7 落としもの

 映画館でレイトショーを観た後のことだから、日付が変わるか変わらないか、そのくらいの時間のことだったと思う。


 隣町から線路沿いの一本道を、自転車に乗って帰っていた。顔に当たる風が気持ち良く、辺りに人影が見えなかったのでそれなりにスピードを出していた。


 地元の最寄駅にもうすぐ着く、そんな時だった。前輪で何かを轢きそうになり、反射的にハンドルを動かした。

 光の当たらない街路樹の影に、黒い何かが落ちている。大きさにして、握り拳くらい。

 影の黒と同化していて、それが何なのかはハッキリ見えなかった。そんなタイミングで、真横を電車が通り過ぎる。

 電車内から漏れた光が、カメラのフラッシュのように道路を瞬間的に照らす。先の道に、大小様々な大きさの黒い塊が、ボトボトと落ちていた。

 光に照らされた一瞬、濡れているように照り光る黒いもの。気持ちが悪く、それが何なのかをはっきり確かめるような事はしなかった。右に左にハンドルをきり、避けて帰った。

 その日は疲れていたこともあって、帰ってすぐ眠ってしまった。


 次の日の朝。仕事のため駅へと自転車で向かっている時、ふと思った。


 肉。昨日見たあの落ちていた何かは、砕けた肉塊のように見えた。


 そして、それが落ちていた場所は、かつてテレビのニュースでも取り上げられた、大事故のあった踏切の手前だ。


 ――嫌なことに気付いてしまった。背筋を寒気がぞくりと走る。よく晴れた初夏の朝で恐怖心も薄く、昨日それが落ちていた道を通り、確かめてみることにした。


 やはり、というべきか。そこには何も落ちていなかった。何の痕跡もない。


 その出来事があって以降、夜はその道を避けるようにしている。


 もしアレを一つでも踏み潰してしまっていたとしたら、どうなっていただろう。そう思うと、次全てをしっかり避けて通る自信は無いのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る