねえわけだ」

 杉所は仕事が決まった。安くとも毎月決まった金が入るのはいいことだ。


「それでお前はどうするつもりなんだ?」

「だぁら探偵だって」

「ふぅん。金がないからって泣きつくなよ!」

 へえへえとやる気のない返事をする八朔。まさか彼が数か月遊んで暮らせるだけの金を持っているだなんて杉所は知らないであろう。

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