第16話

クイズ大会は目前になっていた。

朝は一人で勉強したが放課後は部室にみんなで集まっている。


クイズ大会まであと三日。できることはやっておこう。


俺たちは部室でああでもないこうでもないと悩みつつ勉強に励む。


「しかしここまで真剣に勉強するのは入試以来だな。一年生は受験終えたばかりだから俺よりはましなんだろうけど」


咲と伊藤桜は仲良さそうに二人でクイズ対策の本を読みあっている。


「渚は勉強しなさすぎなんだよ」

「お前に言われると返す言葉がないな」


お隣さんなので彼女とその家族には非常にお世話になっている。主に食生活に関してだが。


「ふひひ。先輩言われてますね」


そして伊藤桜がなぜか得意になっている。卑屈なんだか調子に乗りやすいんだかよく分からない。


「俺と伊藤さんはレベルがあんまり変わらないと思うけど」

「私にはまだ伸びしろという未知の可能性が残っているんですっ。知ってますか先輩? 人間は自分の力の三パーセントしか使っていないという説があるのを」


有名な話だが俺たちの三パーセントの低さを知っているのでいまいち実感がない。

そして気になるのはその前にいっていたことだ。


「っていうかその前になあ。俺の方が年取ってる分伸びしろが少ないということか」

「まあノーとは言えませんね。でも私も後輩ですから年上の含蓄ある言葉というものを是非とも聞かせていただきたいものです」


明らかに俺を煽る伊藤桜に咲はあきれた目をする。


「桜ちゃんそういうところがあるからねえ」

「ふひひ。誉めてもなにも出ませんよ」


「それ全然誉められてないからなっ」


俺が突っ込んでも感じんの伊藤桜はどこ吹く風だ。


「みんなあ。仲良しだねえ」


それをのんきに眺めているあおい。まるで日向ぼっこをしている猫のようにのほほんとしている。


「あおいは結構余裕あるな」

「まあボク一人が頑張るんじゃなくてペアの力がメインになるからねえ」


いまだにペアの相手は誰か知らない。どうやらずっと秘密にしておくつもりのようだ。


「まあ勉強するのかおしゃべりするのか片方ずつにしていた方がいいと思うよお」


暗に俺たちが中途半端に勉強しているということを指摘する。

ぐぬぬと俺は一人悶える。


「でもなあ勉強ってやればやるほど眠くなるんだよなあ」


今てにしているのはアホでもわかる歴史概論だ。

人を小バカにしたタイトルだがその名に違わずテキストの中身はわかりやすい。


日本史は先史から昭和まで網羅してあるし世界史もヨーロッパ史を中心にまとめてある。


まずはアウストラロピテクスやらクロマニョン人、ネアンデルタール人のところまでページをめくる。しかし猿人やら原人やらどっちか区別がつかないな。


「渚くん、その辺りはあんま出ないと思うよお」

「げっそうなのか」


こういうところが要領の悪さに繋がるのかもしれないと一人ごちる。

頭のいい人はヤマを張るのがうまいんだよな。


俺は歴史が苦手だから熱に浮かされたようにうんうん唸っていた。

そして次第に意識が遠退いてくる。


「これだから渚は……。昔から苦手なことやると意識飛ばす癖があるんだから」

「ふへえ。それは大変ですぅ」


さっきまで調子に乗っていた伊藤桜が心配そうにこちらを見つめる。

根は優しいのでこうして彼女は気遣わしげな視線を向けてくれる。


「桜ちゃんも意外とチョロインだよね。どうして渚の近くにはコロッと騙される娘が多いのかなあ」


咲がボソッと呟く。全部は聞き取れなかったけどなんか悪意を感じたぞ。


「咲、お前も俺を裏切るのか?」

「まず裏切っていないよ? 正直な感想を言っただけだよ」


なんかあおいや伊藤桜の毒舌が移ってきているぞ。


「朱に交わればなんとやらって言うからな。シクシク。お兄ちゃんは悲しいよ」

「相変わらずうそ泣き下手だね。あと渚はお隣さんであって実の兄とかじゃないからね」


冷静に突っ込みを入れられる。


「というか朱に交われば赤くなるっていい意味で使っていないよね」

「すまん。つい本当のことをっ」


「渚くーん、今全員を敵に回したよお?」

「そうです。せっかく心配したのに恩を仇で返すような真似をっ」


あおいと伊藤桜も俺を攻撃しだす。


「おい。俺は何も知らないからなっ」

「まるで三下の台詞だねえ」


「まさに当て馬ならぬ噛ませ犬ですぅ」


俺が言い逃れようとすると三人に包囲される。


そして俺たちがてんやわんやしていると。


「なにかしら。騒々しいわね」


少し遅れた志保が部室にやってきた。手には剣道部の防具が入ったバッグやら竹刀が携えられている。


「あっこんにちはー先輩っ」


ぱっと目を輝かせて咲が挨拶をする。その変わり身の早さに俺は舌を巻いていた。ワオ。欧米人もビックリだぜ。


「こんにちは咲ちゃん。あと伊藤さんとあおいさんも」


「こ、こんにちは」

「ちわー」


二人がそれぞれ挨拶を終える。


「遅れて悪かったわ。今日は剣道部の練習早引きさせてもらって」

朝練についで放課後の練習もあるのか。彼女もかなり忙しいんだろうな。


「それよりこの惨状は何?」

彼女は俺たちの集めた書籍でぐちゃぐちゃになった机を一瞥する。


「ああ……これは勉強した証しというか……」

「こんなぐちゃぐちゃで勉強になりそうにないわね」


俺がゴニョゴニョごまかしているとさっさと片付けられる。

しかし一瞬だったな。


彼女の手際のよさに驚く。

器用なのか不器用なのか不思議な娘だ。


「みんな大会が三日前なのよ? 遊んでる暇はないの」

「そうですね先輩っ!」

「右に同じく」


志保の言葉にうんうんうなずく咲と伊藤桜。


なんか俺と彼女とで対応が違うのは気のせいか。


「これが人望の差ってやつだねえ渚くん」


あおいがずけずけと痛いところを突いていく。


「全然気にしてないんだからなっ。俺にも伸びしろあるし……」


先ほどの伊藤桜の理論をじぶんで活用する。


「勝手に自分で落ち込まないの」


志保がやれやれとため息をつく。


「それよりあんた勉強の方は?」

「天文と物理の本は朝から午前の授業が終わるまでぶっ通しで読んだ。今は歴史の本と格闘中」


俺は胸を張って答える。久しぶりの勉強は意外と面白くて天文と物理はなんとなくだがわかった。しかし問題は歴史だ。範囲が広すぎる上にいまいち勉強のしかたがわからない。暗記科目の難しいところだ。


「結構真面目にやってたのね。ちょっと安心した」


志保は珍しく俺を誉めてくれる。俺は少しだけ得意になる。結構自分って単純なのかもしれないと思いつつ。


「で、歴史はどこまでやったの?」

「……先史までです」


引け目があるのでつい小声になってしまう。

そしてぷーくすくすと伊藤桜がこちらを笑っている。


「先輩、それ私でもわかりますよ」

なにせ授業で学習したばかりだからですからと答える。


「北京原人がホモ・エレクトスの一員ってこと知ってますぅ?一応更新世の話ですけど」

「……くそう」


全然知らなかった。去年の授業はほとんど寝ていたからな。


「そこ悔しがらないの」


少し同情したような声でそう言われる。

なんだかむなしいぞ?


志保がパンパンと手を叩く。

「できないことを悔やんでも仕方ないわ。あんたは歴史苦手なんだから出来そうなところだけヤマを張りなさい。私が歴史は全部やるから」

それって彼女の負担がおおきくなるってことじゃないか。

ちょっと心配になったが。

「あのねえ。私たちペアなのよ? できるところはしっかりやって出来ないところはすぐに諦めて相手に任せる。そういうことが求められるの」


「あはは。志保さんかっこいいねえ」


あおいが誉めると彼女は照れたように顔を背けた。


「私は別に……」


「……ありがとな」


志保の言葉に不安がなくなった。

こういうとき頼もしいのが彼女の良いところだった。


「よし、三日後は本番だっ。その前に勉強できるところはしっかりするぞっ」


俺が宣言すると咲や伊藤桜がおおと乗ってくる。

目指すは頂点。

これから先何が起こるかわからなかったが強い味方がいる。


かくして俺たちはクイズ大会の準備をどんどん進めていくのであった。




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