第2話 訪問

 久方ぶりに帰り着いた郷里は、年月というよりも戦乱で大きく変わっていたが、劉は、昔我が家のあった場所に行くのも宿を取るのも後回しにして、渭水の橋のたもとに足を運んだ。

 川は深く、流れも速い。さて、どうやって、おそらくは水の下にあるだろう蔡の実家にたどり着いたものか。


「まあ…龍神が、わざわざ俺なんかを騙すはずもないか」


 呟いて、目を閉じて橋の柱を叩く。鈍い音がした。


「どちら様ですか」


 返事があったが、近くには誰もいなかったはずと目をあけると、橋も川も消え、朱色の門の豪邸があった。門の向こうに、大小様々な楼閣ろうかくち並んでいる。


「うわ…」


 これが、噂に聞く龍宮か。

 唖然としてそんなことを考えていると、声の主らしい紫の着物の男が、両手を胸の前で重ねて組んで、敬礼をした。


「どのような御用でしょう?」


 格式張った使用人に、咳払いをひとつ落とし、慌てるなよと、自分に言い聞かせる。


「呉郡から来ました。お宅の若君の手紙を持っています」

「お預かりしましょう。少々お待ちください」

「いえ、用事はそれで済ん…おーい」


 予想以上の豪邸に、手紙を渡して帰ろうかと思ったのだが、使用人は、すべるようにして門の内に姿を消してしまった。

 仕方なく、豪邸の様子を半ば呆れ、半ば感心して眺める。

 それにしても、ここは地上なのか、水中なのか。息はできるが、地上にこんなものがあれば誰もが知っているはずだ。

 劉は、しばらくして戻ってきた使用人を、少しばかり意外に思った。金持ちの家の取次ぎは、長くかかると相場が決まっているというのに、随分と早い。

 これも龍だからか。関係ないか。 


「大奥様がお呼びです」

「いや、俺はこれで」

「どうぞ、こちらです」


 帰ろうにも、ついてきて当然とばかりに劉が動くのを待っている。ここで行かないのも失礼かと思い直す。

 どうにも、龍というものは人の話を聞かないのかもしれないと、蔡の涼やかな顔を思い出して溜息をついた。あるいは、蔡一族の傾向か。


「そのー、大奥様は、どんなお人…って人じゃないのか。方ですか?」

「会われれば判ります」


 そりゃそうだ、という言葉は腹の中だけに収めておくことにした。


 案内された大広間では、その大奥様が待ち構えていた。四十歳ほどの年齢だが、美しい容姿をしている。服は全て、そろいも揃って豪奢な紫色だ。

 お辞儀をすると、丁寧なお礼が返ってきた。そうして、じっと劉の顔を見つめる。


「息子は遠くに行ったまま、長く便たよりが途絶えておりました。数千里の距離をて、手紙をお持ちくださったことに感謝します。あれは若い時分じぶんに上官の機嫌をそこね、その恨みが未だ消えていないのです。逃げ去ってから、何年もの間音信が途絶えておりました。あなたがおいでくださらなければ、心配は尽きなかったでしょう」


 そうした長い礼を述べると、劉に座るように勧めた。そこでようやく、口を挟む余地が見出せた。

 家に入る方法が言われた通りだったのだから、他の忠告にも従った方がいいのだろう。


「息子さんと、兄弟のちぎりをわしました。彼の妹は、すなわち私の妹です。妹さんにも、お目にかかりたいものです」

「息子も、手紙にそう書いておりました。娘は、今、ちょうど身支度の整った頃でしょう。間もなく、出てきてお目にかかりますわ」

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