なぜ翠は世界を救いたいのか
第1話 終末予定少女と不相応な願い
美瑠子の声は、いつもと違って怯えていたとか、震えていたとか、そういった変わったところなどなく、ただ自然に――いつも通りの調子だった。
いつも通り、得意気で、どこか偉そうで、落ち着いた声だった。
だから俺は、どう反応していいのか分からなかった。俺は美瑠子との付き合いは長くないけれど、嘘か誠か、本心か道化か、それくらいの違いは分かっていた。そして、今の言葉は本心だと俺は感じていた。
目の前に、本気で死のうとしている奴がいる……。それだけで俺の体は強張り、動かなくなってしまった。
「どうしたんだい?そんなに驚く必要はないと思うよ。だって君には、出会ったときにもう話したじゃないか」
確かに、美瑠子は出会ったときそんなようなことを言っていた。けれど、その時はまだ美瑠子のことをよく知らなかった。だからあんな言葉はただの冗談だと思っていた。そんな特殊な人間が、俺の前に現れるなんて予想もしていなかったんだ。
「ぼくは冗談であんなことを言ったりはしないさ」
そうだ。今だから言えるし、思えることだが、あんな言葉を美瑠子は冗談で言ったりはしない。そんな下らない嘘をつくような人間ではない。
彼女は聡明で、明敏で、言っていい冗談の線引きをちゃんと心得ている。
今の俺だったなら、美瑠子が本気で死を目指していると、出会ったときに気づけていたのだろうけれど、出会ったときと今の俺は全く違う。
出会ってから今までの中で、美瑠子はそんな信頼を俺との間に築いている。
だからこそ、怖かった。目の前の少女の自殺願望が真実であると知っているからこそ、非日常的な現実を前に、平凡な俺はたじろいでしまった。
「そんなに怯えなくていいよ。何も今すぐ死ぬわけじゃない。死ぬ日にちはもう決まっているんだ。その日まで、ぼくは死なない――いや、死ねないんだ」
死を選ぶ理由も、死の日程を決めている理由も、俺には想像することも出来ない。
そもそも美瑠子がここまで赤裸々に話した理由は、日程を話さない限り俺には止められないと思っているからだろう。
だが、しかし――それで諦められるほど、俺は聡明じゃない。
無理だと知っていても、どんな言葉も説得力を持つ美瑠子の言葉でも、俺は――。
「悪いな。俺はとてもお前みたいに要領よく、頭よく生きることは出来ないから、最後まで足掻くぞ。お前は俺に借りが出来たと言ったが、そんなもん、俺だって同じだ」
あの日、出会ったときからそうなんだ。昨日みたいなことは何度もあった。何度も俺は美瑠子に助けられてきた。出会って二週間にも満たないけれど、俺は何度も助けられてきた。
「俺は必ず、お前を救う」
俺は不相応にも、そんなことを言った。
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