第25話
俺たちが勝利を勝ち取ってから周囲はざわつき始めた。
まず一つ。咲が倒れて保健室に運ばれた。
「咲ちゃん大丈夫ですかっ」
マッチョたちが率先して彼女を運ぶ。彼らも試合が終われば立派な紳士だったようだ。
そして傍らには伊藤桜が心配して寄り添っている。
「大丈夫……ちょっと無理しただけ」
「全然大丈夫じゃないですぅ」
涙目になりながら伊藤桜は咲のそばを離れない。
あいつ。無理してたんだな。
妹のように可愛がっていた彼女を止められなかったのが悔やまれる。
「渚……絶対勝つんだよ」
ぽつりと彼女が呟く。
それは弱々しい声だったが確かにはっきりと聞こえた。
「わかったよ……咲」
彼女が勝てなかった分俺も頑張らなければ。
「咲ちゃん大丈夫かしら……」
「今は保健室の先生が見てくれるから。あんまりひどくなるなら病院に行かないといけないけど」
志保が心配していたので俺はそう説明する。
大丈夫だよと励ますことはしなかった。
ギャラリーは咲が通りすぎるのを静かに見守っている。
彼らも下手に騒ぎ立てずに落ち着いてその場で待っていた。
咲と伊藤桜が去ったのは思ったより痛手だった。
俺たち徒然部の存続を賭けてクイズ大会に挑んでいるのに仲間を失っては元も子もない。
仲間の退場に胸を痛みつつも次の展開を待つしかないのは苦しかった。
「おっと三回戦は怒濤の展開となりましたああああああああああ。だが決勝戦はここから小休止を挟んでからだあああああああああ」
司会によって休憩が再び始まる。
参加者たちはぞろぞろと自分の教室に戻っていく。
当然俺たちは保健室に向かう。
咲の状態が気になってしまっていたからだ。
「咲、大丈夫か?」
「うぅ。平気だよ」
顔色が悪いし全然大丈夫そうじゃない。
「ごめんな無理させて。俺がお前を止めるべきだったよ」
「ううん。渚のせいじゃないよ」
「むしろ私のせいです。咲ちゃんの身体が弱いと知っていたはずなのに無理させて……」
伊藤桜がぎゅっと服の裾を握りしめる。
「でもこれで参加賞はもらえるよ……」
「そんなこと今はどうでもいいんですぅ」
伊藤桜は咲の手を握る。すると咲がゆっくりと身を起こす。
「私は休めば大丈夫……渚と志保先輩は決勝頑張って……」
「おう。わかったよ」
これ以上騒げば彼女が疲れてしまう。今は運動で疲れはてた咲には休息が必要だ。
「あんたたちも咲を運んでくれてありがとうな」
「何を。困ったときはお互い様だ」
「俺たちは負けてしまったけど次の試合頑張れよ」
マッチョたちは気のいい男たちだった。
倒れた咲を助けてくれたことといい感謝してもしきれない。
「俺たちの後輩が必死にやったのに俺たちが頑張らないとカッコ悪いよな」
「そうね。咲ちゃんや桜ちゃん、それに負けたみんなの分も決勝に向けて頑張らないと」
ずっと静かだった志保が俺に同意してそう呟く。
「生徒会長の狙いは俺たちを空中分解させることだ。あおいが相手でも気は抜けないな」
「そうね。彼がどんな手段に出るのかはわからないけれど絶対に勝つわ」
俺たちは固く心に誓うのであった。
「伊藤さん、咲を任せたぞ」
俺たちにできることはもうない。あとは彼女に託して信じて待つだけだ。
「先輩方。咲ちゃんのことは私に任せてくださいっ」
いつもはネガティブで頼りなくて下を向いてばかりなのにいざというときは心強い。
徒然部に入った成果かもしれない。
「いくわよ渚」
志保は言葉少なに俺の腕を引く。
またしても会場のグラウンドに向かうのだ。
***
グラウンドは再び整備され早押しボックスが二つ設置されていた。
当然そこには生ける屍となった副会長の姿も。
「蕪木さん、山谷くん。僕たちのためにも勝ってください。あの横暴な生徒会長に現実を見せてやってください」
彼はそれだけ言うとあとは生気なくその場に倒れる。
設営をこなしているのだから疲れるのも不思議ではない。
そして肝心の生徒会長はというと。
「はっはっは。今日こそ蕪木志保を我が生徒会に率いれる機会が来たぞ」
自信ありげに俺たちを挑発する。
隣にいるあおいはどこかアンニュイな雰囲気を漂わせていた。
「どうした柊あおい。君は僕と協力すると約束しただろう」
「ああごめんごめん。なんでもないよお」
どこか上の空で話をあまり聞いていない。
「次が決勝だ。君にもクイズの番は回ってくるから油断はしないように」
「はいはい。りょうかーい」
あおいの様子もどこかおかしい。
一歩踏み出したらここは戦場だ。
気を抜くことはできない。
「渚、あんた気負いすぎてもいけないからね」
俺の気持ちを悟ってか志保が注意してくれる。
「さてえええええええええ。ついに決勝戦になりましたああああああああああ。参加者の二組の紹介をさせてもらうぞおおおおおおおお」
司会が解説を始める。
「まずは沢村・柊ペア。三回戦では生徒会長の沢村くんが走りながらの正解三連発を見せ付けてくれましたああああああああああああ」
一部のギャラリーはヤジを飛ばす。
どうやら部費の増額を約束してもらった部活の連中らしい。
「次は二年生カップル蕪木・山谷ペア。さっきのクイズでは驚異の集中力と持久力でみんなを魅了してくれたぞおおおおおおおお」
「ヒュウゥ校内公認カップルっ。愛の力で生徒会長を叩きのめしてくれえええええ」
「蕪木さあああああん。俺たちに希望をおおおおおおおお」
そして司会が俺たちを紹介すると歓声があがる。主に志保に対してだが。
「山谷ああああああああああ。お前も頑張れよおおおおおおおお」
どこからか俺を応援する声が聞こえる。
誰だろうと思えばそれは数分前に別れたマッチョたちだった。
「ありがとなっ」
数少ない声援で俺のやる気もみなぎる。
「では最後の戦いを賭けて生徒会と徒然部の登場だあああああああああ」
俺たちは早押しボックスで待機する。
「ではルールを説明するぞおおおおおおおおお。今回は五問先取で勝者が決まりますううううううう。前回と違って特別なルールとかはないから安心してくれえええええええ」
つまり正真正銘の早押しクイズということだ。
相手は生徒会長とあおい。
生徒会長は前回即答で突破していったし、あおいの知識も侮れない。
二人の実力があれば優勝も間違いないという空気が流れている。
この二人が立ちはだかるのがわかっているからこそ今回はチームプレーで頑張らないといけない。
「志保、お前ができないところは俺が答えるからな」
「わかってるわよバカ渚」
意思の強い瞳で見つめられると俺も逃げられないのだと確信する。
これから決勝戦。泣いても笑っても一発勝負だ。
俺たちは拳を合わせてこつんとぶつける。
「これから負けるわけにはいかないのよ」
志保が徒然部に残るためにも勝つことが必須条件だった。
「用意はできたかああああああああああああああ。これから決勝が始まるうううううううううう。皆さんアーユーレディ?」
司会はギャラリーをあおる。
すると観衆が一気に立ち上がる。
「うおおおおおおおお。徒然部も生徒会に負けるなああああああああああああ」
「蕪木さんなら絶対できるうううううううううう」
俺たちの方が声援を送られる。
あおいの方を見ると彼女は思案顔だった。
こんなんで大丈夫なのだろうか。
漠然とした不安もあったが信じて協力するのが俺たちにできることだった。
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