第3話 ぼくは靴を脱がない
ぼくは屋上へと繋がる扉の前で立ち尽くしていた。数週間前にやはり夢は叶わないのだと知った場所。
この階段の踊り場でぼくは彼と出会った。
冷めた人生観を持っているくせに、どこか情に熱く情に弱いところがある。
一昔前の言葉を使えばツンデレと言うのかもしれないが、そういうのともまた違う。素直じゃないのは認めるが、様々な場面でそれを否定する材料が見つかった。
迷子の為に母親を探し、皆の為に幽霊騒動を解決に導いた。
それもまた、翠ちゃんの力なのだろう。
彼女の力は周りを巻き込み飛翔する。傍にいる人間を暗闇から引っ張り上げる。それこそ、彼女が世界を救う証拠なのだとぼくは思った。
けれどそんな彼女も、ぼくを救うことは出来なかった。
ぼくは前回どうにもできなかった鍵を悠々と解錠し、扉を開けて屋上へ出た。
どんよりとした灰色の曇り空の下で、ぼくは湿った風を受けた。死ぬには丁度いい天候だと思った。なんとなく、死ぬときは曇り空の下で死にたかったから。燦々と光る太陽の下で死ぬなんてあまりにも悲しいから。
ぼくはゆっくりと歩き出し、屋上の端にある三十センチほど隆起した縁の上に立った。
下を見て、地面を覗いて、ぼくはぞっとした。恐怖が心を支配した――けれど怖気づいたりはしなかった。身が竦んだり、やっぱりやめようなどと思ったりはしなかった。
恐怖を感じるのは予想していたから、とっくに準備は済ませていた。
今更、どうということはなかった。
ぼくは飛び降りるにあたって、思うことがあった。靴は脱いだ方がよいのか?という疑問だった。靴を残すことで、事故ではなく故意であることを示せるが、どうしよう?
そう考えたところで、ぼくは笑った。ぼくはもう既に、自殺をすると彼に宣言しているのだから、その心配は無用だろう。
自殺であるということは、遺書なんかなくても、彼が証言してくれるはずだ。それがなぜか嬉しかった。唯一の友達である彼が、そう言ってくることが喜ばしいことだと思った。
無神論者であるぼくは、死の世界に土足で踏み入ることへの抵抗もない。ならばやはり、靴は履いたまま飛び降りるとしよう。
だからぼくはひとまず安心して、目を瞑った。
そして、血で汚れる制服を想像しながら、ぼくは飛び降りた。
その瞬間は、自分が生きてきた理由が――意味が、この時のためにあったのだと思えた。
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