第2話 どうしても叶えたい願いと願わなくても傍にいる友人

 気が付くと病院にいた。どうやって来たのか思い出せなかった。自転車の鍵は家の鍵と一緒に持っているし、体中から汗が噴き出しているから多分走って来たんだろう。


 息が上がっている。まず、ここは病院のどこなんだ?

 分からない、混乱している。とにかくナースステーションに行かなければ。


 俺はゾンビのような足取りで、なんとかナースステーションに向かった。受付で名前を話すと、まず親族の方には説明しなければいけないことがあると言われた。俺は汗だくのまま、待合室の長椅子に座り、ただ待っていた。

 いや、そんなお利口なことは今の俺には無理だ。本当はずっと考えていた。母さんが死んだら俺はどうなるんだろうと。


 生活のことじゃない。そんなことはどうでもいいんだ。もしも明日から服も、家も、食べ物も、最低限のものだけで過ごせば母さんが元気になるのなら、俺はそんなものいくらだってくれてやる。


 なにかの犠牲のもとで、なんでも願いが叶うならと、こんなに思ったことはない。

 今の俺ならなんだって捨てられるのに……。


 看護師さんの甲高い声で呼ばれた。どうやら何度も呼んだのに反応がないから焦っているらしい。俺は力なく立ち上がり、看護師さんの元へと歩いて行った。


「そんな足並みじゃ一生つかないぞ」

 突然声をかけられた。聞き覚えのある得意気な声だった。


「どうしてここにって顔をしているな。実は君が来るより先に来て、君が来るのを待っていた。知っているかい?徒歩よりタクシーの方が速いんだよ」

 なぜだろう。美瑠子の顔を見たら、途端に力が抜けてしまった。体の隅に残っていた最後の余力が、呼吸と共に抜けていき倒れそうになる。


「大丈夫、医者の小難しい説明も、ぼくが解説してやる。もしも、医者がふざけたことをぬかしたら、ぼくが君の母親を救う方法を探す。だからひとまず安心しろ」


 なぜこいつは、こんなにも自信満々に言うのだろうか。いや、本当は自信なんてないのかもしれない。なんの根拠もなければ、なんの裏付けもありゃしない。


 けれど美瑠子は、だけど彼女は、俺の為にない自信を必死に作り出している。

 そういうことにしてくれている。


「俺は泣き出すかもしれない」


 正直に、泣き言を言ってみた。何を隠しても美瑠子には無駄だから。


「知っているさ。だから翠ちゃんは置いてきたんだ。みっともないところを見られたくはないだろう?」


 隣を見ると友達がいた。それも凄腕で、怖いくらい有能な友達が。

 それを糧に俺は歩いた。

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