第2話 静かなカウントダウンと大きな笑い声

 格好よく宣言しておいてなんだが、結局俺は何もできなかった。自殺の方法も日程も分からず、ただ確実に死んでしまうということだけが分かっている。


 焦るばかりで、一向にいい案が浮かばない。

 そんな俺を、美瑠子は嘲笑うように一瞥した。


 余裕気な笑みを見せられて、俺は気づいた。美瑠子はすぐに死ぬつもりはないと言った。美瑠子にとっての『すぐ』が一体どれ程の期間なのか、正確には分からない。

 しかし、二、三日ということはないだろう。少なくとも一週間は猶予があると俺は考えた。なんとなく、そんなニュアンスを感じていた。


 勝手な考えかもしれないが、俺と美瑠子の親密度を信じて、美瑠子から受けたこの直感を信じてみてもいいと思った。

 案外人間は、言葉だけでなく、その時の雰囲気や言い方で多くのことを感じ取るものだ。俺の予想が大きく外れるということはないだろう。


 しかし、俺がそんな希望的観測のもと、問題を後回しにした理由は他にもあった。俺が美瑠子のことで頭を悩ませていると、来訪者が現れそれどころではなくなってしまった。


 来訪者とは勿論――翠のことだった。


「あのね、ちょっと助けて欲しいことがあるんだけど」

 昼休み、考え事と悩み事で頭が一杯になっていると、他の教室からやってきた翠がそんなことを言った。

「今はお前に構っている暇なんてないんだよ」

「ええ、お願いお願い助けてよお」


 翠は俺の腕を掴み、木にとまるカブトムシを欲しがるように揺らした。小学生のような振る舞いにうんざりしていると、美瑠子がゆっくりと近づいてきて「手伝ってあげればいいじゃないか」と言った。


「さすが美瑠子ちゃん、良いこと言うなあ」

 なにも知らない翠は嬉しそうに言った。


 美瑠子は俺をできるだけ離そうとしている。俺の意識を自分から外そうとしている。俺はそんな作戦に引っかかるわけにはいかなかった。

 翠には申し訳ないが、今はどうにか美瑠子にだけ集中していたかった。

 しかし、俺の決意は美瑠子の一言で簡単に崩れ去った。


「翠ちゃんの手伝いを果たしたら、ヒントをあげるよ」

 美瑠子は俺の耳元で小さくそう呟いた。


 この場で今朝の会話とは関係のないヒントを出すつもりはないだろう。つまり、翠のことを手伝えば、美瑠子を救う目標に一歩近づく。

 勿論、美瑠子が嘘をついている可能性もある。役に立たないヒントを与えてくる可能性もある。けれど、前述の通り美瑠子のことはよく知っている。


 そんな下らない嘘をついたりはしない。そんなつまらない詐欺を働くような奴じゃない。


「分かった。手伝うから揺らすな」

 そうして、俺はまたも美瑠子の手の平の上で踊らされることを選んだ。


「それで、なにを助けて欲しいんだ?」

「えっとね、とっても可笑しな話なんだけど……」

 翠は口ごもりながら不安気に言った。


「幽霊に恋をした人がいるの」


 翠がもたらしたその案件に、俺は溜息を漏らし、美瑠子は腹を抱えて笑った。

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