第6話 かつ丼と胃もたれ
朝目が覚めた時、この世の全ての時間が止まってしまって、誰にも声をかけられなかったらどうしようと怖がったときがあった。確かドラえもんの映画を見た次の日のことだ。
でもそんな少し不思議な現象は起きず、朝は母さんが「おはよう」と言ってくれた。
どんな不安も、どんな恐怖も、母さんがなんとかしてくれた。
しかし、今はもう母さんはいない。この家には俺一人だ。朝目が覚めても、大丈夫だと教えてくれる人がいない。
目が覚めても、起き上がれる自信がなかった。
けれど俺の目は覚めた。ずっと寝続けることは出来ない。夢の中で、傷つくことなく生き続けることは出来ない。
だから俺は目を開けた。
「やっはろー」
目の前に、奇妙な挨拶をする翠がいた。俺は目ヤニを擦り取りながら「説明しろ」と問い詰めた。
「朝ごはんはかつ丼だよ」
「いや朝飯の説明じゃない。つーか朝から重いな……」
俺は頭を抱えながら床に足を下した。確かにキッチンからかつ丼の匂いが漂ってきていた。それだけで胃液がじゃじゃ漏れになりそうだ。
「どうやって入った?」
「今でも合い鍵はインターホンの中にあるんだね」
俺の家のインターホンは小さい時壊れてしまった。正確には翠が壊した。その時に外箱をテープで補強したが、一緒に合い鍵を中に入れ込んだ。だから、合い鍵を取り出すならテープを綺麗に剥がして外箱を外せばいい。正直スパイ映画に憧れてそこに隠していたが、こうも簡単にそれを行使されるとため息が出た。
「どうしてきた?」
「馬鹿なこと聞かないでよ。心配だから、応援したいから、助けたいから――それじゃダメ?」
翠は柔らかな笑みを浮かべ、どうしようもないくらい優しい言葉を言った。
そんな言葉が、表情が、心が――どこからくるのか分からなかった。
「とりあえず、ご飯食べよ」
多分、翠にとっては普通のことなんだ。腹が減ったらご飯を食べるように、困っている人がいたら手を差し伸べる。
だからまずは、腹が減ったからご飯を食べよう。
しかし、朝からかつ丼はやっぱりきつかった……。
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