第9話
翌日、伊藤桜は宣言通り部活の見学に来た。
「あくまで見学ですからね。先輩方がいやらしい目付きで私をエロ同人みたいにめちゃくちゃにしようと目論んでも私はまだ参加するとはいっていませんから」
「相変わらずぶっとんだ発想だな」
警戒心露にこちらを睨み付ける伊藤桜を俺たちは優しく迎えることにする。
「大丈夫だよ。とって食うわけじゃあるまいし」
「ひいっ。先輩私の身体を狙っているんじゃ……」
だからどうしてそういう発想になる。
「人間は人間に対して狼って言葉知らないんですか?」
「まるで俺が女に飢えている狼って言いたいみたいだな」
「ちがうんですか?」
失敬な。俺だって一応立派な紳士だ。
「伊藤さん安心して。渚以外はいたってまともな部員が集まってるから」
「さらっと俺が変態みたいな扱いはやめてっ」
顔を手で覆いしくしくと泣き真似をすると周囲が冷ややかな目で見てくる。
「いい年した男子のうそ泣きって見ていて辛いものがあるねえ」
「咲もあまり見たくありません!」
あおいと咲がやや引いた声で呟く。
「お前たちは俺の味方じゃないのかっ」
あまりの信頼のなさに思わず叫んでしまう。
「いやー友達ではあるけど味方っていうかねえ」
「うーん幼馴染みとしてもこれは見過ごせないよ」
二人して俺に冷たいんだから。
「ふひひやり込められてますね先輩」
「もとはといえば伊藤さんの責任だからな」
してやったりと怪しい笑みを浮かべる伊藤桜に俺はなすすべがなかった。
「さて活動を始めるかしら」
部長の志保が仕切り徒然部の活動はスタートする。
「まずは兼好法師のありがたーい教えを学ぶわよ」
普段は一切そういうことはしていないのだが伊藤桜が見学に来ているので真面目な授業みたいになっていた。
「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは」
仕方がないので部員一同が復唱する。
なんだか怪しげな集まりみたいになってきたぞ。
「さあ咲ちゃんこの意味は?」
「うー。すみませんわかりません」
「じゃあ、あおいさんは?」
「てへっボクもわかんないや」
彼女がかわいくポーズを作っても無視される。
そして志保がため息混じりに講釈を垂れる。
「これは桜の花が満開の時だけを見るものじゃないっていうありがたーい教えよ」
ありがたいって言葉を使うの二度目だな。
「どう渚、今度は古参のあなたが手本を見せる番よ」
って俺も真面目にやった方がいいのか。
でも伊藤桜が退屈するんじゃないかと不安になった。
そして案の定。
「ぐーぐー。すぴー」
「ぐっすり寝てるじゃねーか」
俺が突っ込むと彼女はようやく目覚めたようで。
「失敬な、先輩。むにゃむにゃ。私だって。むにゃむにゃ。起きてます」
「明らかに目をつぶってたじゃないか」
どうやら勉強が苦手なのははっきりした。
親が成績を維持できないと部活にいれないというのはやはり本気なのかもしれない。
「う、うるさいですね先輩。ちょうど今気持ちよく寝ていたところなのに」
「自分で認めたよ……」
真面目な話を聞いていると眠くなる性質は俺と同じようだ。
「見学に来てるってことは入部することを考えてくれてるんだろう?」
「うーん。それが親と交渉中でして」
なにやら複雑な事情があるらしい。そう感じた俺はなるべく慎重に尋ねる。
「それはどういう?」
「端的にいうと成績アップしないと無理だそうです」
予想通りだな。確かに彼女の親御さんならそういうだろう。
それで一番の問題というのは。
「伊藤さん成績は大丈夫なの?」
「小テストはいつも赤点です」
まだ中間テストは始まっていないから細々としたもので成績を判断されるのだろうがこれは厳しい。
「今度の中間テストで全て赤点回避できたら入部していいそうです」
「ずいぶんと厳しい条件だな」
何を隠そう俺も赤点の常連だからな。その難しさは熟知している。
「うちの学校は仮にも進学校だからな。俺みたいにまぐれで入ったやつには結構きついものがある」
「あんただって去年経験しているんだから彼女にアドバイスくらいできるでしょう」
「ううっでもなあ。去年は授業寝過ぎて気がついたらテストも終わってたからなあ」
これ以上聞くとげんなりしそうなのがわかる。ということで俺は伊藤桜と向かい合って苦手教科を聞く。
「今度のテストで不安な教科は?」
「ええと英語と数学と世界史と化学です」
見事に文理共通である。これは教えられる人材を探すしかない。
「あれえ。そういえばここに全教科満点とった逸材がいたような……」
わざとらしく志保の方を見る。
すると彼女はため息混じりに肩を竦める。
「仕方ないわねえ。一応全教科教えられるけどやるからには厳しくするわよ」
「ひいっ先輩余計な真似をっ」
恨みがましい目で伊藤桜は俺をにらむ。
「これじゃせっかく図書館で悠々自適にモラトリアムを楽しんでいたのが台無しじゃないですかっ」
彼女は俺以上の怠け者のようだ。確かにその気持ちはわからなくもないが部員の確保のためには非情に徹する他ない。
「悪いな伊藤さん……」
「ちょっとあんたも一緒に勉強よ」
志保に首根っこ捕まれた俺たちはなすすべもなく引きずられていく。
「一年生の範囲全く覚えてないの知ってるんだからね」
「くそお俺のバカ」
人助けのためと思ったが結局俺も伊藤さんのとばっちりを受ける。
「今度赤点とったら留年するってわかってる?」
「わかっていても勉強は嫌なんだあ」
俺がそう呟くと伊藤桜も同調する。
「先輩どうか私にご慈悲を……。勉強するのは嫌なんですう」
ここまで来ると俺がもう一人いるみたいだな。
「やっぱりボクの予想通りだねえ」
あおいはのんびりとした口調で話す。
「伊藤さんの勧誘は一筋縄ではいかないって感じてたけど」
まさか。俺まで勉強するはめになるとは思わなかった。
「渚くんご愁傷さまあ」
まるで仏に手を合わせるようなポーズで俺を拝むあおい。
なんか俺が死んだみたいじゃないか。
「渚……先輩を見てると咲も勉強した方がいい気がしてきたな」
「咲ちゃんは心配しないでも大丈夫。渚のは自業自得よ」
ふんと鼻をならす志保だった。
「今から一年のテキスト取り出すからあおいさんはこの二人を見張ってて」
「志保おまえテキスト持ってるのか?」
「まさかあんた持ってないの?」
「うん」
正直に告白しよう。俺は三月末に間違って高校一年のテキストを漫画雑誌と共に処分してしまったのだ。ちょうど衣替えのシーズンだったし。
「てへっ」
あおいの真似してごまかそうとするが。
「あんたがやっても気持ち悪いだけよ」
そしてどこに隠していたのか竹刀が飛んでくる。
「ま、待って。俺はまだしも伊藤さんはこういうのに免疫ないだろうから野蛮な行為はやめた方がいいよ」
「今後は伊藤さんにも慣れてもらうわ」
そして俺の鼻筋に竹刀を構える。
「はひぃ。とんでもない部活です」
伊藤桜は腰を抜かしその場にへたりこむ。
かくして俺たちの苦行は志保の手により始められるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます