第4話 声と温もり

 暗い病室で、俺は母さんの寝顔を眺めていた。いや、そんな度胸はない。俺はただ母さんの傍にいるだけだ。周りのカーテンを閉め切って、ただずっと母さんと二人でいた。

 傍にいたって、なにも変わりはしないのに、俺にはそんなことしか出来ない。

 

 カーテンが揺れて誰かが現れた気配がした。でも、誰が来たのか確認する勇気がなかった。

「和くん、お疲れさま。きっと大丈夫だから、もう帰ろ?」

 優しく、温かい声だった。その声に、俺は思わず首を上げた。

「もう皆寝てるよ。和くんも帰った方がいいよ」


 翠は周りの患者さんを見ながら言うと、俺は目頭が熱くなった。この熱はなんだろうと思ったが、涙が出る前兆だと思い出した。そういえばここ数年泣いていたなかったから、そんな前兆のこと忘れてしまっていた。


「そうだよ。ここには母さん以外の人がいる。母さんはこんな状態なのに、個室には入れてもらえない。なぜか分かるか?」


 気がつくと俺は無意識に、責めるような口調になっていた。誰を責めているのかと聞かれれば、やはり自分自身だと答えるだろう。


「金がないからさ。女手一つで俺を育てているから、母さんは――今こんな場所にいる」

 勿論、集中治療室に入れられていないということは、母さんの病状がそれほどではないということを物語っている。だから、そこまで気にするようなことではないと分かっている。


 でも、そんな理論はどうだってよかった。目の前で母が倒れている。その母に俺は出来ることが何もない。

 良い病室に変えてやることさえ、俺にはできない。


 力なさを、不甲斐なさを、呪わずにはいられない。


 俺が再び項垂れていると、翠はそっと俺の手を握った。

「今は落ち込んでいるみたいだからやらないけど、普通の時に今みたいなことを言ったら、私は和くんを引っ叩く」


 翠は目に力を入れ、強い眼光を俺に向けていた。


「だって、おばさんが今の言葉を聞いたら悲しむもの。そんなことを言ってほしいわけないんだもの」


 そう言うと翠はにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、俺が普通になったら、引っ叩いてくれるか?」


 翠は俺の手をより強く握ると、


「私は世界を救うもの。朝飯前だよ」


 と言った。

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