第12話 決着と結末

 次の日の放課後、俺は翠のいる教室に出向いた。

 翠はクラスメイトと楽しく談笑しながら、帰る準備をしていた。そして教室のドア付近に立つ俺を見つけると、昨日と同じようにぎろりと睨んだ。その睨み顔に驚いた友人たちはそそくさと去って行き、一人取り残された翠のもとに俺は向かった。


「なんの用さ」

「お礼を言いに来たんだ」


 俺は即座に答えた。俺の心は既に決まっている。だから何を言うべきなのかもまた、決まっていたんだ。


「お前がいなかったら、俺は自分の気持ちさえ曖昧にしたまま、いつものように事態を眺めていただろう。そうなったら、俺が望まない結末になっていた可能性だってある」


 美瑠子が裏で糸を引いていようとも、結局は翠が言ったことが全てだった。

 俺は馬鹿で愚かだった。それが全部で、真実だろう。


「俺は自分の願いを叶えるよ」

「そっか」

 翠はにっこりと微笑むと、俺の頬をビンタした。

 

 なぜそんな仕打ちを受けているのか分からない俺は、ただただ戸惑いびっくり仰天目玉飛び出しといった感じになっていた。


「言ったでしょ、普通になったら引っ叩くって。やっといつも通りになったね、お帰り」


 こんなお帰りは嫌だったが、それでもまあいいとしよう。

 これからやることを考えれば、良い気つけになったと思えばいいのだから。


 俺は幼馴染からの不本意なエールを受け取ると、学校を出た。



 男は昨日と同じ喫茶店で待っていた。俺から電話をして、約束を取り付けたのだから当たり前だが、いてくれてほっとした。もしも今日会えなかったら、俺はまた曖昧な意思に惑わされる面倒な日々に逆戻りしていただろうから。


 そして、俺は男の目の前に座り、開口一番に宣言した。


「俺はあんたが気に食わない」


 いきなりそんなことを言ったものだから、男は面食らってしまい、言葉を失っていた。


「俺はあんたの名前さえ知らん。今まで憎いと思ったこともなければ、恨んだこともない。完全な無関心だ。俺はあんたに興味がない」


 思いがけずすらすらと言葉が出てきた。きっと、美瑠子が俺の本心をべらべらとなんの抵抗もなく言い続けたからだろう。


 あれだけ晒されてしまったら、何もしないというわけにはいかない。

 我儘に、気ままに、心のままに言うことぐらいしたっていいはずだ。


「そんなあんたが急に現れて、俺は面白くない。お前なんかに、俺の生活を変えて欲しくない」


 もしも子供の俺に、大それたことを言う権限があるのなら、母さんが倒れたのは俺の責任だ。


 一緒にいて、一緒に暮らしていて、俺は気づけなかった。でもだからこそ、俺はまた母さんの傍にいたいと思った。


 今度は決して、見逃さないように。

 今度は必ず、守れるように。俺はまた立ち上がりたいと思った。


 そしてその場所に、この男はいるべきではないと、俺は勝手に思った。つまり我儘を願った。勝手で、気ままで、直情的な言動だ。

 

 けれどその言葉を言い終えると、俺は晴れやかな気分になった。なるほど、あいつはいつもこんな気持ちなのか、どうりでいつも馬鹿やっているわけだ。


「母さんが望まない限り、俺があんたの提案を飲むことはない」


 そんな言葉を言い残して、俺は喫茶店を出た。

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