第3話 手

「痛い!」


 校門で道路を走ってきた自転車にぶつかって、ひなたは後ろに転んでしまった。


「大丈夫か?」


 自転車に乗っていた男性は、慌ててひなたに駆け寄ったが手を差し伸べるでもなく、ただ佇んでいる。


 どこか目線がおかしい。男の目線を追いかけて、ひなたはようやく、自分のスカートがめくれて下着が見えている事に気付いた。


 しかも、さっき汚したばかりの。


 慌てて隠そうとしたが、身体がうまく動かない。しかも恥ずかしく思ったせいか、変な気持ちになってくる。


“やだ、バレたかな。さっきまでエッチしてた事”


 そんな事あるわけでないが、今日のひなたは多分こんな感じだ。


 ひなたが何も出来ずにモジモジしていると、背中に急に温かい体温が触れた。誰かの手だ。


「あっ」


 驚きで、つい吐息のような声が漏れる。制服の上からでもひなたの素肌に温もりが伝わる。


「澤村さん。大丈夫?」


 声をする方を見ると、そこにはゆいがいた。


 ゆいは、ひなたの背中を支え空いている方の手でスカートの裾を直してくれた。ひなたはゆいに抱えられた形になり、頬はゆいの柔らかい胸に包まれていた。


 そんな事はお構いなく、ゆいは男の方を睨んでいる。


「ちょっと!何してんですか!?」

「いや、あの、その子が急に出てきて…」


 ゆいに睨まれて男はしどろもどろになっていた。ひなたは自分の事であるにもかかわらず、ゆいの温もりにただ身を委ねている。


「そうじゃなくて、自分でぶつけたんだから助けるべきでしゃ!?」


 ゆいが、男に掴みかかろうとしたその時、ひなたはゆいの腕にしがみつきそれを阻止した。


 正確には阻止したのは、おとこに掴みかかろうとした事ではなく、ひなたを振りほどこうとした事なのだが。


「ごめん、惣田さん。私がよそ見してたのが悪いから」


 ゆいの腕に抱かれながら、ひなたは男に対しても謝った。男はすごすごと自転車に乗って去っていく。


「ありがとう」


 ひなたはゆいに礼を言いながら、胸の高鳴りを抑えられずにいた。


“どうしよう。凄くきもちいい”


 ゆいに最初背中を触れられた時、その温もりで体温が一気に上昇していくようだった。


 スカートの裾を直す為に太ももに指先が触れた時、今までにないくらい身体が疼いた。


 彼女胸に抱きかかえられたとき、言い表しようのないくらいの恍惚感に満たされた。


 ゆいは、ひなたの求めているものを全て持っていた。今まで満たされなかった思いを一瞬で満たしてくれた。


 それが女性であった事を、ひなたは迂闊に思っていた。

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