第2話 過去

火田月子宅



まったく、これだから役所ってのは嫌なんだ。

何が『お片付け手伝いましょうか』だ。人をおちょくるのもいい加減にしろ!

家にある物は全部大切な財産だし、そもそも区画整理なんてしなければ引っ越さずに済んだものを!

家を引っ越すから、こんなに荷物が増えたんじゃないか。一体私がどんな思いをして爺さんが建ててくれた家を壊して、袋に詰めて運んだと思っているんだ。


爺さん…、私は爺さんの家を守れなかったよ。ごめんなさいね。


戦後、焼け野はらで雨ざらしなんて当たり前だったあの頃、爺さんが帰って来て本当に嬉しかったなぁ。

そこから二人三脚でやってきたんだ。


私の持ってる着物や爺さんが身に付けていたボタンなんかを木材と交換して。

恥を忍んで色んな人に切れ端をもらって回ったっけ。

そうそう、時には少しばかり材木屋から拝借したこともあったなぁ。あの時の爺さんの顔といったら本当に愉快だった。

そうやって少しずつ材料を集めて、一緒に家を建てていったんだ。


生活は苦しかったけど、爺さんのお陰でいつも帰る家があった。

寡黙な爺さんだったけど、『ただいま』と言う時は少し誇らしげで、いつも丁寧にドアを開けて閉めていたっけなぁ。


爺さんの最期の言葉は『家に帰りたい』だった。

これを聞いたとき、病院に入院させたことを心底後悔したね。なんで、私はこの人に思い残すことをつくってしまったんだろうって。


最近ようやくこの事を思い出したんだ。

私も先は長くないだろうし、爺さんがいつ帰ってきてもいいように、少しでもバラバラになった家を元通りにしようと思ったんだよ。


爺さん、家の住所が変わってたらびっくりするかなぁ?


あの人のことだ、どこに家があってもすぐに見付けてくれるだろう。

よし、もう一仕事頑張ろうかねぇ。


トントントントン…

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