第10話 解説者と赤字
「いやはや、驚いたかな。そうなんだ。翠ちゃんがここに来たのはぼくの差し金だったわけだねえ。これには君もびっくり仰天目玉飛び出し、といった具合じゃないかな?」
美瑠子は早口でそう言った後、近くを通った店員さんにエスプレッソを頼んだ。
「いや、驚いちゃいねえよ。正直そろそろ分かって来たよ」
俺の周りで起こる不可解な運命の全ては、この美瑠子と呼ばれる少女が糸を引いている。美瑠子と呼ばれる少女の手口を、俺も流石に分かってきた。
どんなに不可能に見えても、不可解だと思われる事実が目の前にあった時、それは美瑠子の仕業だと思うことが出来る。多分今の俺は、目の前で人が空を飛んだとしても、それを美瑠子の仕業と真っ先に考えるだろう。
「さて、何を話したい?聞きたいことを聞くといいよ。疑問を全て解消しよう」
運ばれてきたエスプレッソを、そのままブラックで飲み始めると、俺を試すような目を向けた。
そして、美瑠子の質問を頭の中で復唱し、こいつが放映版のドラえもんであることを思い出した。
有能であり、万能の解説者。この世界が誰かが作ったお話なら、彼女に与えられた役目はそんなところだろう。
ならばと、俺は問う。
俺の本心を、真意を、何を願っているのかを。
「おそらく君は、気に食わないんだよ。全てがね」
そう言うと、美瑠子はカップに口を付け、苦いその味に舌鼓打つように目を閉じた。そして、澄んだ瞳を見開くと言葉を続けた。
「母親が倒れたことが気に食わない。突然父親が現れたことも気に食わない。その父親が、想像していたような屑ではなく、反省し改心した人間になっていることも気に食わない。その父親が、喉から手が出るほど欲しいお金を差し出してきたことも気に食わない。母親の為にと、自分の気持ちを押し殺さなければと考えてしまっていることも気に食わない。君は自分の思い通りにならないこの世界が――腹立たしいんだ」
さっきよりも、早口で、美瑠子は俺の本心をつらつらと述べた。
何が自分の本心かなんて、俺には分かりゃしない。そんなものが分かるほど、賢くはなれない。
どっかの幼馴染の影響を受けたんだろう。そんな風に生きやすい道を選ぶことなどできない。
「怒っているなら怒ればいい。感情は態度で示せばいい。君の思うままに、行動しろ。選択権は君にある。君の心が、君の我儘が――君を救うだろう」
解説者はそう説くと、エスプレッソをもう二杯飲んでから去って行った。
ブレンドコーヒー一杯三百八十円、イチゴパフェ一杯五百五十二円、エスプレッソ三杯千二百六十円、計二千百九十二円なり。
テーブルに置かれている金は野口英世のみ。完全に赤字だった。
俺の決意は、目の前の赤字に気を取られ見えなくなってしまった。
俺は溜息をついた。
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