第8話

「ねえねえ渚くん。伊藤さんが帰ったのはいいけどボクになにか話すことがあるんじゃない?」

 いたずらっぽく微笑むあおいに俺は返事をする。


「何かって一応伊藤さんの勧誘うまくいったみたいだしお前の勘は外れたんじゃないか」

「ふうん。渚くんがそう思ってるならいいけどお」

 志保と咲他の二人は不思議そうな顔をする。

「どうしたの。虫の知らせでもあったのかしら?」

「先輩も慎重ですね」

 俺も彼女たちに同感だ。伊藤桜は俺たちの誘いに乗ってくれた。それだけで十分ではないか。


「だってさあよくよく考えてみて彼女は持ち帰るって言ったんだよお」

「言われてみると不安になってきたな」

 俺がうなずくと他の二人もふんふんと話を聞く。


「まだまだ安心はできないってことだねえ」


「って不安をあおるようであれだけどそろそろ下校時間なんだよねえ」

 あおいはニッと笑う。


「せっかくだからさ行きつけのたい焼き屋さんにいこうか」

「それはいいな」


 あおいの誘いに俺は真っ先に乗った。

 すると志保と咲も参加したそうな様子だった。


「ねえそれ私も一緒に行っていいかしら?」

「先輩たちが行くなら咲も一緒がいいです!」


 志保も咲も甘い物好きだ。これはいい機会だと便乗してくる。


「それじゃみんなで行くか」

「ふふーん。ボクと二人きりになれなくて残念だったねえ」


 あおいとはクラスが同じなので毎日顔を合わせている。だから二人きりになることも多い。といっても大抵彼女の話を俺が一方的に聞いているだけだが。


 それもかなりマニアックな話を。今は能を確立した世阿弥について調べるのがマイブームらしい。


 と話がそれてしまった。


「さあ皆の衆、今日いくたい焼き屋さんは特別だよ。なんと天然物!」


 自慢げにあおいは胸を張る。グルメの人って自慢したがりが多いのが不思議だ。


「先輩、天然物ってなんですか?」

「たい焼きに養殖も天然もないと思うけれど」


 ちっちっちとあおいは人差し指をたてる。


「わかってないなあ。天然物っていうのは一匹一匹を専用の型で焼くすごく難しい技術なんだよお」


 その説明に二人は興味をもったらしい。


「特に今日いくお店は老舗のところでねえ。都内でもわずかにしか残っていない絶滅危惧種のお店なんだよお」


 説明を聞くごとに二人の顔は輝いていく。


「咲も食べたいです!」

「私もちょうど小腹がすいてきたところだったのよ」


 志保と咲はそれぞれおお財布の中身を確認する。


「お母さんから昨日ボーナスもらったから全然大丈夫!」

「私もおこづかいはまだ足りているから」


 お財布事情はかなり潤沢のようだった。だけど気がかりがある。真面目な志保のことだ。家の人は食べ歩きは禁じていないのか。家が厳しくないのか気になったので質問してみる。


「お前の家歩き食いとか大丈夫なのか?」

「おじいさまにばれなきゃ大丈夫よ。何より私は今お腹が空いているのっ」


 志保の色白の頬がほんのりと赤く色づく。

 どうやら本当に楽しみにしているらしい。


「ねえお店はどこにあるの?」

「そこが隠れた名店でね。普通の人が見過ごすようなところにあるんだあ。でも路地裏にはたい焼きの焼けるいい匂いがして最高なんだよお」


 あおいとはなんどもその店に通っているが、思い出すだけでぐるぐるとお腹の虫がなる。


「今の音、誰のかしら」

「さあ誰でしょう」


 すっとぼけるがすぐにばれてしまう。


「渚……先輩、子供じゃあるまいし」


 見た目小学生の咲にまで突っ込まれる始末だ。


「あはは渚くんもお腹すいているんだあ」

「まあな」


 放課後の食べ歩きほど旨いものはない、というのが俺の持論だ。


「巡回している先生たちに見つからないように早く行くぞっ」


「ありゃあ張り切ってるねえ渚くん」


 言い出しっぺのあおいより俺たち三人の方が乗り気になったようで。

 四人仲良く学校を出るのであった。


 ***


 その店、まめこ庵は込み入った路地裏にあった。

 もとは闇市だったところを改装しているらしく道幅は狭いがそれがかえって秘密基地のようでワクワクする。


「こんにちは大将」

「おういらっしゃい!」


 年期の入った露天では大将がいつものようにたい焼きを焼いていた。といっても普通のたい焼きとちがうのは。彼が一つ一つちがう型で丁寧に焼いているところだ。


「今日は友達いっぱいつれてきてありがとうなっ」


 大将はがははと大声で笑う。そうすると周囲に響き渡り路地を通る人が何事かとちらちら視線を向けてくる。


「俺としたことが……。つい嬉しくて大声だしちまった。まあ今日は好きなものを注文してくれよなっ」


「なははは。大将からはいつも元気をもらってるよお」


 あおいは愛想よく笑う。彼女自身は友人が少ないというがこれを見てる限りそうは思えない。俺よりもずっと世渡り上手な人間だ。


「くんくん。確かにいいにおいー」

「本当に一個一個別の金型で作っているのね」


 咲と志保は感心したように呟く。


「おうおうお嬢ちゃんたちも気に入ってくれたか?」


「大将鼻の下が伸びてるよお」


 かわいい女子に囲まれて彼はやにさがっていた。

 少しだらしがないが仕事には妥協しないところが大将のいいところだった。


「じゃあ注文させてもらおうか」


 俺がまとめて注文をとることにして三人の希望をとる。


「咲はこしあん!」

「私は栗がいいわ」

「ボクは季節限定の桜味がいいなあ」


 時間がかかると思いきや意外と早くに決まった。

 俺がいつもここに来るときは数分は迷うんだけどな。


 決断力があるのはいいことです。


「じゃあこしあん、栗、桜を一個ずつと……。俺はいつもの黒豆をお願い」

「あいよっ」


 注文すると大将は一個ずつ丁寧にたい焼きを作っていく。鉄板の上に生地を引いてその上にトッピングをのせる。四人全員分を作るのは骨がおれるので二匹ずつ作ってくれる。


「お嬢ちゃんたち、熱いうちに食べなっ」


 出来立てのたい焼きを手渡され三人は思い思いの表情をしていた。

 でもみんなどこか目を輝かせワクワクしながら最初の一口をかじる。


「うーんあんこがしっとりしていて最高!」

「皮もパリパリで美味しいわ」

「やっぱり大将のこの味だねえ」


 俺も黒豆味のたい焼きを頬張る。

「今日もうまい!」

 なかには大きな黒豆とそのペーストが入っていてなかなか美味しい。

 これが俺のお気に入りだった。


「ははっ喜んでくれるのが楽しみでやっているようなもんだからな。そう言ってもらえてたい焼き屋冥利に尽きるぜ」


 大将はやはり大声でがははと笑う。


「それより坊主、今日はいつもの嬢ちゃんだけでなく他に二人も連れてどんな風の吹きまわしだ?てっきり俺は彼女と付き合ってるのかと思ってたんだが」


「ちょっとやめてくださいよっ」


「照れんな照れんな」


 まさか俺とあおいが付き合っていると思われるとは。

 俺たちは数少ない友人同士だ。


 お互いクラスでは友人が少ないので自然と二人での会話が増える。

 だからそういう噂する輩もいたがいたって健全な仲だった。


「むう。咲は徒然部の後輩なんです!」

「私も同じ部活なのっ。今日は成果があったからみんなで祝いに来ただけよっ」


 そして咲と志保はなぜだか対抗心を燃やしてくる。


「あらあらモテモテだねえ渚くん」


 しかも言われた当のあおいは全く気にしていないし。


「なんだかよくわからねえがモテる男は辛いなっ」


 そして元凶である大将は楽しそうにがははと笑っている。


 まあたい焼きは旨かったし、結果オーライとしよう。

 明日は伊藤桜が部活に見学にやってくるはずだ。

 それまでに俺たちは結束を強める……予定だった。

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