第4話 聴取①「オカルト研究部」

 漫画やアニメ、小説によく出てくるが、実際には見たこともない部活がいくつかある。その中に「オカルト研究部」が上げられる。だから俺は、翠がオカルト研究部なるものがこの学校にあると言ったとき、少しだけわくわくした。

 しかしながら、俺は考慮していなかったのだ。顔の広い翠と共に、人を訪ねる気まずさを。


 オカルト部の部室は一階の最北端にあった。日当たりが悪く、一年中陰気臭い空気に包まれているであろうそこに、ただならぬ雰囲気をだだ漏れさせている部屋があった。


「ここだよ」

「ここか?」

「ここだってば」


 雰囲気以前に音がだだ漏れだった。謎の呪文が聞こえてきていた。

 全部聞いたら脳細胞が破壊されそうな、不気味な呪文だった。


 けれど翠はそんな俺の恐怖や戸惑いを無視してドアをノックした。中から女の子が出てきた。可愛らしい小柄の女の子だった。

 しかし、眠そうにとろんとさせている瞳と、右肩に乗っている黒猫が普通の女の子ではないと語っていた。あとさっきまで聞こえていた呪文とかも……。


「あ、ミヤちゃん。突然ごめんね」

 翠はミヤちゃんと言うらしい女の子と親しげに話しだした。幼馴染の隠された交友関係に驚きながら、俺は巻き込まれないように気配を消し始めた。


「あら翠ちゃん。今ちょうど恋のお呪いの儀式をしていたのよ。一緒にどう?」

 さっきの呪文が、女子女子とした可愛らしい類のものだったことに度肝を抜いた。だが多分意中の相手を洗脳して恋を成就させるのだろう。


「へえ、どんなお呪いなの?」

「好きな人と目が合いやすくなるの」

 嬉しそうにミヤちゃんとやらは言った。そして俺は、可愛らしい呪いの効果に唖然とした。


「あの……あなたは誰………?」

 顔を俯きがちにしながら、おどおどと怯えた様子でミヤちゃんは聞いてきた。肩に乗っている黒猫も、不機嫌そうな出で立ちで俺を見ていた。


「あ、この人はね私の幼馴染の和くん。ちょっと聞きたいことがあって来たんだ」

 ミヤちゃんは俺と視線を合わせない為にわざと左斜め下を見つめながら、残念な事実を知ってしまったかのように「そうなんだ……」と呟いた。


 俺は自分の場違い感に堪え切れず、そのまま振り返って逃げ出してしまいたい気持ちになった。けれど、俺が去った後この二人がどんな会話をするのか想像してしまい、実行には移せなかった。


 ミヤちゃんは少し戸惑いながら翠と俺を部室に入れた。部室にはもう一人生徒がいた。こちらもミヤちゃんと同じように俺と目を合わせようとしない、小柄の女の子だった。

 しかし、内心びくついていた俺にとって、部室の中が普通だったのは安心できた。

 中央に長机が置かれ、対面上にパイプ椅子が二つずつ置かれていた。ドアから見て正面に窓があったが、校舎の北側故に日差しはほとんど入ってきていなかった。そして両側の壁に大きな本棚があり、奇々怪々な本が所狭しと収められていた。


 当然のように翠と俺が並んで座り、翠の前にミヤちゃんが座って、もう一人の女の子が俺の前に座っていた。


「それでね、音楽室の幽霊について教えて欲しいの」

 翠が質問すると、ミヤちゃんは嬉しそうに笑った。

「翠ちゃんが興味を持つなんて珍しいね」

 俺の存在性を感じないまま会話は始まり、落ち着かないまま情報は得られた。


 幽霊は生前合唱部に属していて、大会前日に遭い死んでしまった。そしてその時の無念がなんやかんや――と言うものだった。なんともまあ、ありきたりな話だった。


「その話を誰かにしたか?」

 俺はそこで初めて口を開いた。正直この空気感の中で言葉を発するのは勇気がいることだったが、聴取を全て翠に任せるのは、この案件を諦めることに等しいものだ。

「えっと、合唱部の友達に話しました……」

 なるほど、それで合唱部に噂が広まったということか。しかし、そんなことよりミヤちゃんが俺を怖がっていることが何気にショックだった。


「和くんは案外無害だよ」翠はあっけらかんとした笑みを見せながら言った

「案外ってなんだ。普通に無害じゃい」

「でも、たまぁに目つき悪くなるんだよね」

「そうなの!?」

 だから友達が少ないのだろうか……。

「ふふっ」

 俺たちの間抜けな会話と、俺の間抜けな驚き顔でミヤちゃんは噴出した。俺は少しだけ安心した。


「部長、あれを見せては?」

 もう一人の部員が本棚を指差して提案した。雰囲気がよくなり、ようやく話すことが出来たという感じだった。


 ミヤちゃんはせっせと動き、どこか着物を着た女性のような上品な仕草で一冊の本を机に置いた。

 それはアルバムだった。この学校の卒業アルバム。とても古いもので、表紙は煤けてしまっているし、タイトルは擦れてもう読めなくなっていた。

 ミヤちゃんはその古びたアルバムをぱらぱらと捲り、巻頭付近にあるクラスずつで分けられた個人写真のページを開いた。

「ほら、この子よ」

 そして一人の女生徒を指差して言った。

 その子だけが、なんだか顔つきが幼かった。おそらく他の生徒の写真は三年生になってから撮ったもので、その子は一年生の時の写真しかなかったからだろう。

 

 そのあと少しだけ雑談し、俺と翠は部室を後にした。

 去り際に「良かったらまたどうぞ」とミヤちゃんが言ってくれたのは嬉しかった。肩に乗っていた猫もなんだか機嫌を直してくれたようにも見えた。


「良い人たちだったな」

 廊下を歩きながら、俺はそんな感想を漏らした。何を偉そうに言っているんだか、と心の中でセルフツッコミをした。

「でしょ。最近仲良くなったんだ。たくさん面白い話知ってるんだよ」

 嬉しそうに言う翠を見て、翠が迷惑をかけちゃいないかと心底不安になった。

 

 しかし、少しがっかりしたこともあった。俺の推理では注目を浴びたいが故に、わざとあんな噂を流したのだと思っていた。結果は自分の愚かさと性格の醜さを実感するものとなった。

 皮肉でもなんでもなく、良い人たちだった。そもそも注目を浴びたそうには見えなかった。

 だから俺の推理は白紙になり、嫌な聴取をまだ続けなければいけなくなった。


「じゃあ次は合唱部に行こっか」

 俺の心情を顧みず、翠は屈託のない笑みでそう言った。

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