第13話 目覚めにメロン

 俺は少しだけ考えてみた。幸福と不幸のラインはどこにあるのか。定義ではなく線引きはどこでされ、どこで終わっているのか。


 俺はどうやら世間的に見ると不幸な境遇にあるようだが、そう思ったことはない。嫌なことがあっても、安心できる場所があるというだけで俺にとっては幸せだった。

 だから、俺には到底分からない問題だと思ったとき、美瑠子が言った言葉を思い出した。


『もしかしたら本当に、音楽室には幽霊がいるのかもね』


 この世界がなんでもありならば、自分が思うことで、その考え方次第で幸福になれるのだろうと感じた。


 いや、そう単純でもないか。そう思えない状況にあるからこそ、不幸なのだから。


 結局俺はつくづく幸運な奴で、自分がどれだけ恵まれているのか気づいていない愚か者というのが、正しい認識だろう。

 

 その日も俺は病室に行き、母さんの顔を見ていた。

 スマホの黒い画面に映った自分の顔と見比べてみた。

「似てねえな……」

 案の定というか勿論、俺と母さんの顔は似ていなかった。


「似てるわよ」

 久々に聞く音だった。いつも聞いていたのに、なぜか忘れかけてしまっていた音だ。


 聞くだけで全ての不安を掻き消してくれるかのような音だった。


「よく似てる。目つき悪いところなんか特にね」

 母さんは朧げな意識の中で、そんなことを言った。なんだか可笑しくて、俺は笑ってしまった。


「あのさ母さん、実は母さんが寝てる間に父親が来たんだ」

「へえ」

「へえって……もうちょっと驚くかと……」

 母さんは目を閉じて、また眠りにつきそうなほど安らかな笑みを浮かべた。


「だって、あの人が何を言ったって、私は答えを決めているもの。なんの意味もないことよ」

 俺はどんな答えを決めているのか、聞くことはしなかった。


 どんな答えなのか、知っていたから。

 それがなにであるのか、俺は分かっているから。


「じゃあ、また寝るね。起きた時甘いものがあるとなおいいわ」

 そんな我儘を言って、母さんはまた眠った。俺はそんな我儘を叶えるために、翠にメールを打った。


 いつぞやのメロンを持ってきてもらうとしよう。今度はナイフを忘れないように注意書きを添えて。

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