第5話 新たな自殺志願者と絶対無敵な強敵
病院の入り口ではタクシーが一台待っていた。予約済みという電光板が表示されたその車の中から、美瑠子が暖簾をくぐるように出てきた。
「待っていたよ。遅かったな。タクシーがここまでお客のことを待ってくれるなんて知らなかったよ」
運転席を見ると、運転手のおじさんがむすっとした顔をしていた。どれだけ待たせたんだと心配になってきた。俺は急ぎ目に、そそくさと車に乗り込んだ。
車が発進すると、翠はすぐに眠ってしまった。口をあんぐりと開けて静かな寝息を立てている。なんとも間抜けだった。
「でも愛らしいと思っているんだろう?」
にやにやと、憎らしい笑みを浮かべながら美瑠子は言った。
「今はやめてくれ、見透かさないでくれ。今の俺は、普通じゃない」
「普通だよ。普通さ。ぼくが保証する。家族を想うのは普通のことだ」
美瑠子はきっと俺の顔を見て言ってくれた。けれど、俺は美瑠子の顔を見られなかった。
「彼女はね、君が電話に出ないから代わりに連絡を受け、必死に君を探し回ったそうだ。良い子だよ」
いつもの俺なら、誰目線なんだよとツッコミを入れるところだが、今はそんな気分じゃなかった。
「君はそんな良い子に信頼されている。だから自信を持っていい。君は良い人間だ」
俺はそんな言葉をかけられて、嬉しくなると同時にふざけるなと思った。だって――。
「そんな言葉を言ったところで、結局お前は――死ぬんだろ」
その時ばかりは美瑠子の顔を見た。何と答えるのか、知る必要があったから。
言葉のはずみで、この流れのまま否定してくれることを望んでいた。
「ああ、そうだ。ぼくは死ぬ」
窓の外を眺めながら、美瑠子は言った。
「どうしようもないのか?」
俺は足掻いた。撤回して欲しかった。生きると言って欲しかった。でも彼女は言った。確固たる意志を持って。
「どうしようもない。ぼくの内面を救うことはできない。たとえ、世界を救う女性でもね」
俺はきっと、弱っている今なら、同情して生きると言ってくれると思っていた。そんな甘い感情を抱いていた。弱っている自分を、母の病状を盾に、美瑠子に言いたくないことを言わせようとしていた。
俺は、より自分を嫌いになって――殺したくなってきた。
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