なぜ美瑠子は屋上へ向かうのか

第1話 ぼくは制服を着て登校する 

 ぼくは目を覚ますとカレンダーを眺めた。そして、今日がその日だということを確認して、クローゼットから制服を取り出した。


 一度も袖を通したことがない、親不孝者の象徴たる埃を被った制服は、今もなお新品の匂いを放っていた。


 一方学校指定のジャージは購入して一か月しか経っていないのに、プリントされた文字は擦れ、化学繊維はところどころ焦げたような穴が開いていた。


 ぼくはお世話になったジャージをベッドの上に置き、制服をハンガーから外した。そして初めて、ぼくは制服を着た。

 可愛らしいブレザーの上着と、紺色のプリーツスカートは見るだけで嫌悪感を抱いたが、それでもぼくは制服を着た。

 初めて着る衣類なので、着方が分からず困難を極めたが、ぼくは諦めることなく挑戦しついに着ることが出来た。

 鏡を見て、着崩れのない姿に一種の達成感を抱いたが、それ以上の違和感でそんなものは消し飛んでしまった。


 これはぼくが着るべきものではないと、思ってしまう。


 その違和感を、ぼくは飲み込むように押し殺し、部屋を出た。早朝のことだ。


 母も父も弟も、まだ起きていない静けさが溢れる家をゆっくりと歩み、ぼくは玄関を開けた。


 雪は流石に溶けているが、まだ肌寒さの残る早朝の空気に一瞬身を震わせながら、ぼくは足を進めた。目指すべきは勿論学校である。学制服を着た者が向かうのはいつだってそこだ。


 ぼくたちはいつだってそこで出会う。

 ぼくの異常性を指し示す者たちは、いつだってそこにいる。


 世間一般、健常者、平均的で平凡で、押し並べて普通の皆様方。

 有象無象の群衆達は、いつだってぼくを否定する。そしてぼくは、それを受け入れた。


 抱き締めて享受し、慈しむように撫で回し、心中すると心に誓った。

 だからぼくは、閉じそうになる瞼をこじ開けて、寒気のする道を行く。


 そうしてぼくは死んでいく。

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