第18話
給水室に向かうとそこには咲と伊藤桜がいた。
「あれえ。先輩方無事正解したんですね!」
咲が汚れていないジャージ姿の俺たちを見るとそういって近づいてきた。
「ええ。意外と不正解者が多いみたいだから心配したけど正解したわ」
「ってことは渚も無事ってことだね」
心配してくれたのかいないのか咲が嬉しいことをいってくれる。
「ありがとうな、咲。そういや二人とも正解したみたいだな」
「ふふん。私と咲さんの力を合わせれば怖いことはないのです」
伊藤桜も自慢げに胸をそらす。
あおいの結果は不明だが彼女以外は無事二回戦進出を決めることができた。
っていうか俺たちが給水している間に彼女の番が来ているのかもしれないけどな。
「今回の一回戦では大体残るのは一割ってところね」
参加者は二百名近くいたから残ったのは二十人くらいか。
「次の試合で半分が切られるわ」
つまり俺たちは上位半分に残らないといけないということだ。
「当たり前だけど結構シビアだな」
「まあ生徒会主催イベントだし参加するだけならタダって風に思う参加者も結構いたみたいね」
マルバツクイズで九割は帰っていくのだと思うと笑えない。
これからの勝負も気が抜けないな。
「それにしても生徒会長の気配が全然しないのが不気味ね」
そういえば彼の一存でこのクイズ大会が決まったのを忘れていた。
「彼のことだから一回戦は潜り抜けていると思うけれど」
抜け目のない男だ。俺たちが心配しなくとも確実に勝ち抜いているだろう。
となると次の回でお目見えできるのだろうか。
「どうかしらね。今度のクイズは二つのブロックに分かれているそうだから」
一緒になれる確率は半分ということだ。
できることなら決勝まで会いたくはないが。
「先輩方、せっかく正解したのですからもうちょっと楽しそうな顔した方がいいですよ!」
「まるでお通夜みたいな顔ですから」
俺たちが話していると後輩二人が気を使ってか声をかけてくる。
「あの男のことを考えるとどうしても暗い気持ちになるのよ」
「志保、どんな目に遭ったんだ」
去年の出来事を俺は知らない。
俺が徒然部に加入したのは去年の冬頃だ。
あまりにも成績が悪いので担任の教師に提案されたのだ。
部活にはいれば赤点一個見逃してくれると。
それで俺は留年を免れた。
だが徒然部もあまり熱心に参加していなかったのでどうして部員がやめていったのか。志保と生徒会との関係も知らない。
本当に知らないことばかりだ。
「急に静かになってどうしたの?」
俺が考え事をしているのを咲が指摘する。
「渚が考え込んでもろくなことないから大丈夫」
「それってけなしてるんじゃないか」
「気にしない気にしない」
気を使っているのかいないのか。それでも気分は変わったので結果オーライということにしよう。
「しかし走ったから暑いな。スポドリどっかないかな?」
「はい」
背筋に冷たいものを当てられる。誰だろうと振りかえるとあおいだった。
「みんなおめでとう。無事二回戦出場できるんだってえ?」
「そうだけどお前は?」
もしかして一回戦負けとかじゃないよな。そう心配していると。
「へへえ。ボクも当然一回戦突破したよお」
えっへんと胸をそらすあおい。うちの部活はどうして調子に乗るやつが多いのかな。
俺も含めて。
「じゃあ徒然部全員予選通過ですね」
伊藤桜が嬉しそうな顔をする。
「次からは二つのブロックで戦うことになるよお。ちなみにボクは君たちとは別のブロック」
「なんかあおいだけ俺たちになんか隠してないか」
「ふふん。そう思うかねえ渚くーん」
言われれば言われるほど隠したくなるのが人の常だということがよくわかった。
つまりあおいは俺たちに話すつもりはないようだ。
「ボクだって好きで隠し事をしているわけじゃないんだよお。これにはふかーい事情があってねえ」
一応フォローのつもりかそう付け足す。
「ま、お前と一緒のブロックじゃないってことは勝てば次の試合でぶつかるってことだろう」
「そうそう。楽しみにしててねえ」
手をぶらぶらと振るあおいだった。
「てことでボクはそろそろ退散するよお。みんな仲良くやるんだよお」
そして給水室をとたとたと去っていくのであった。
「なんかあおいさんすぐにいなくなったわね」
「そうですね。私たちにも一言いっただけでしたもんね」
「ううん。なにか匂いますねえ」
伊藤桜が人差し指を立ててそれを額に当てる。
「これはイベント前後にあるきなくさい話の予感ですぅ」
やや興奮ぎみに彼女は捲し立てる。
「さあ先輩私と付き合うのですぅ」
「ええやだよ」
好奇心が強いのか伊藤桜は鼻を引くつかせさながら猟犬のように目を輝かせている。
「これはチャンスですぅ。生徒会の陰謀とかそういうものが渦巻く大会で我々が真相をつかむのですぅ」
すっかり探偵気取りの彼女は俺の腕をつかみ、あおいのあとをつけるようにと命令する。
「はいはい。わかったよ」
仕方がないのであおいが言った先を探す。
「っていってももういないみたいだぞ」
きょろきょろと辺りを見渡しても人っ子一人いない。
「おかしいですねえ。どんどん怪しくなっていますぅ」
「お前が勝手に怪しんでいるだけだろう」
俺が突っ込んでも全く相手にされない。
「たしかあおい先輩って先輩と同じクラスですよね」
「ああそうだけど」
「じゃあ余計に怪しいです」
伊藤桜はふふんと得意気になる。
「あおい先輩が向かった先は生徒会室があるところですよ」
「徒然部の部室かもしれないぞ」
方向は同じなのだから徒然部の部室によっても不思議でない。
「今稲葉先生は国語準備室でお茶しているところですからそれはないですね」
一笑に伏すといった感じだ。
「鍵の管理をしているのは先生ですから私たちに話もなく去るのはおかしいですぅ」
やはり彼女は大事にしたいようだ。
だけど俺は身内を疑う気にはなれない。
「まあお前の言いたいことはわかったから」
「そういうわかった顔するのがちょっとムカつくのですぅ」
ぷんぷんと怒る姿はまるでこどものようでこれはこれでほほえましい。
「ちょっと今笑いましたね先輩っ」
「笑ってない笑ってない」
口許を手で覆って隠すが伊藤桜の怒りは収まらないようだった。
「もうわかったから戻るぞ」
「はひぃ。先輩に頼ろうとした私がバカでしたっ」
これ以上やっても埒が明かないのでずるずると彼女を引きずる。
「ちょっと何をしてるんですかっ」
「これが一番簡単だから」
雑な扱いに不平を漏らす伊藤桜を適当に運ぶ俺。
端から見ると遊んでいるように見えるらしく時おり周囲に笑われる。
「ふひぃ。衆人環視のもとで引きずるなんて先輩は最低野郎なのですぅ」
「俺をディスってもなにも起こらないからな」
「ディスるなんて言ってませんっ。ただやり方が非人道的なのですぅ」
文句をいっても抗う気力はないのか彼女はされるがままだ。
「とにかく給水室に戻ろう。あおいも見つからないことだし」
「ひぃ。わかりましたから離してください」
言われた通り手を離すとさっさと給水室に戻っていく。
「あらそろそろ第二試合が始まるところよ」
「そうだよ渚と桜ちゃんどこにいってたの? 遅刻するかもしれないんだから気を付けてね」
「へいへい」
「返事ははいで十分よ」
志保がはっきりというと伊藤桜は調子に乗る。
「ふふん。全部先輩が悪いのですぅ」
「桜ちゃんも多少は反省しようね」
咲にまで言われてしまった。
かくして第二試合がはじまるのだった。
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