第3話 実在性と観念性

 幽霊がいるのかいないのかという疑問に関して、俺は大昔に答えを出している。

 俺にとって幽霊はいてもいなくても、どうでもいい存在だ。

 どちらかと言えば俺は幽霊を信じていないけれど、悪魔の証明という中二病御用達の話を聞いたことがある俺は、確実にいないと言えない以上「いるかもね……」という感じで思っている。


 けれど、いたとしても、俺にはどうも幽霊というあやふやな存在が人に危害を加えられるとはどうしても思えない。

 日本なら貞子や加椰子のような幽霊の存在は、なんとなく信じることが出来ない。

 多分、あそこまで実体を感じるともはや幽霊というよりはモンスターであり、UMAとかのジャンルに思える。

 だから、俺にとって幽霊はいてもいなくても関係ない。いたとして、見えたとして、気にしなければどうということはないから。


 しかし、その理論は一般的ではない。信じている人は幽霊を恐れるし、信じていない人は全く気にも留めない。俺の考え方はどっちつかずの中途半端なものだ。

 故に、俺は今回の案件に関して、聴取することに気乗りしなかった。

 なにを説明されても、気の利いた言葉をかけられる自信がなかったのだ。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」

 放課後、俺は前を歩く翠の背中を見つめながら歩いていた。

「うーん、どうすればいいんだろうね」

 お前が分からなくて誰が分かるんだと呆れてしまった。


 俺はどこに連れていかれるのか分からないまま、無様にも不安を抱きながら、ここまでの経緯を整理していた。

 三日前から学校では音楽室に幽霊が出るという噂が流行っているらしい。その話を聞いたとき、その流行りを俺が知らなかったことと、俺に友達が少ないことは関係ないことを祈った。


 最初はなんて事のない噂だった。よくある学校七不思議の一つでしかなく、気にしている生徒などいなかった。しかし、最近になって一部のオカルトマニア達が騒ぎ出してから、下らない噂から恐怖の対象へと移行し始めた。

 放課後、部活動に勤しんでいた合唱部の生徒数人が、幽霊を目撃したと訴えた。噂は恐怖となり、恐怖は翠を動かした。


 幽霊騒動のせいで合唱部は活気を失い、来ない生徒もちらほら現れ、新入部員の中には辞めることを考えている人もいるとか。

 それを聞いたら、翠が動き出したことに俺は納得してしまった。そんなことがあって翠が動かないはずがない。


 世界を救うことを望む、ただひたすらに真っすぐな彼女が、放っておくわけがない。


「しかしよ、その話のどこにお前の言った「幽霊に恋をした人」が登場するんだ?」

「それはねえ、生徒会長さんなんだよ」

 昼休みに聞いた話の中で、生徒会長が登場したりはしなかった。だから俺はなんの関係があるのかと疑問に思い、首を傾げた。


「生徒会長って、あの背の高いかっちょいい人か?」

 入学式の時、壇上に上がった生徒会長のことを俺は珍しく覚えていた。そういうどうでもいいことはすぐに忘れる質だが、妙に格好よく凛とした雰囲気を持った女性だったので忘れていなかった。


「そうそう。それでね、正直皆最初は勘違いだって思ってたんだって。でもね生徒会長がこう言ったの。『音楽室には幽霊がいる。私はその幽霊が好きだ』――って」


 オカルトマニアの発言が、生徒会長の謎めいた主張により信憑性を得てしまったということか……。厄介なのは、生徒会長の言葉が信憑性がありながら少し不気味だという点だ。生徒会長のように凛々しく美しい女性が、幽霊に操られていると思えてしまう。


「とりあえず、オカルト研究部に行ってみよっか」


 翠の提案を聞きながら、俺はそんなものがこの学校にあったことを知らないのも、俺に友達が少ないこととは関係ないことを祈った――切実に……。

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