第二章
第11話
あれから伊藤桜が徒然部に所属して無事五人が揃った。
お陰で部室も広くなって大満足だった。
といってもその前に俺たちがしなければならないことがある。
それは。
徒然部の大移動。またの名を引っ越し作業。
今まで使っていた小さな部室には古ぼけた雑誌やら身元不明の教科書やら探せば大量の出土品が発掘された。
「ほら渚、ちんたらしてないでさっさと運ぶっ」
「へい」
志保は頭巾をしてはたきで荷物をどこに運ぶか指示していた。
「はひぃ。先輩方人使いが荒いですぅ」
伊藤桜はぶつぶつ文句をいいながら縛った雑誌を焼却場へと運んでいく。
「まるで渚くん二号だよねえ」
「咲も同感です」
それをのんびりと観察するあおいにてきぱきと仕事をこなしながらも共感する咲だった。
「でもこれだけ部員が揃ったんだから来年の予算も増えるかもねえ」
「予算って誰が決めるんですか?」
「生徒会だよお」
猫が日向ぼっこをしているようなしぐさであおいは呟く。仕事が終わって手持ちぶさたになったのか咲はじっくりと話を聞く。
「でも生徒会相手だとひとつ問題があるんだよねえ」
「なんでしょうか?」
実はね、とあおいは明かす。
「志保さんって剣道部と徒然部掛け持ちしているじゃない?それをよく思っていない輩がいてさあ。そのなかでも一大勢力が生徒会にいるわけ」
「ええっ。それだと部費が降りないとかそういうことになりませんか?」
心配そうな顔をする咲。それに対してあまりフォローになっていない発言が続く。
「大丈夫じゃない。ただの横恋慕だし」
「横……恋慕?」
咲の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「志保さんってああ見えて実は優秀でしょう。それで去年生徒会に入らないかって話が来たんだよお」
「志保先輩ってすごいんですね!」
「まあまあそれはよかったんだけどねえ」
憧れの目で志保を一瞥する咲だった。あおいはどこかしょっぱい表情で話を続ける。
「志保さんあの性格でしょう。自分より弱い人間が自分の上に立つってのが受け入れられなくてさあ」
それでとあおいは呟く。
「その誘い蹴っちゃったんだよねえ」
「……」
沈黙が訪れて次の瞬間。
「それって大問題じゃないですかっ」
咲が叫ぶ。
「じゃあ生徒会と徒然部って……」
「因縁の関係だよねえ」
のんびりとした口調で物騒なことをいう。
「でも対立しているのはごく一部。生徒会長とだけだから」
「会長って一番偉い人じゃないですかっ」
ごまかすように言うあおいに対して思わず突っ込む咲だった。
「それで大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶ。平気へーき」
手をヒラヒラさせてあおいは咲に伝える。
「他の生徒会の人たちはわかってくれてるから」
そしてなにか不穏なものを感じたのか志保が二人の会話を遮る。
「二人とも私についてしゃべってるみたいだけど心配ご無用よ」
「ほうほう。ご本人から話が聞けるみたいだよお」
あおいが志保を煽るような口調で咲に話しかける。
「生徒会長がどんなことをいっても竹刀でぶっ倒せば大抵の話は通るから」
「それってどういう?」
「去年私と勝負して会長が負けたから生徒会の話は流れたわ」
それはどういう戦いだったのか気になったが咲は聞けないでいた。なぜならそれをすれば身の破滅を呼ぶから。
志保は暴力に生き暴力に死す女だった。
「あの人口のわりに弱いのよねえ。二年生から鳴り物入りで生徒会に入ったわりには口だけだし……」
思い出すだけ腹立たしいのかはたきでロッカーを叩き出す。
「ああ思い出すだけでイライラするっ」
「……」
恐れ入ったとばかりに二人は沈黙を始める。
「はひぃ。先輩方何をサボっているのですかっ」
働かされ過ぎてじっとりとした視線を伊藤桜が向ける。
「べ、別に油を売っているわけではないわ」
「サボる人はみんなそういうんですよ」
「くっ」
してやったりとにやつく伊藤桜を睨み頬を紅潮させる志保だった。
「ああムカつくあの生徒会長っ」
半ば八つ当たり気味にはたきを振る志保に周囲は戦々恐々としていた。
「みんなさっさと部室の移動終わらせるわよっ」
苛立ちをごまかすようにはたきをブンブン振るせいかほこりが舞い降りる。
「くしゅん」
俺がくしゃみをするとみんなが一斉にこちらを見る。
「ありゃあ渚くん、タイミング悪いねえ」
「うんうん。咲も同感です」
これから起きるであろう悲劇に二人は俺に同情していた。
「な・ぎ・さあああああああ」
「はいっ」
直立不動で志保の暴虐に耐える。
「あんたさっきからタラタラ仕事してそれでも真面目にやってるつもり?」
「すみませんっ」
明らかに八つ当たりなのだがこればかりは仕方がない。
志保と生徒会長は犬猿の仲なのだ。
それを説明していたあおいに若干の恨みはあったが。
咲は知らなかったので仕方がない。
我ながら身内に甘いと思うが。
「俺だってずっと働きづめだったし……」
「だってもへちまもありませんっ」
美少女が怒っている姿を見てかわいいなあと思う心情がわからない。
確かに志保は見目麗しい少女だが今の俺にとっては般若のごとく恐ろしい存在だった。
周囲の人間はそれを役得だの言うがこっちはとんだとばっちりだ。
「とにかく部室の移動が今の最優先事項なのよ」
だから黙って働きなさいと完全にパワハラまがいのことをいわれる。
「へいへい」
「返事は一回で十分よ」
俺は部室の備品を一人でもくもくと運んでいく。
大抵は安物なので一人で運ぶのは苦でない。
まあ俺以外全員女子だし。
力仕事は自然と俺の方に回ってくる。
普段から体は鍛えてあるのでいい機会だった。
部活には徒然部にしか入っていないがからだが鈍ってはいけないと筋トレは欠かせない。舐められたくないという気持ちもあってか筋肉はそれなりについていた。
「先輩はいわゆるマッチョというやつなのでは?」
伊藤桜が俺を横目に通りすぎ一言漏らす。
それは褒め言葉なのか。
ちょっと得意になると。
「私が言いたいのは筋肉ある人は私のような脆弱な人間を若干見下ろす節があるということです」
雑誌の束を片付け終わり息をはあはあさせている彼女はそういった。
「伊藤さん……変わらないなあ」
「人がそうそう簡単に変わってたまりますか」
小生意気な表情でこちらを見上げるのだった。
志保がパンパンっと手を叩く。
「これで大体終わりね」
「掃除も大体終わりました」
咲は掃除担当で雑巾できれいに床を磨いていた。
「……あおいは?」
「ボクは咲ちゃんを見守る係だよお」
「はひぃ。卑怯です」
文句を言う伊藤桜だがあおいに簡単にかわされてしまう。
「まあまあこれは先輩の特権だから」
同じことがしたかったら来年部員集めを頑張るんだよおと告げられる。
「来年かあ。俺たちも引退とかするのかな」
「まだ気が早いわよ」
まだ一学期が始まったばかりなのにと志保は呟く。
「でも来年はこの部活がもっと大きくなるといいな」
「そうだね渚先輩」
珍しく咲がうなずく。彼女も徒然部に入ったばかりだがやる気は十分のようだ。
「伊藤さんもがんばるんだぞ」
「ひぃ。権力の濫用。まさしく横暴ですぅ」
どうやら彼女は変わらずやる気はあまりないようだった。
それでも加入してくれると決めたのだ。
これからが楽しみだった。
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