2話

 やかましい電子音が耳元で鳴り響き一瞬苛立ったが、スマホのアラームだと気付き目を覚ます。スマホはいつもベットに付属している電源コンセントの傍に充電しながら置いているのに、なんで枕元にあるのだろうか。電源を入れて画面を見ると、「チームプレイアレルギー 実例」とインターネットで検索しているのが映し出された。ああ昨日調べながら寝ちゃったんだ。


 昨日病院から家に帰った後、母に電話をした。我が子が救急車で運ばれ一日ではあるが入院したというのに、母は病院に来なかった。学校で倒れた事実を知らないのかと思ったが、さすがに学校側も親に連絡の一本入れるだろう。

 「そんなこと知ってたわよ。香苗のクラスの担任、えっと武田先生だっけ?その人から電話が来て、"香苗さんが倒れました!救急車を呼んだので病院がわかり次第折り返し連絡します!"って過呼吸寸前で言うんだもの。倒れた事以上に、この教師が未来ある若者達に教育をしているのかって思って。この先の日本は大丈夫なのか不安になったわ。」

 電話に出た母は私が倒れた事を知っていたが、「だから何?」って態度で言い切った。

 「なんで病院に来てくれなかったの?」

 「は?何寝ぼけたこと言ってんのよ。とある国が日本に向けてミサイルを撃った時だって避難もせず働いてたのよ。それなのに娘が倒れたぐらいで仕事切り上げる訳ないでしょ。」

 分かっていたけど、この人はこういう人なんだ。身体の全てが仕事で出来ていて、一人娘の母親という要素は微塵もない。高校受験で必死に勉強してた時、私は志望していた高校に入れるか苦悶していたが、母は娘に気を留める事無く年度末のタスク処理が終わるのか心配していし、私が高校に受かった事よりも、自分が昇進した事を喜んでいた。一六年生きてきたが、なぜ結婚し、なぜ私を産んだのかわからない。

 私はチームプレイアレルギーに発症した事、発作の条件を説明した。母は突然泣き出し、声を震わせながら「私は代わりに発症すればよかったのに・・・・・・」と同情する事もなく、「あらそう。がんばってね。」と一言一句感情を込めずに発し、電話を切った。耳からスマホを離す。通話終了をタッチし、ソファに向かってスマホを山なりに投げた。それに覆いかぶさらない様に、体をソファに倒した。

 母にでも事象を言ったら気が楽になると思った私が馬鹿だった。たった一人の娘が命の危機にあったとなったら、さすがに母親の包容力というので私を包み込んでくれると少し期待したが、相手は必殺仕事人だったのを忘れていた。一刀両断されてしまった。悲しさなのか虚しさなのか分からない負の感情が私を満たす。重量のあるため息を吐く。そういえば何かあった時様に持たせられていたクレジットカードで治療費を払ったって言ってなかった。さっき投げ捨てたスマホにもう一度手にかけ、もう一度母に連絡しようとしたが気分が乗らなかったのでやめた。

 倒れた後学校に状況を伝えてなかったのに気づく。スマホに高校の電話番号を登録してなかった。インターネットに高校名を入力し検索すると、当然一番上の項目に学校ホームページが出てきた。ホームページを見ると校訓がおしゃれフォントで書かれており、その下に高校ニュースと記され、「陸上部東北大会出場!」と赤文字ビックで誇張していた。電話番号はどこだろう?。下にスクロールすると学校情報と小さく乗っていて住所と電話番号とグーグルマップで高校の位置が記載されていた。

 電話するか。暗記した番号を忘れないうちに打ち込む。知らない先生が出たらちょっと嫌だな。

 「はい、こちら仙台北高校です」

 独特のリズムとイントネーションだったので課長だと分かった。普段話すことの無い先生とあってか手が汗ばむ。

 「1-Cの菊池香苗です。武田先生はいますか」

 「あっ!菊池さんって昨日救急車で運ばれたあの!」

 「そ、そうです」

 「それはそれは大変だったね。今武田先生に繋ぐから。」

 先生方の中では有名になっているのか。まさか課長にも存在を認知されているなんて。学校で倒れるということは普通ではないらしい。

 「はい、今替わった武田だ。大丈夫だったか」

 「あ、はい。大丈夫です。」

  大丈夫ですと言ったものの、よくよく考えると大丈夫では無いなと自己認識する。

 「い、いや大丈夫って言ったんですけど、ほんとはそうじゃなくて・・・・・・」

 「ん?どういうことだ。」

 「それが特殊なアレルギーに発症しまして・・・・・・」

 「アレルギー?」

 「はい、チームプレイアレルギーです。」

 「チームプレイアレルギー、初めて聞いたな。」

 「私も初めて知ったんですけど、三人以上で会話すると発作が起こるらしいです。」

 「・・・・・・なるほど。それが本当だったら今の学校生活に支障がでるな。先生達と相談してみる。どうなるか分からないが、処置を取ろう。あと俺もチームプレイアレルギーだっけか?それについても調べておくよ。」

 「ありがとうございます。」

 「処置の方法が決まるまでは、学校を休んだほうがいいな。先生達とクラスの生徒には事情を説明しとくけどいいな?」

 「・・・・・・はい。」

 クラスメイトに言ったら引かれるんじゃないか、と悩んだ。でも説明してもらわないと自分の命に係わると判断し了解した。

 「わかった。それじゃ決まり次第連絡する。じゃあな。」

 「はい。こちらこそありがとうございました。失礼します。」

 武田先生が電話を切る前に通話終了の表示をタッチした。制服を着たままベットにお尻から落ち、両腕を広げ仰向けに倒れた。胸の中でもやもやしているものが徐々に重くなっていく。このもやもやしたものが心というのなら、感情には重みがあるということになる。陰の感情が溜まると重くなり、陽の感情が溜まると軽くなる。明日からどうなるのだろうか。明後日は、明々後日は、未来はどうなるのだろうか。陰が溜まっていく。身体がベッドに沈んでいく。陽を溜めなきゃ。感情を軽くしないと。でも陽とはなんだろう。楽しいことが陽なのだろうか。嬉しいことが陽なのだろうか。甘いものを食べれば嬉しい気分になるが食欲が湧かない。youtubeで猫や犬の動画を観ても癒されない。重くため息をついても胸の中は晴れない。スマホを手に取る。

気休めに「チームプレイアレルギー 症例」で検索してみたが、詳しくは掲載されていない。期待通りの結果だった。医者の言った説明が書かれている。スマホを投げ、負を胸にため込んだまま眠った。


 眼を擦りながら眠っている時に無意識に脱いだ靴下を束ね脱衣所に持っていく。

ついでにシャワーも浴びた。制服に着替えなおしながら昨日先生が電話で何か決まったら報告すると言ったのを思い出した。自分の部屋に戻りスマホを探す。スマホを置く場所を決めていないせいか、いつもどこかにいってしまう。だが大抵はベッドの上に転がっているので探すのに時間はかからない。スマホを手に取ると見覚えのある番号から電話が来た。学校からだ。

「仙台北高校の武田です。菊池さんですか?」

「はい、そうです。」

「おはよう。早速だが昨日学年会議をしてこれからの対応を話し合ったので説明する。」

武田先生はゆっくりと説明してくれた。説明はこうだ。

心がけてても登校中に誰かと話をして発作が起きる可能性があるので、その可能性を少しでも下げるため、私の登校時間を遅らせる。

 今のクラスだとクラスメイトと話す危機があるので菊池一人別館の使われていない教室で授業を受ける。

昨日の帰りのホームルームでクラスメイトにはチームプレイアレルギーについて説目に発症したこと、チームプレイアレルギーとはどういうアレルギーであるかを説明した。

 ざっとこんな感じだった。まだ実感できていない。なにがなんだかわからない。ここまで日常が変わるのか。

とにかく登校時間が遅れたのでそれまで待機していなくては。スマホで時間を確認した。今は朝8時。私の登校時間は10時。移動時間を除くと1時間半なので朝ごはんを食べる余裕がある。冷凍庫にあった冷凍ご飯を温めその上に卵を割って朝ごはん完成。いつもは休日しか食べてないから変な感覚である。こんな感じがいつまでもつづくのかなぁ。卵かけごはんを頬張りながら考えているといつの間にか食べ終わってしまった。食べ終わった食器を洗い、自分の部屋の掃除をしていると登校時間が迫ってきた。カバンを手に取り"行ってきます"と誰もいない玄関につぶやき、家を後にした。

 

 

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【短編】チームプレイアレルギー 男梅 塩辛 @sakenotumami

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