第3話 探偵は町を歩く

「おい、あれが町かよ!」

 山を進んでいる途中、木々の隙間から見えた光景に杉所が叫ぶ。薄暗く遠くまでは見えないが、そこにあったのは今まで見たこともないものだった。

「壁っつうからブロック塀みたいなもんかと思ってたが、こりゃあ要塞だな」

 八朔も少し驚いたような言葉を吐く。高さは10メートルほどだろうか。厚みもありそうで、それが数キロもぐるりと囲っている。初めて見ると圧倒されるだろう。

「スゲーな。まるでカンゴクみてーだ」

「なんだゾクのあんちゃん、入ってたのか?」

「ち、ちげーからな! 網走でカンコーしたんだよ! おれは少年鑑別所カンカンまでだ!」

 波町は顔を真っ赤にして反論する。もちろん八朔の冗談だ。今時日本に監獄はなく、入るとしたら少年院か刑務所だ。

「だけど目的地が見えると足が軽く感じるよな!」

「んだな」

 3人と少年たちの速度は心なし上がったように感じられた。




「おっ、お前らやっと帰って……ってユーニェどうしたんだ!?」

 完全に日が落ち、真っ暗のなか松明で照らされた門の前で見張りをしていた男が帰って来た少年たちを見て話しかけ、ぐったりと背負われている少女を見て駆け寄って来た。

「ちょっとオークに襲われて……」

「オークだと!? バカヤロウ! 奥に行き過ぎだ! お前らがどうにかできる相手じゃないだろ!」

「ごめんなさい……」

「無事とは言い切れないが、生きて帰って来れたんだからいい。もう行くなよ」

 親しい間柄なのがわかる会話だ。少年たちはしきりに頭を下げている。


「それで、この人たちに助けてもらったんです」

 突然話が八朔たちのことへ振られる。門番の男はようやくこの色とりどりの男たちに気付いたようだ。

「この見るからに……見るからに……なんだ? 見たこともないような恰好だ。他国の人間か?」

「まあ、ちいと訳ありでな。つっても追われてるとかじゃねえよ」

 門番の男は八朔たちの上から下までをじっくり見る。すると波町が突っかかろうとしたため杉所が小突いて止める。


「メトルたちを助けてくれたことには礼を言おう。だが今、町は少々厄介なことになってるせいでな。入町はできるが検査が必要だ」

「ふうん。厄介なことねぇ」

「ああ。首都から王族が来ているんだ。なんでも少し前に現れた世界の天敵ワールドブレイカーを倒す救世主がこの辺りに現れるとかいう話らしくてな」

「なるほどねえ……」

 世界の天敵ワールドブレイカーとは神殺しのことだろう。

 八朔には、救世主とやらが恐らく対向車線を走っていたバスに乗っていた、見たこともない連中の誰かなのだろうと察しがついた。

 (ま、オレらにゃ関係ねえわな)

 そいつらがどんな利用のされ方をするのか、特にこれといった興味も湧かず聞き流す。

 一通り現状の説明が終わったところで、今度は通常業務へと戻る。


「じゃあまず武器だ。オークを倒したという話だから当然持っているんだろ?」

「いや特に持っちゃあいねえのよ」

「おい、そんなこと言っていいのか!」

「つってもよぉ、おめえさんのエモノなんてどうせわかりっこねえんだしよ、ゾクのあんちゃんが持ってんのだって見た目ただの棒っきれだ」

 銃なんて見たことのないひとに見せたってなんだかわからぬものだし、波町の木刀は普通に木目があるただの棒だ。わざわざこれはこういうものだなんていう説明をする意味がない。


「おいメトル。本当なのか?」

「う、うん。あの変な帽子のおっさんはオークを蹴り殺したし、老けた人は魔法使ってた。そんで頭に黒パンを乗せた人はあの棒で殴ってたよ」

「おうコラだれがアタマにパンのせてるだぁ!?」

 波町が顔を変形させて威嚇するが、杉所が後頭部をどつく。危険な相手だと思われ町に入れなくなるのだけは勘弁してもらいたいからだ。


 とりあえず武器は所持していないということになり、あとは手荷物検査や町のルールなどの必要事項の説明などがある。


「じゃあ俺たちはユーニェを治療院に連れてって、あとギルドで換金してもらってきます」

「おー、オレたちゃ暫くここで足止め食らってっから急がなくてもいいぞ」

 少年たちはここでじっと待っている意味がないため、用を済ませに行く。その間3人は門番の話を聞いている。


 細かい話が終わるころ、丁度いいタイミングで賞金の受け取りを終えた少年が金を持って戻って来た。

 こうしてようやく町へ入ることができた。




「さて町に着いたことだし、今後のことを話し合わないとな!」

 安宿の受付横にある食堂で、杉所は冷えてないビールのジョッキを握りながらふたりを見る。


「まあ、まずは先立つものだよな」

 金がなければ飯も食えない。生きるためには働かねばならない。

「ああそうだ。だけど拠点とする町も重要だぞ! 仕事が多くて治安に問題のないところがいいな!」

「ハンっ、いいこちゃんだらけのマチなんてゾッとするぜ」

「お前の意見は聞いてねーんだよ犯罪者が!」

「だからおれはヤッてねえっつってんだろ!」

「うるせえ! 喧嘩ならよそでやれ!」

 突然他所から怒鳴られる。振り返ると、屈強そうな大男がジョッキをテーブルに叩きつけ、睨んでいた。


「お、おう。悪かった──」

「ンだテメー。やんのかオラ!」

 謝ろうとした杉所を上書きする形で、波町が歪めた顔で相手を睨みつける。

「おいバカ! やめろ!」

「うっせー! だーってろ!」

 止めようとする杉所に波町は噛みつくように叫ぶ。そこで八朔は杉所の肩をつつく。

「なんだよ!」

「そうカッカすんなって。やらせてやりゃいいじゃねえの」

「そういうわけにもいかないだろ!」

「向こうのおっさんもなかなか強そうだし、一回くらい痛い目見りゃ大人しくなんじゃねえのかなって」

 杉所は改めて相手を見る。確かにレスラーのようなガタイのいい男だ。しかし背は然程高くなくとも波町の筋肉はなかなかのものだ。


「だがもしあのガキが勝ったら?」

「そんときゃそんときだろ。別にオレらぁ仲間でもねえんだし、ほっときゃいいのよ」

 こんなところまで来てトラブルメーカーの面倒を見てやる必要はない。八朔はサイコロステーキのような肉の塊をひとつまみし、口に放り込みながら答える。


「よぉしオモテ出ろグラァ!」

 そう言いながら波町は壁の辺りへ手を伸ばし、手を握ったり開いたりしている。おかしいと思いそちらへ顔を向けると、確かに立て掛けてあったはずの木刀がない。

「おいおい、喧嘩にこんなもん使うこたあねえだろ」

 八朔は木刀を摘まむように持ち、ぷらぷらと揺らしていた。

「テメこのやろ! 返しやがれ!」

「別に盗ったわけじゃねえよ。ただ喧嘩に使うにゃちいと過ぎたモンだからな」

「……チッ」

 波町は舌打ちをし、先ほど怒鳴った男と共に店から出て行った。

 少しして、店の外から派手な殴り合いの音と叫び声が聞こえる。


「それでよなんでも屋」

「探偵だつってんだろ。どうしたよ」

「どっち勝つだろうな」

「……あんガキ意外と根性あんからなぁ」

「なんだガキに一票か?」

「そうとは言ってねえ」

「じゃあどっちが勝つと思うんだ?」

 八朔は電子タバコを取り出し、上を向いて大きく吸い込んでから水蒸気を一気に吐いて答えた。


「つええ方が勝つ」

「それじゃ賭けにならねーだろ!」

 この言い方だとどちらが勝っても外すことはない。ものは言いようである。


「なんだ、オレと賭けをしたかったのか」

「別にそういうわけじゃないけど!」

 杉所は顔を赤くして怒鳴る。そういった馴れ合いがしたいというわけではないのだが、言われてしまうと答えに困る。


「まあ賭けなんかいいじゃねえか。それよりも金だ」

「そうだな。一応俺が預かっているが、このままでいいのか?」

「いいわけねえわな。とりあえず3等分してくれ」

「あいつにも渡すのか? 犯罪者だぞ」

「だけど縛り付けているわけじゃねえ。渡さねえで暴れられるよか渡した方がまだマシっつうもんだろ」

「渡したうえに暴れられたら?」

「金がねえから暴れたっつう言い訳ができなくなる」

「……なるほどな。責任において俺らとは切り離せるってことか」

「そういうこった。もしあんガキが捕まったとき、一緒にバケモノ倒したのに自分だけ金がもらえなかったからだ、なんて言われたら確実にとばっちりを食らうからな」

 金があろうがなかろうが、暴れる人間は暴れるのだ。ならばこちらはきっちりとやるべきことをやり、関りを断ったほうが面倒に巻き込まれなくていい。


「便利屋……お前賢いな」

「探偵だっつってんだろ。オレぁこの身一本で食ってんだ。自分を守る術くらいあらぁな」

 杉所は感心した。大きな組織にいるとそういったことに疎くなる。もちろん他人を引き摺り落してでも上へ行こうという野心家であれば別だが、杉所は仲間との和を大切にする方だ。


 そんな会話をしていたら、先ほど出て行ったふたりは顔をボコボコにしながら肩を組み、笑い声を上げながら入って来た。

「おーおー、殴り合って友情目覚めたか。青春だねえ」

「あんなの昔のドラマかマンガだけだと思ってたけど実際にあるもんだな!」

 こちらのふたりは酒を飲み交わす波町らを興味深そうに見ていた。




 翌朝、八朔が部屋から出ると丁度杉所が階段を降りるところだった。軽く挨拶をして1階へ向かい、食堂を見ると額を押さえて仰け反ったように座る波町がいたため、同じテーブルに着く。

「さて今日から仕事を探さないとな!」

「るせーよおっさん。朝からオーゴエ出すな」

「お前は飲みすぎなんだよ! 数日以内に稼がないと文無しじゃないか!」

「……クソっ」

 波町はあの後、八朔らが宿の部屋へ行っても地元の男たちと飲んでいたようだ。二日酔いで痛む頭を押さえている。

 だがやることはやらねばならない。だるそうな体を持ち上げ杉所と共に外へ出ようとするが、八朔は出かけようとせず呑気にパンを食べている。

「おいなんでも屋。お前はどうするんだ?」

「あ? オレぁちょっとやることあんでね」

 杉所たちを追いやるように、手をひらひらとさせる。

 八朔の考えが読めない杉所は、一度振り返っただけで外へ出て行った。




「くそ! シゴトなんかねーじゃねーか!」

「仕方ないだろ! また明日だ、明日!」

 もうじき夕方という時間に喧嘩口調で大声を出し、杉所と波町が宿にある酒場兼食堂へ戻って来た。

 そして見渡すと、顔に中折れ帽を乗せ椅子から滑り落ちそうな姿勢でだらしなく寝ている八朔を見つけた。

「おい便利屋! 随分といいご身分じゃないか!」

 杉所はテーブルに置かれたジョッキの数と汚れた皿を見て呆れたように言った。

 八朔は帽子を持ち上げ杉所を横目で見た。

「お、サンチョさんじゃねえの。仕事見つかったんか?」

杉所さんじょだ! 仕事は……まあ、全然だった」

 がっかりしたように肩を落とす杉所。


「そっか。オレぁちいと面白いことを仕入れたぜ」

「面白い恰好をしていたお前だったらさっき見たんだけどな!」


 

 八朔は別に酔い潰れていたわけじゃない。ジョッキも皿もただ置いていただけだ。その証拠に彼からは一切アルコールの匂いがしない。


 王都から色々偉い人が来ているといっても、護衛はそういう人種と異なる。普通に町へ出て飲んだり食ったりしているものだ。

 そういった人々の口は大して固くない。そこらの人に内容をバラしたりはしないが、仲間内で愚痴ったりくらいはする。酔い潰れたアホが近くにいることなんて気にもしないで。


「つまり酔っ払いのふりをした盗み聞きか。趣味悪いな!」

「あんたらみたいに閉じ込めて脅しながら聞くよかマシじゃねえの? まあでも色々聞けたさ」

「ほお、どんなことだ?」

「あんたはわりい趣味に付き合う必要ねえと思うぜ」

 杉所では八朔に口で勝てるはずもなく、悔しそうな顔で向かいの席へ座る。


「全面的に俺が悪かった! 認める! だからなにがあるのか教えてくれ!」

 杉所はテーブルに手をつき頭を下げる。八朔は中折れ帽を頭に乗せ、正しく座り直した。


「大したことじゃねえさ。バスの連中が見つかったらしく、この町へ連れてくるって話だ」

「おお! じゃあ日本人だな!」

「だろうな。外国人観光客用のバスじゃなけりゃあ」



 そんな話をしていたところ、外が賑やかになってきた。八朔は中折れ帽を目深にかぶると窓の端からこっそりとその様子を眺めた。

 (ふうん)

 同一の制服を着た少年少女の集団が、兵士らしき男たちに率いられ歩いている。

 皆の前には半透明の画面が浮いて表示されており、それを指でスワイプするように滑らせている。文字は日本語のようだ。

 (攻撃魔法? なんか物騒なもんがあるじゃないの。他にも魔法いっぱいあんな)


「なにか見えたのか?」

「大したもんじゃねえ。ただ歩きスマホは感心しねえってな」

「それじゃよくわからないな。見せろ!」

 杉所が窓に近寄り外を見る。


「なんだガキばかりじゃないか! 制服を着てるから遠足とかか?」

「高校生くらいだろ。その歳で遠足はねえんじゃねえかね」

「だけどよ、あいつらがこの世界を救うって話だろ? 大丈夫なのかよ」

「さあな。オレぁ知んねえ」

「少しくらい考えろよ! あいつら如何で俺たちが帰れるかが決まるんだぞ!」

「だからってオレらが考えたところでなんも変わんねえよ」

「……まぁ、そうだけどよ」

 意味のないことはしたくない。それが八朔という男だ。


「さてと」

 集団が過ぎて行ったところで八朔は窓から離れ、出入り口へ向け歩き出した。

「あん? ついて行くのか?」

「ちいと探りにな」


 八朔は帽子を頭に押し付けつつ扉を開け出て行った。

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