第15話
「渚くん、熱心だねー」
翌日早朝俺は部室に向かうとあおいと鉢合わせになった。
「あおいの方こそいつも遅刻ギリギリなのに珍しいな」
「まあボクもクイズ大会に参加するからねえ」
そういえば彼女は一人徒然部以外の面子と手を組んだ。相手は誰なのだろう。気になって彼女に聞くが笑ってごまかされてしまった。
「女の子には秘密が一杯なんだよお」
「お前のそののらりくらりとかわすところ変わらないな」
俺が笑うとあおいはうなずく。
「だってボクは志保さんと違って猪突猛進タイプじゃないからね。どちらかというとクールな参謀タイプ?」
「それ自分でいうか?」
おどける彼女に突っ込みをいれる。いつも教室で会話しているとはいえ彼女との軽妙なやり取りは小気味いい。
「むう。渚くんボクの事バカにしたでしょう」
「いやいやしてないしてない」
志保と違って彼女は暴力を振るったりしない。その代わりに言葉の暴力で俺にやりかえすこともあるが。
「とにかくボクも優勝目指して頑張るから渚くんもなんとかあの志保さんの手綱を握っててね」
労いの言葉までかけられてしまった。
「何せ学校公認のカップルの二人だからねえ。生徒会長が間に入ろうとしても二人の仲はそう簡単には破れないって感じ?」
「おいお前までからかうのか」
彼女はからかってないよおと言い返す。
「昨日伊藤さんからLIMEが来てさあ。君たちがいちゃついているの見たら口封じされたって騒いでたよお」
情報源は伊藤桜か。彼女も内向的に見えてあおいと連絡を取り合ったりしているのが意外だった。
「あっボクの方から伊藤さんにLIME交換したんだよお。なんか彼女放っておけなくてさあ」
「それはなんとなくわかる」
性格はネガティブでちょっと卑屈だが最近は咲と楽しそうにしているのが見えて安心してきたところだ。
「根は悪い子じゃないからね」
「ふふん。意外と渚くんも気にしてたんだあ」
相変わらず茶々をいれるのが好きなようだ。
「そういうまめなところが女の子にモテる秘訣なんですかねえ」
ちょっと意地悪くいたいところを突いてくる。
「志保さんに咲ちゃん、桜ちゃんと男子にはよりどりみどりだからねえ。志保さんはクールな美貌とそのアホまっすぐなところからファンは多いし、咲ちゃんはあのロリッ娘体型だからめざといやつはマークしているし、桜ちゃんもああ見えて顔だけはいいからねえ」
誉めているのか貶しているのか微妙にわからない評価をするあおいだった。
「まあこれ以上渚くんをからかってもなにもでないようだしボクも勉強しないといけないからお遊びはここまでにしようかあ」
たしかあおいは俺と比べたら頭はいいけど勉強が苦手だったはずだが。
「ふふー。ボクはこう見えて能ある鷹は爪を隠すタイプなんだよお」
大量の書籍を机にのせてパラパラと本のページをめくる。
後醍醐天皇、足利尊氏、楠木正成など南北朝時代の時代の人物が出てくる。
そのなかにも兼好法師の名前がある。
「へえ。兼好法師って鎌倉時代末期の人なんだ」
「そうだよお。って渚くん徒然部の部員なのに知らなかったのお? あとで志保さんにどやされるよお」
意外と歴史の素養があるあおいのことだ。この辺りは把握しているのだろう。
「しかしそんなに狭い範囲に絞って大丈夫なのか?」
「だいじょぶだいじょぶー。ボクのペアはボクより博識みたいだから」
つまり相手は広く浅く、自分は狭く深くということらしい。
「うらやましいなあ。俺は志保に書籍十冊は読み込んでこいって言われて」
片手に持っているのは三冊の本。これを一日に読んでこいという指示が入ったのだ。
小学生でわかる天文学入門。アホでも覚えられる歴史概論。サルでもできる物理基礎。
だんだん人をばかにしたようなタイトルになっている。
今の俺の現状がこうなのかと思えばいささか悲しくなるな。
「渚くん、落ち込んでもバカは治らないんだからしょうがないよー」
「全然フォローになってないっ」
やっぱりと笑うあおいに俺はため息をつく。どうも彼女のペースにふりまわされてしまう。
「まああま冗談はこのくらいにして。そういう入門書の方がプロの人が分かりやすく噛み砕いて教えてくれるからいいんじゃない?」
「それを先に言ってくれよ」
「ごめんごめん、渚くんの反応が面白くてつい」
けらけらと笑うあおい。こういうところがなんか憎めないんだよな。
「ボクもそろそろ教室に向かうけど渚くんどうする?」
「ああ俺はもうちょっと勉強していくよ」
気がつけば朝礼まで十五分前だった。
あと五分くらいなら読書していても間に合うだろう。
おれ自身は登校するのは遅い方だったからこうして学校に早く来るのも悪くないなと思い始めたところだ。
いつもは独り暮らしなので生活リズムは乱れに乱れている。それをときどき咲が起こしに来てくれたりもしたのだがあまりのだらしなさにあきれられやめになった。
「ふむふむ。ドップラー効果って聞いたことあったけど救急車のサイレンが音痴に聞こえる現象の事か」
サルでもわかる! と謳われた物理の本にはざっくりとだがまとめられていた。
観測者と音源の距離によって音の高さが変わるということらしい。
ひとつ勉強になった。
あとは天文の方にも目を通す。
夏の大三角はデネブ、アルタイル、ベガ。
逆に冬の大三角はシリウス、プロキオン、ベテルギウス。
この辺りは小学校で習っているからよく分かる。
年のため金環日食の仕組みやら月食の仕組みやらも調べてみる。
書籍によれば金環日食は太陽と月と地球が一列にならんで隙間から太陽の光が見える現象らしい。地球から見える月の大きさが異なるため皆既日食が起きたり金環日食になるとのことだ。
一方の月食はというと。地球が月の陰となり月が隠れて見える現象の事をいうらしい。これはすでに知っていたことなので復習になった。
この二つはでてきそうだなとヤマを張る。
とそろそろ時間だな。歴史の本は放課後に読むことにしよう。
そして俺は部室の鍵をかけて職員室の稲葉先生に鍵を返す。
「あらあら山谷渚くん、今日は部室で朝練ご苦労様」
「いえいえ。一人で自習していただけですから」
それにしてもクイズ大会に参加するとは思わなかったわと笑われる。
「山谷くん、お勉強好きじゃないかと思っていたから」
確かに俺は勉強は苦手だ。そして全然熱意もない。
いつもは居眠りで授業聞いてないもんな。
でもそのことを少しばかり後悔した。
もうちょっと頑張っていればこんなに苦労していなかったのかもしれないから。
そして稲葉先生と会話している横で志保が剣道部の顧問の先生に挨拶しているのが目にはいる。丁度話終わったタイミングで声をかける。
「あれ? 志保今日は朝練があったのか」
「最近は剣道部も忙しくて。普段徒然部に力をいれているからこうして朝練には必ず参加するようにしているの」
真面目な志保らしい。彼女はオーバーワーク気味なところがあるから少し心配だったが。
「蕪木さんは頑張りやさんね。先生応援してるからねえ」
稲葉先生がにっこりと笑う。
「でも頑張りすぎは禁物だからな」
俺がそれとなく心配しているのを吐露すると彼女は頬を赤らめた。
「そのくらいわかってるわよバカ渚。これからクイズ大会もあるから気を付けているつもりよ」
「全然かわいくない。でもそっちの方がお前らしいよ」
伊藤桜にはいちゃついているだのあおいには学校公認カップルだの言われたが俺たちにはその自覚はない。
ただ一緒にいる時間が長いから、でもそんな理由でもいいのかもしれないと思えてきた。
「そろそろいかないと遅刻するわよ」
そっぽを向きながら俺の手を引く。
そのしぐさが子供っぽくて可愛らしい。
「はいはい。クイズ大会まであと三日だからな」
「わかっていればいいのよ」
ふんと鼻をならしながらも俺の手を離さない。
それが少しだけ嬉しかった。
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