第12話 答えと問題提起

 俺はけたたましい音で目を覚ました。ベッドわきに置かれた目覚まし時計が、いつもより早い時間に俺を起こした。

 その時間のずれに、職務怠慢ではないかと憤怒しそうになったが、自分でいつもより早くセットしたことを思い出し、少し申し訳なく思いながら音を止めた。言われた通りに俺を起こしてくれたのに、怒られそうになった目覚まし時計を少し不憫に思いながら、俺は欠伸をした。


 そうして、いつもより少し早めに家を出て、まだ一人しか来ていない教室に入った。

 教室で一人、窓際の席で物思いに耽っている美瑠子の元へ、俺はゆっくりと近づいて行った。


「やあ、おはよう。生まれ変わった――は言いすぎか……。一皮むけた気分はどうだい?」

 美瑠子は今日もジャージ姿で、俺を試すような笑みを浮かべながらそう言った。


「そのことなんだがな、俺は自分が間違っていることに気づいたが、それでなにかが変わったりはしないみたいだ」

 昨日の出来事は、確かに衝撃的で驚きに満ちた出来事だったけれど、それで俺の人生がどうにかなったりはしない。


 そんなに単純にはいかない。


 人が誰かを好きになるのは、当たり前のことなんだ。俺は十数年かけて、普通ならもっと早く気づけたことに気づいて、やっとこさ常人になれただけなんだ。


 特別なにかが変わるわけじゃない。


「そうか。まあそうだろうね。君はただ隠していた気持ちに気づいただけだからね。それだけで自分を変えられるほど、人生は甘くはないだろうさ」

 妙に達観したような口ぶりで美瑠子は言った。俺はその言葉に共感し、考え方の一致に少しだけ嬉しくなったりした。


「それでも君は、ずっと隠れていたものを見つけ、踏み出せなかった一歩を踏み出した。それが全くの無意味だなんてことはないさ」

「そうかもな」

 俺は昨日のことを思い出し、少し口元を緩ませながら美瑠子の前の席に座った。


「それにね、別になにか特別な出来事があったからといって、無理に変わる必要はないんだよ。この前例えた少女漫画ならば、お互いを意識し始めた二人は急接近をしたりするんだけれど、そんなものはただのフィクションなんだ。君は君のまま、ゆっくりと進んでいけばいい」

 美瑠子は椅子の上で胡坐をかいて、得意気に語った。


「君はきっと、そうして幸せになるんだろうさ」

 美瑠子はまるで未来を見てきたのかのように、自信に満ちた顔でそう言った。あまりにも抽象的で、根拠がまるで分からないが、美瑠子の言葉には妙な説得力があるから俺は少しだけ信じてしまった。


「これでぼくも、肩の荷が下りたよ。ようやく君に借りが返せた」

「借りって?」

 俺はなんのことか分からず、首を傾げて質問した。


「君は入学式の日、ぼくに素晴らしいことを言ってくれた。そのお礼がずっとしたかった」

 俺は謙遜の意味を込めて、「そんな大したことはしていない」と言おうとした。


 けれど俺は、そんな謙遜をすることが出来なかった。

 


「これでようやく、ぼくは――死ぬことが出来る」



 そんな美瑠子の言葉に衝撃を受けて、自分の言葉を失った。


 自らの疑問が解消された後、俺は新たな疑問にぶつかった。

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