第9話 経験

 その夜、試験期間中であるにも関わらず、2人はずっとメールを送りあっていた。


 嫌味な事に、おそらく成績には影響は無い。あるとすれば、寝不足くらいなものだ。


 2人はただひたすら他愛もない話を送りあっていた。


「コーヒーよりも紅茶が好き」

「わかる」

「英語は得意。数学は苦手だけど解くのは好き」

「わかるー」

「洋画よりも邦画が好き」

「わかる」


 そもそも、2人は気が合っていた。それは互いに何となくわかっていたけど、今まで確かめる機会が無かっただけだ。


 明け方にさしかかる頃、ゆいがひなたに聴いてきた。それは、話の流れからして、多少唐突ではあった。


「今まで、何人の男子と付き合った?」


 その質問に、背すじが凍る。


 ひなたは、男性経験は豊富であるが、正確には付き合った事はない。どの男ともセックス以外の関係はない。


 この場合、無いと言うべきなのか。それはそれで嘘では無いが、少し気が重くなった。


「ゆい。聴いてくれる?」


 もしかしたら嫌われるかも知れないという怖さはあったが、ひなたは、隠さず話す事にした。


「付き合った事は無い。けど、経験はある」


 しばらく返信が無かった。メッセージは既読になっている。


 ひなたは、たまらなく不安になった。


「経験って?」


 間を置いて送られてきたのは、そんな短文だった。ひなたは即座に返す。


「私は、何人もの男と経験してる。現在進行形で」


「今も?」


 今度は、直ぐに返ってきた。責められてもしょうがない。あまり褒められた事では無い事は自分でも、わかっていたつもりだ。


 説明も、言い訳も出来ない。どう送り返そうか迷っている間に、ゆいからまたメールが来た。


「これからも?」


 ゆいから差し伸べられる救いの手に、ひなたはホッとする。


「これからは無い。約束する。ゆいが好き。ずっと」

「ありがとう。わたしもひなたが好き」


 早速、ひなたは時間なんかはお構い無しに、男達にはすでに別れを告げるメールを送った。数えてみたら、整理するべき相手は全部で5人。


 割と直ぐに返信があり、その反応は、3人が「わかった」「了解」「今までありがとう」と淡白なのに対し、1人は「もう一回だけ」と潔く無く、あとの1人は返信無しだった。


 結局、眠らずに朝になった。


「もう少しで会えるね」

「うん」

「また後でね」

「うん」


 ほんの数時間しか離れてないのに、ゆいに会うのが待ち遠しい。


 カーテンを開けるととてもいい天気だった。いつもと変わらない風景なのに、いつもより輝いて見えた。


“きっと、ゆいと出会えたからだ”


 そう思ったら、それも伝えたくなって。結局またメールを送った。





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