第12話
新しい部室はかなり広かった。もとは運動部の使わなくなった部屋だったらしく若干壁が汚れているがそれ以外はおおむね問題ない。
ただひとつ問題だったのは。
「蕪木志保っ。今日という日は生徒会に入ってもらうぞ」
「いやよ」
志保について回るこの男だった。彼の名は沢村栄治。眉目秀麗、成績優秀、文武両道を地でいく男だが。
志保は彼のことを毛嫌いしていた。
「しかし着くまで忘れてたけど徒然部の部室が生徒会室の隣って……」
「まさしく僕の思惑通りだっ」
男は前髪をさっとかきあげると自分の鏡で顔を確認する。
とんだナルシストだった。
「そのために弱小卓球部の連中の部室を空けさせた」
「はひぃなんて横暴な」
珍しく伊藤桜がもっともなことをいう。
俺たちも同調してうんうんうなずく。
「ああ横暴こそ正義。権力こそ力。それが僕のモットーでね」
「めちゃくちゃですね」
咲があきれたような口調で呟く。
大丈夫だ。俺たち全員同じ感想だから。
「だ・か・ら。何度も言うけど私は生徒会に入らないって言ってるでしょう」
志保はキレ気味に答えるが相手はまったく気にした風でない。それにイライラが募るようだが。
「君が剣道部と生徒会の二つを掛け持ちしてくれるなら部費を倍にしてあげたっていいって話だったろう。他に入ってるなんちゃら部はさっさと辞めてしまえばいい」
なんて無茶な話だ。権力を盾に人を動かそうとするなんて。
そして当然のごとく志保が突っ込む。
「なんで徒然部の方は無視なのよっ。それに剣道部は全国優勝を果たしているから部費には全然困っていないわよ」
つまり生徒会長の申し出は完全なら迷惑行為である。
「はっ。この沢村栄治は去年君と剣道対決、乗馬対決、早食い競争、エトセトラエトセトラで戦って目覚めたんだよ。やはりわが生徒会に君は必要不可欠な存在だって」
「出たあ。勘違い生徒会長」
いつもは冷静なあおいも遠い目をしている。というか対決の内容が気になってしまった。二人して何やってるんだ。
「こほん。これ以上言うと私のプライドに関わるわ」
「いやすでに結構残念な対決だったってことは確かだけど」
「私が全勝したんだから文句ないでしょう」
しかも全部勝ったのか。俺が感心していると志保はぷいっと横を向いてしまった。
なんだ恥ずかしいのか。
「べ、別にたいしたことじゃないわよ」
こういうところは少しだけかわいい。
とちょっとほのぼのした気持ちになっていたが。
「いいや、君は僕の心を鷲掴みにした。僕のプライドを踏みにじり滅茶苦茶にして決して忘れられないメモリーを焼き付けたんだ」
やたらとポエミーな口調で自己主張をする生徒会長だった。
「なんかこの人勝手にメモリー焼き付けてるんだけど」
「いちいち突っ込んでたらキリがないわ」
やれやれと肩を竦める志保だった。
というか新しい部室の提供は生徒会側からの提案だったのか。稲葉先生が言ってたからてっきりごほうびかなにかと思っていたけれど世の中一筋縄でいかないな。
「蕪木志保、君は魅力的だ。世界最強の女性だ。君と僕ならこの学園を権力で支配できるはずだ」
それが目的だと隠さないあたりたいした男だった。
だが相手の意見をまったく聞かないところはどっかの誰かさんとよくにている。
「いやあボクも思ったけど意外とお二人お似合いさんだよねえ」
「人の話を聞かない猪突猛進タイプなところがな」
あおいがボソッと呟くのを俺は聞き逃さなかった。それに同調していると。
「お似合いって失礼な。こんな頭空っぽの男と私を一緒にしないで。ああ咲ちゃん早く塩用意してっ」
「食堂にいかないとありませんっ」
苛立ちのあまりか浄めの塩をまいて追っ払おうとするが年下の咲に突っ込まれる。
「じゃあ鰯の目を串刺しにしたやつ」
「それはおめでたいときにすることですっ」
真面目なのかボケているのかわからない発言が続く。
「とにかくあいつを追い払いたいのっ。なにかアイデアはない?」
「うーん。とりあえず第三者を間にたてて冷静に話をするのはどうでしょう」
大家族で揉め事に慣れている咲らしく建設的な意見が出る。
「じゃあ渚、そこのバカ会長の話聞いておいてっ」
「ええ俺?」
なぜだか俺が指名される。こういうの苦手なんだよな。
「そこのモブ部員くん僕の邪魔はよしてくれ」
再び髪をかきあげ斜め四十五度を見上げる生徒会長。
あかん。これはまったく会話にならないやつだ。
「俺には山谷渚って親がつけてくれた立派な名前があるんです。モブ部員は失礼ですよ」
「はっ。君なんかモブで十分。いやこれ以上言うとモブに失礼になるね。モブだって必死に生きているんだ。それをバカにしているのは君の方だ」
微妙に弁のたつところがさすが生徒会長というべきか。
「渚言われっぱなしはダメよ」
志保が横から忠告する。
「というかさっきからあんた失礼なんですよ。勝手に志保を勧誘したり本人に意思がないのに無理矢理引き抜こうとしたり。俺たち徒然部に対して敬意ってものはないんですか」
「敬意? 君に払うべきはミジンコ以下のああこいつちっちゃいなあという気持ちだけだよ」
こいつが上から目線のドM野郎ということははっきりした。
「そのちっちゃな部活の一員に執着しているのは誰でしょうか?」
「はっ。僕をおとしめようとしても無駄だ」
人の話を聞いてくれ。そう思ったが男は自分の話を続ける。
「ああどうしてだ。どうして蕪木志保は徒然部なんて吹けば飛ぶような部活に入ってるんだ。憎らしい」
やたらと芝居がかった口調で空を見上げる。そこには汚い天井があるだけだぞ。
「わかった。蕪木志保。ひとつ譲歩をしてやろう。君の条件はひとつのむ。だから君も生徒会の力になってくれ」
結構長かったがこれまでが前置きだったということか。
「いやって伝えておいて」
対する志保は遠くで首を横に振るだけだった。
伝言ゲームじゃないんだから本人に伝えろよと言いたくなる。
「志保は嫌がってるみたいですけど」
「はっ。ここは条件を出したんだ。互いに妥協し交渉するのが人というものだろう」
この男滅茶苦茶だが一応筋は通っている。
これが生徒会に入っている人間の力だろうとふと思った。
「どうする志保?」
「わかったわよ。その条件とやらを聞こうじゃないの」
好戦的な性格のためか挑発されると志保は強く出た。
生徒会長はこれとない条件を提案した。
「徒然部には新しい部室の他に追加予算を提供しよう」
「結構いい条件ですね」
「はひぃでも裏がありそうです」
咲と伊藤桜がそう呟く。
確かにアホだがずる賢い生徒会長のことだ。なにか考えがあるはずだ。
「いい話だと思っただろう。だがしかああああし。それは再び僕たち生徒会と戦って勝てればの話だ」
「また対決かしら。それなら自信があるわよ」
体力の方には自信があるのか手をポキポキとならす志保。
それに対して不適な笑みを浮かべる生徒会長だった。
「今回やってもらうのは学園を対象にしたクイズ対決だ」
体力では勝てないと悟ってか今度は知力で戦うつもりらしい。
「知力、体力、時の運。そのすべてが揃った人間しか手に入れられない栄光。それをつかむのは僕たち生徒会だっ」
「なんかいまいち信用できないなあ」
ぼそっとあおいが呟く。だが生徒会長は気にしない。
「さあこの話をのむか。蕪木志保っ」
「やってやるわよ」
なんだかうさんくさい展開だったが俺たちは生徒会長の作戦に巻き込まれるのであった。
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