4 四方墓

 『優しさ』とは難しいもので、例えば仕事で失敗してしまった部下に対して『厳しく叱る』というアクションを起こした人がいたとする。一見『優しさ』とは真逆なアプローチのようだが、部下の為をと思って起こした行動であるならば、これはその人なりの『優しさ』と言える。

 『励ます』というアクションを選ぶ人もいるだろう。失敗は失敗として起きてしまったものとしてしょうがないとし、次は失敗しないように反省させた上で励ましの言葉をかける。これはわかりやすく『優しさ』に見えるだろうが、それは『甘い』と言う人もいるだろう。


 そんな話を知り合いと話していると、「『優しさ』といえば……」と、彼は昔話を始めた。


 ――彼は幼い頃寺町てらまちに住んでおり、仏教系の幼稚園へ通っていた。三方を寺、及び墓地に囲まれているという中々ハードな立地に幼稚園はあったが、彼曰く「寺も墓も幼い頃から身近にあったから、そんなに怖くなかった」とのことだ。


「とはいえ『お化け』の類はそりゃ苦手だったけどな。昔は心霊系のバラエティ番組も多かったし、また母親がそういうの好きでね。俺が嫌がっても観るもんだから。あと、お泊り保育っていう幼稚園に一泊するイベントがあったんだけど、あれは幼いながらに『正気かよ!』って思ったね」


 そう言って彼は笑った。


 ──ある日のこと。彼は両親が訳あって迎えに来られないとあって、一人で幼稚園に残っていた。


 夕暮れ、辺りも暗くなってきた頃に一緒に遊んでくれていた保母さんが同僚に呼ばれた。「部屋から出ちゃダメよ」と念を押されて一人、部屋にポツンと残る。昼間はたくさんの園児で賑やかな教室も、たった一人となるとやたら広く感じる。更に幼稚園の周りは寺、墓地ときている。街の音は届かず、物音一つしない静寂が訪れた。


 保育士は中々戻って来ず、一人遊びにも飽きてしまった。心細く、不安で泣き出してしまいそうになる。

 彼はいよいよ約束を破り、教室を出た。水飲み場を横目に廊下を歩き、園庭に出る。


 毎朝彼は母親の自転車の後ろに乗って幼稚園まで通っていた。家はそう遠くない。

 幼い彼には、歩いて帰れる自信があった。自分を一人ぼっちにした両親と保母さんへの苛立ちもあって、(一人で帰ってしまおう)そう決意し、園の出口へと向かった。


 園の外側には、信じられない光景が広がっていた。


(……おはかだ)


 幼稚園は後方と両側を墓地で囲まれているが、正面には道路、その向かいには定食屋があるはずだった。

 それが、道路がない。定食屋も影も形もない。どこまでも続く、無数の墓石の列。


 これでは、四方を墓地で囲まれているということになる。


 幼い子どもながらにあり得ない、という事は分かった。目の前に広がる墓の数々を見て、それ以上歩を進めることが出来なかった。


 彼は走って教室に戻った。少しすると保母さんが戻ってきた。


「お母さんね、もうすぐお迎えに来るって」


 その後迎えに来た母親の元へ、保母さんと手を繋ぎ向かうと、幼稚園前方に広がっていた墓地の風景は消え去っていた。道路と、定食屋が見える。


 その墓地が現れたのは、その一度きりだったという。


──その話がどう『優しさ』に繋がるのだろう、と私は思った。それを察してか彼は続ける。


「幼稚園の前の通りは裏道として利用されてて車の交通量が多かったんだ。道幅が狭いくせに通り抜ける車の中には結構スピード出してるのも多くて、事故も何件か起きてる。幼稚園児だった俺が一人で外に出て、事故に遭わず、無事帰れてたかどうかはわからない。だから思うに、外に出たら危ないぜ、っていう警告の意味もあったんじゃないかなって今は思ってて」


 現れた墓地が何だったのか、何の為に現れたのかはわかりようがない。しかし墓地は結果的にではあるが、幼い子どもを事故から守った。


 結局受け取り手次第なんだろうな、そんな言葉で彼は話を終えた。

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