第5話 聴取②「合唱部」

 音楽室に近づくと綺麗な歌声が聞こえてきた。防音加工された音楽室から廊下に響いているとは、さすが合唱部だと思った。

 個人的には合唱には良い思いがない。中学生の頃三度体験したが、三度とも苦い思いをした。


 一年生の時は声変りが遅かったため、一人だけ女子に混ざって練習させられた。二年生の時はそもそも音痴だったため本番はほとんど口パクで誤魔化していた。最後の年はほとんどやる気をなくしていて、女子に怒られる始末だった。

 

 まだ練習中だったので、邪魔をしてしまうのは憚られ、音楽室の外で休憩が始まるのを待つことにした。俺も翠も制服が汚れることなど一切気にせず、廊下に座り込み壁に背中を預けた。


「そういえば、靴擦れはもう治ったのか?」

「うん、和くんの絆創膏のおかげだよ」

 ただのお徳用の安い絆創膏だったんだが、そう言われると悪い気はしなかった。


「そういえば、和くんは昔から音楽の成績が悪いよね」

 自覚済みのことだが、そう言われると悪い気しかしなかった。


「音痴だから仕方ないんだよ」

 苦し紛れの言い訳をしていると、音楽室から漏れていた歌が止まった。どうやら休憩に入ったようだ。


 翠が先陣を引き受け音楽室に入った。

 二重の引き戸を開き、普通の教室より少しだけ広い音楽室は合唱部員で埋め尽くされていた。しかも全員女子であり、俺の心は砕けそうな音を立て始めた。


 小さな子供のように、俺は翠の後ろに隠れた。


「翠じゃない、どうしたの?」

 部長と思しき上級生が快活な声でそう言った。こいつはどこまで顔が広いんだと驚いた。


「ちょっと聞きたいことがあって、真美ちゃんいます?」

 真美ちゃんとやらは長い髪を揺らしてすぐに出てきてくれた。

「幽霊を見たんだよね?ちょっとその時の話を聞きたいんだけど」

 真美ちゃんは少し悩んでいた。すると部長が「まだ休憩中だから行っといで」と爽やかな笑みで言った。


 お言葉に甘えて俺たちは真美ちゃんを連れて近くの空き教室に入った。

 

 適当な席に座り真美ちゃんの話を聞き始めた。

「最初は、皆勘違いだと思ったの」真美ちゃんは少しだけ不安気な顔になった。

「異変に気付いたのは三日前、部員の一人が音楽室の幽霊の話をした日だった。休憩中に突然電灯が消えたの。タイミングがタイミングだったから結構怖がっている子もいた。でも、そんなに気にはしてはいなかったよ――でもね」


 まるで怪談を語る某稲川淳二のように、雰囲気たっぷりに真美子ちゃんは言った。


「その日、一人倒れちゃったの。しかも原因不明で」

 隣に座る翠が「ひええ」と妙な叫び声を上げた。見ると、体が小刻みに震えていた。


「それで皆怖がるようになったの。だから次の日にね、部長が生徒会長に相談したんだ。どうにか部員の不安を解消できないかって。でも――」

「そうして、生徒会長が例の発言をした――」

 俺が相槌を打つように呟くと、真美ちゃんはこくこくと頷いた。


 そして、ちょうどその時空き教室の戸が開いた。突然開いた戸に驚いて、女子二人は「ひゃっ」と声を上げた。戸の近くには合唱部の部長が立っていた。

「あ、悪い。驚かせたか?」

 部長は手の平を縦にして顔の前に上げて謝った。真美ちゃんは顔を引きつらせなが

ら「だ、大丈夫です……」と大丈夫じゃなさそうに言った。


「そろそろ休憩も終わりだから呼びに来たんだが」

 真美ちゃんは慌てて立ち上がり「じゃあね」と言って去って行った。俺たちは急ぎ目にお礼を言って見送った。


「ちょっと怖くなってきたな……」

「じゃあなんで関わったんだよ」

 弱気な発言をした翠は、すぐににっこりと微笑んで言った。

「だって放って置けないんだもの……」


 俺はそんな言葉が聞けたことが、少しだけ嬉しくて「じゃあ、次行ってみるか」と提案してみた。


 翠は俺から言ってくれたのが嬉しかったらしく、とびっきりの笑顔で「うん」と返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る