第4話 探偵は勇者を脅す
八朔が高校生と思われる少年少女たちの集団と距離を置いて歩いていると、横道から10歳くらいの少女が飛び出してきた。
「おっとごめんよ!」
ぶつかった少女は威勢のいい言葉とともに走り抜け──ようとし、八朔に手を掴まれた。
「そこに財布はねえぜ」
「くそっ、離せ!」
服装が異なるということは、当然金を入れる場所も異なる。そのうえ八朔はいつも服のあちこちに金を入れているのだ。盗られるはずがない。
そして八朔は少し少女を観察する。髪は乱雑に切られ、着ているのはぱっと見だと服だが、よく見るとぼろ布を巻いているだけだ。靴は履いておらず裸足である。恐らくはスラムで暮らしているのだろうと推測できる。
「た、助けてーっ! この男がーっ」
少女は叫ぶが、それを聞いても八朔は慌てたりしない。
「そういう手口は相手選んでやんな」
「……ちっ」
躊躇なくぶつかり金のありそうなところへ手を突っ込むのは、相当手馴れている。つまり常習犯だ。周囲の人間だってまたあいつかくらいに思っているだろう。皆無視するか顔をしかめている。
ここで叫ぶのは相手がよそ者だという前提で、叫ばれたら自分が悪く思われ不利になると感じさせるためだ。その隙をついて逃げるつもりだったのだろう。そこまで理解されている相手にこの手は通用しない。
「おいお前! その手を離せ!」
「あん?」
叫び声の方を見ると、学制服を着た少年がふたりそこにいた。
(おおっとめんどくさそうなのが来たぞ)
八朔は少女の手を掴んでないほうの手で帽子を目深にかぶる。八朔を悪だと決めつけているような憎悪の目。見ればわかるほど人の話は聞かない類の正義漢だ。
こういった手合いは話し合いに応じないし、正確な情報を与えるのには時間と労力が伴う。
「その子を離せ!」
「ほらよ」
八朔が手を離すと、少女はべーっと舌を出し走り去って行った。
「そんでどうすんのよ」
「わかりきってることを! 悪には正義の鉄槌を!」
少年たちは顔前に半透明の画面を表示させ、指を滑らせていく。
「ぶごぉっ」
その間に八朔は間合いを詰め、少年の顔面にヤクザキックを決め吹っ飛ばす。
「て、てめえよぐぼっ」
もうひとりの少年にもヤクザキックをかまし、スワイプを中断させる。そしてジャケットの裾からタイラップを取り出すと、ダウンしている少年たちの手を後ろで縛った。
「さて、じゃあサンチョさんでも呼んでくるかねえ」
八朔は気を失った少年たちを物陰に隠し、帽子を頭に乗せ直すと面倒そうな足取りで来た道を戻った。
「……く……なっ、なんで俺、縛られてんだ!?」
「おっと目が覚めたか」
両手を拘束された少年たちは、頭を振って意識を正そうとしたが、八朔の顔を見て怒りの形相へと変わる。
「てめえはさっきの! ふざけやがって!」
「ああでもしねえと黙らんでしょきみら」
八朔は電子タバコの水蒸気を吐き出しながら、横目で少年たちを見下ろす。水の入ったやかんを置いたら沸騰しそうだなと心の中で思いつつ。
「くそ! 離せ! この犯罪者め!」
「まあそう言うなって。ほれ」
そう言って割り入った杉所は、しゃがんで少年たちの眼前で警察手帳を開く。それを見た途端、少年たちの顔は焦りの表情へと変わる。
「け、警察!?」
「そういうこった。まあさっきのあれは事故みたいなもんだ」
「事故で蹴られてたまるか!」
「でもやらなかったらもっと酷いことしてたでしょきみら」
「……くっ」
半透明の画面に攻撃魔法という文字があったのを八朔は知っていた。あのままではロクに威力を知らぬまま、一撃でオーバーキルになるような魔法を使われていたかもしれない。
「で、きみらのせいでスリの常習犯逃がしちゃったわけ。わかる? 共犯になんのよ」
「えっ!? さ、さっきの子が!?」
「そゆこと」
顔を青褪めさせた少年たちは互いの顔を見、そして八朔へと顔を戻した。
「そんなばかな。まだ小学生くらいの子だぞ!」
「あのな坊主。日本でしか生活したことないとわからないだろうが、そのくらいの歳で窃盗やスリをしているのが当たり前って国なんていくらでもあるんだぞ!」
杉所は何度か海外の物騒な場所へ視察をしたことがある。そのとき見たのは、10歳くらいの子供が様々な犯罪をしていた光景だ。
スリなんてかわいいもので、強盗や空き巣は当たり前。銃を持っている子供までいた。
「そ、それで俺たちどうなるんだ?」
「どうもこうもねえよ。話は終わったんだ。解いてやるからとっとと帰れ」
八朔は犬でも追い払うかのように手を振る。
「で、でも逮捕……」
「ここは日本じゃないんだ。つまり、俺の管轄外ってことだ!」
「騙したな!」
「そうでもしなきゃまともに話聞いてくれなかったでしょきみら」
「うっ」
頭に血を昇らせた相手と会話するための方便のようなものだ。文句を言われる筋合いはない。
「まあそんなカッカすんなって。きみら頑張ってくれないとオレらも帰れないんだから、正義はあっちへ向けてくれよ」
「ど、どういうことだ?」
八朔は少年たちに軽く説明した。彼らが転移されたバスの近くを走っていた車に乗っていたせいで、巻き込まれたこと。そして恐らく、対向車であったため着いたとき離れてしまったのだということ。その後現れた神によって、少年たちが神殺しを倒さねば自分たちも帰れないと説明されたこと。
少年たちはその話に偽りがなさそうだと感じたのか、まるで自分たちが悪いとでも思っているのか頭を下げた。
ただ己の正義を貫きたいだけなのではなく、根はいい連中なんだろう。ただあまりにも向こう見ずなだけで。
あまりここで引き留めると心配して誰かが探しに戻るかもしれないため、自分たちのことをあまり大っぴらにしないよう軽く言いふたりを返した。
「さあてどうすっかな」
「どうってなにがだよ」
「一応口止めしといたけどよ、さっきのガキンチョどもが他の奴らに合流すりゃあオレらんこと話すだろ。するてえとどうなんだろうな」
「どう……だろうな。城のお偉方と会うみたいな感じだったし、上手く紛れれば匿ってもらえるかもしれないぞ!」
「それぁ難しいだろ」
「なんでだ?」
「オレらぁあいつらとなーんも接点がねえんだからさ」
あれだけの人数全員が戦いに行くとは思えない。戦闘に不向きな人間もいるだろう。そのとき、戦いに行くものだけ優遇し、行かないものを冷遇するのを行く側が許すとは思えない。それはクラスメイトであり、仲間だからだ。
しかし八朔たちは全くの知らない人。どうなろうと特に知ったことではない。
運が悪かったねで終わり。町でカラスに襲われたとして、誰も補償してくれないのだ。それどころかおこぼれに与ろうとする卑しい連中と思われ、処罰される可能性がないとは言いきれない。
「つまりな」
「なんだよ」
「城の人間と絡むのはハイリスクハイリターン。だが関わらなければ危険も戻りもない。そういう選択肢だろ」
「なるほど」
「で、オレぁ仕事以外でハイリスクを負いたかねえの。つまり関わらねえってことだ」
「じゃあ俺が関わろうとした場合は?」
「そんときゃオレとおめえさんの縁が切れるときっつうこったな」
「そこまで嫌かよ」
「そこまでっつうほどの仲でもないでしょサンチョさんとは」
「まあ……だけど昨日今日の付き合いでもないだろ」
「そういやかれこれ……あー……忘れた」
「忘れんなよ! 7年だ7年!」
「よくそんなどうでもいいこと覚えてられるな」
「覚えたいことの切り分けができるお前が羨ましいぜ!」
杉所が盛大なため息を吐く。
とにかくこれで大ごとになるのは防げ、ふたりは宿へ戻ることにした。
「さて、ちいと出かけてくるかね」
食事を終え夜も更けたころ、八朔は立ち上がるとドアの方へ向かう。
「どこ行くんだ?」
「裏の酒場にな」
「酒だったらここでだって……お前、まさか」
「そのまさかだ。まあ美味い酒は飲めねえだろうけどな」
八朔は杉所を見ることなく手を振りながら扉を開け出て行った。
裏の酒場は通りの裏にあるというのではなく、非合法な連中が集まる場所で、スラムなどにある酒場だ。
八朔は少し歩き回り、そのなかでスラムにあっても小奇麗な一軒に目をつけ、扉を開ける。
ジロリ。
様々な視線を八朔は受ける。見かけたことのない異様な出で立ちは興味をそそるのに充分である。
八朔は気にしていない風につかつかと中へ入り、カウンターへ腰掛ける。
「酒をくれ。安いのでいい」
「……帰んな」
カウンターの向こうに立つ、バーテンダー風の初老の男は帰れと促す。だが八朔はカウンターに肘を乗せ、少し乗り出す感じで話し出す。
「そう連れないこと言いんなさんなって。オレぁここで商売するつもりなんだが、誰に話通せばいいのか知りてえだけなんだ」
バーテンダーは事情を知り、そういうことならと奥にある席へ目を向ける。八朔は中折れ帽に手をかけ、バーテンダーに軽く会釈をするとそちらへ向かう。
「話は聞こえたぜ。まず挨拶たぁいい心がけじゃねーか」
眼帯をした、背は然程高くないが太く強そうな腕をした男がふんぞり返ったまま、ニヤついた顔で八朔を見ている。
「町ってのは表と裏があって初めて成り立つってね。どちらとも仲良くしといて悪いこたあないでしょ」
「フン、コウモリ野郎か」
「そういうのが必要な仕事ってのもあるのよね」
ふんぞり返っていた男は、八朔をジロジロと眺める。
「で、てめぇはなんの商売をするつもりだ?」
「探偵を」
「たん……なんだそりゃ」
「浮気調査やら人探し、なんでもござれの商売だ」
「諜報員みたいなことをするって? そりゃ確かに俺らと話すんのが筋だわな。んでいくら出すんだ?」
「収支次第で」
「まあそんなわけわかんねえモンに金払う奴がいるかわからねぇからな。いいぜ、次第によっちゃ俺が金を払ってやる」
「そりゃどうも」
裏だろうと表だろうと、仕切るのであれば情報を多く正確に知っているほうがいい。自分の手駒を使って集めるのもいいが、いつでも切り捨てられる外部の情報屋はあって困るものではない。
「でよ、ここへ来たつーことは、なんか土産あって来てんだろ?」
「では王族がこの町へ来ている理由など」
「なこた知ってんだよ。これでも裏の顔役だ」
「で、今日連れてこられたガキどもは、日本という国から召喚されててな」
「お……詳しく聞かせてもらおうか」
興味を持ったらしい。八朔は話を進める。
これは裏どころか表でも把握していない情報だ。そして八朔は日本人の大まかな特徴なども交え、どう扱うのがいいかを考えさせる形で伝える。
「──なるほどな。よく調べてあんじゃねーか」
「それも仕事なんでね」
「OK。おめーがなにをするか大体わかった。んじゃあのガキどもに多少は恩を売っときゃいいことあるかもな。オラ、情報料だ」
男は銀貨を数枚、投げよこした。宿を使っても2週間は生活できる額だ。
「こりゃまたいい金額を」
「俺の立場になるとな、せこい真似できねーんだよ」
金払いを渋ると反感を買う。それがひとりふたりならいいが、大勢になったら逆らう集団ができる。この男はそういったことをよく知っているのだ。
「まあその代わり、クソみたいな情報にゃ金額は付けねーから覚悟しとけ」
「了解。またそのうち頼まあ」
八朔はそう言い残し、酒場を出る。そして足早に移動し、物陰に隠れる。
すると酒場から数人出て来、キョロキョロ見渡す。
「クソ、あの野郎どこ行きやがった!」
小声で文句を言う男たち。
(だろうな)
八朔は心の中で呟いた。
彼らがなにかをしてくることはないだろうが、後をつけられるのは確実だ。いずれ寝床はバレるだろうが、今日くらいゆっくり寝させてもらいたいと八朔は煙に巻く。
「なんでえ。まだ起きてたのかよ」
宿に戻った八朔は、未だ食堂にいる杉所を見つけ声をかけた。
「いやまあ、なんか面白い話あるのかなと」
「オレが心配だったんならそう言やあいいのによ」
「別に心配なんかしてないからな!」
忍び笑いをする八朔に、杉所は顔を赤くして怒鳴る。
「んでゾクのあんちゃんはどうしたよ」
「ああ。なんか突然ボーケンシャになるって言い出してさっさと寝たぞ」
「ふうん」
訊ねておいて興味なさそうな返事をする。先日助けた少年たちと同じことをすることはわかった。
「まぁ、一応根性あるし木刀もあるから問題ねえか。んでおめえさんはどうすんのよ」
「俺は……一応町の守衛に志願してみようかと」
「まぁた警察かよ。おたくも好きねぇ」
「仕方ないだろ、性分だ! お前だってまた探偵だろ!」
「ちげぇねえ」
八朔は再び忍び笑いをする。
「ま、この歳までやってきたことだからな。今更変えるのもどうかってものだ」
「ゾクのあんちゃんはまだ若いしな。てかバイクがねえから続けられねえだけかもしれねえが」
「馬があるだろ」
「それじゃ暴れん坊将軍じゃねえか」
その姿を想像し、ふたりは腹を抱え、爆笑するのをひたすら堪える。
「でもま、一応は真っ当な職なんだろ? だったら放っておいていいんじゃねえかな」
「そうだな。だけど気を付けろよ。なにせあいつは凶悪犯だ」
杉所の言葉に、八朔は真面目な顔を向け言葉を発する。
「その話なんだけどサンチョさんよ」
「ああわかってる。みなまで言うな」
真犯人は別にいる。それがふたりの見解だ。
今までいくらでも隙はあったのだから杉所を殺すことができた。なのにそういったことを一切しない。それどころかどちらかと言えば気のいい兄ちゃんである。
とはいえ杉所は上からの命令に従わねばならない。逮捕状が出ている以上、捕まえるのが仕事だ。
八朔も警察は当てにできないという家族から依頼され、波町を追っていた。彼は同じ手口で殺されたと言われる3人のうち、2か所で殺害の前後に目撃されていたのだ。
「犯人じゃないと言い切れるんだったら捕まればいいのによ」
「そりゃあれだサンチョさん。原因がなんであれ、後ろめたいことをしてりゃ警察が来たら逃げるもんなのよ」
もし殺人の疑いが晴れたとしても公務執行妨害に加え、道交法ではノーヘルとスピード違反、危険走行などが加わる。
だが今はそんなことどうでもよく、ふたりは明日のため部屋へと戻った。
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