第4話 究極の答えと否定

 俺は今四限目が終わるチャイムを待ち焦がれながら、教室にある時計を睨んでいる。時計に恨みはない。けれど、こんな時だけ遅く流れる時間に対して怒っている。

 なぜ朝の三分はあんなに短いのに、カップラーメンを待つ三分はあれほどまでに長いのか。この不条理に、俺は怒っている。


 物理教師の谷口先生の話は、終わりに近づくにつれ横道へ反れていく。今日も今日とて平常運転だ。授業とは全く関係ない雑談は、長い昼休み前の授業をいっそう長く感じさせる。


「アインシュタインと聞くと、あの舌を出した年寄りを想像すると思うが、相対性理論を見つけた彼は若く、活力に満ち溢れた青年の時なんだ」


 おそらくテストには出ないであろう雑学を聞いて、俺はうんざりしていた。一体先生は何を言いたいのか。


「世界の秘密を知った彼は、一体何を思ったかな」


 この世界の法則、この世界の秘密、それを初めて知った彼は一体――。

 気が付くと俺は、先生の問いかけを真剣に考えていた。自分が単純で情けなくなってくる。


「きっと大きな喜びがあったはずだ」

 先生は決して断定はせず、けれど確固たる意志を持つ声色でそう言った。


「彼は結婚していたがその年にしては給料が低く、仕事と育児に追われる忙しい日々を送っていたんだ。だから、彼が宇宙の法則を知ったとき、その喜びは果てしないものだったはずだ。というか、そんな喜びがあると知っていたから、答えまで辿りつけたんだな」


 今度は決めつけるようにそう言うと、先生は自分の言葉に陶酔するように唸った。

 いつもなら、こんな自己満足めいた言葉にはうんざりするところなのだが、宇宙の法則を、時間と空間の秘密を知った喜びは、学のない俺でも理解できてしまったからだ。


 答えがあるから人は道を突き進める。そしてその答えが、誰にも咎めることができない絶対的な答えであったなら、それはきっと――。

 

 そこでチャイムが鳴った。昼食を告げる音が鳴り、さっきまで考えていた、少し深い何かも忘れて俺は弁当箱を取り出した。


 結局、空腹の前にはどんな大義がある思考も無意味ということなのだろう。


「なあ、頼みたいことがあるんだけど」


 いつも通り、高木が俺の隣の席に座り、話しかけてきた。


「唐揚げならやらん」

「違う。お前夜市と付き合ってはいないんだろ?」

 俺はまた出そうになるため息を、唐揚げと共に飲み込みながら頷いた。


「ならさ、今度紹介してくれよ」

 俺はその言葉で、高木が何を考えているのか分かってしまった。俺はおそらく、苦虫を噛み潰したようなという形容詞が相応しいであろう表情になりながら言い放った。


「やめておけ」

「なんでだよ……。やっぱりお前ら付き合ってのか?」

「違う。お前じゃあいつは手に負えない。だからやめておけ」

 手に負えないとは手に余るという意味だ。手に余るとは、自分の手の大きさでは持つことができないということだ。


 そう、あいつを手に持つことなど不可能なのだ。


 少し昔のことを話すことにした。そうすれば高木も、あいつのことを諦めるだろうから。

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