第5話

 あらたにあおいが仲間に入った徒然部であったが部員をあと二人集める必要があった。一人は一年生の伊藤桜が候補だったがもう一人については皆目見当がつかなかった。

 ということで俺たちは一旦解散することになり自宅へと帰る。


「ただいま」


 自分で鍵を開けて自宅に帰る。今日も俺は一人だった。両親は海外に赴任していて時おり親戚のおじさんが俺の様子を見に来るだけだった。


「今日もコンビニ弁当でいいか」


 夕飯を用意するのが面倒なのでいつもコンビニの食事にたよりきりだ。本当なら自炊すべきなんだろうが俺にそのスキルはない。


「はあ徒然部の部員が増えたのはいいけどなんだか疲れたな」


 志保にやられた傷を治療しながら俺はコンビニ弁当をあたためる。

 しかしレンジでチンするだけって簡単だな。

 俺が料理するとダークマターが生まれるので料理は避けているのだ。


「志保のやつ……まったく遠慮しないからな」


 あれを甘えていると言うのなら子猫と戯れた方がましだ。

 そっちの方がよほど癒される。


 確かに志保は肩までの黒髪に陶磁器のように白い肌、無駄のない体つきは美しいの一言につきるがその性格に難がある。


 所属する剣道部では真面目に活動しているらしいが徒然部、特に俺相手だと容赦がない。それがなぜなのかと言われれば俺もわからない。


 稲葉先生いわく甘えていると言うことらしいが。


 いかんせんわからないことばかりだ。


 考え事をしているとピンポーンとインターホンが鳴る。


「はいはいどちらさまですか」

「お隣の咲でーす」


 画面にはぴょんぴょん跳ねる少女の姿が映る。

 彼女は幼馴染みの山瀬咲だ。年は一個違い。つまり高校一年生ということだが。

 その幼い容姿からせいぜい小学生か中学生にしか見えない。


「ちょい待ち」


 ガチャッと扉を開くとタッパーを持った少女の姿が目に入る。

「今日もどうせコンビニ弁当でしょ。せっかくだからってお母さんからの差し入れ」

「おお悪いな」

「遠慮なんてしてないでうちに遊びに来ればいいのに」


 咲はいつもの笑顔でそう呟く。

「おばさんにはいつも世話になっているからな。これ以上気を使わせたくないんだ」

「コンビニ弁当だけ食べる食生活は十分お母さんに心配かけてるよ」


 見た目小学生に心配されていると言われてもなんだか子供が怒っているみたいでほほえましかった。


「咲はえらいな。よしよし」

 頭を撫でてやると咲はプイッと顔を背ける。


「もう渚のバカ」

 本当に心配しているんだよと咲は頬を膨らませる。


「咲はなでなでされてコロッと騙されるチョロインとは違うんだよ」

「お前どこでそんな言葉覚えてくるんだ」

 咲はところどころオタク用語を使う節がある。それが心配になるが本人はうまくやっているらしい。


 昔は引っ込み思案で俺のあとをくっついてまわっていたが今では立派に成長して俺の心配までしていい娘だ。俺は志保と比べて一人うなずいた。


「いやお前も立派になったと思ってさ」

「ふふーん。ようやく咲のすごさに気がついた?」


 誉めると得意気になるところがチョロイのだがそこは本人は気にしないらしい。


「咲は誉められたら素直に受け止めるって決めてるの」

「それはいい心がけだな」


 素直に育ってくれたのはご近所のお兄さんとしては嬉しい。


 咲は見た目は小学生なのでつい親目線になってしまうのだ。


「じゃあさ一緒に夕飯食べよう」

「あれ?お前夕飯まだ食べてないのか」


 玄関で話をしているのもなんなので部屋にあげる。

 私服の咲はやはり幼くてまだまだ子供なんだなと思うと頬が緩む。


「咲はお母さんと一緒に料理したからときどきつまんでたけどがっつり食べるのはまだなんだ」

「じゃあ一緒に食べるか」


 テーブルの上にあったコンビニ弁当がどこか寂しげだった。

 男一人が食事ってこんなに孤独なものなのか。


「というか渚、またコンビニ弁当食べてたの」

「まあ楽だからさあ。俺もわびしいなとは思うけどさ」

「仕方ないなあ」


 咲はちゃちゃっとキッチンで野菜炒めを作ってくれる。

 それに彼女の母が作った筑前煮をレンジで暖めるとそれなりの食卓が出来上がった。


「久々に立派な食事をとる気がする」

「咲さまに感謝しなさい」


 えっへんと胸をそらす少女に思わず笑ってしまう。

「はいはい。ありがとな」

「なんで笑いながら?」


 ちょっとムッとした姿もなんだかんだでかわいい。

 ショートカットの黒髪を揺らす姿は少し大人っぽいがまだまだ子供だな、と言動から思うのだ。


「うー。咲は結構心配してるのに渚は能天気だなあ」

「お前の料理うまいよ」


 親譲りの料理のうでは確かだった。筑前煮を一口食べるとこちらもほどよく柔らかく炊けていて彼女の母の愛情の深さを感じる。


「今日はさ、一日忙しかったからこうやって誰かと食事とれないと思ったけどお前が来てくれてよかったよ」

「へえ。今日は学校どうだったの?」


 彼女には大体のことを話している。

「志保のやつがさ、徒然部の部員を増やすって言い出してなんとか一人確保した。もう一人候補もいてさ。だけど最後の一人が見つかんなくて」


 部室を大きくするためには五人部員が必要となる。

 せっかくだから広い部室で活動したい。なので部員も多いに越したことはない。


「咲お前も入るか?」

 そういえば彼女も同じ高校にいるのだから誘ってみる。


 すると咲の表情が明るくなる。

「いいのっ?」

「他のみんなには俺が話をつけておくからさ。まあまずは部長と顧問の先生の了承を得る必要があるけど」


 勝手に話を進めて怒られる可能性もあるので事前に断りをいれておく。

「せっかく渚と同じ高校に入ったんだからいいかもね」


 どうやら咲は乗り気のようだった。

「なんだか渚の話聞いてると楽しそうだし」

「でもお前部活とか大丈夫なのか」


 そういえば彼女は部活に所属していない。それは家の手伝いで忙しいからで。

「確かにうちは兄弟多いけど部活に入るくらいならお母さんも怒らないし」


 咲の家は大家族だ。だから家の手伝いや雑務に時間を使うことが多い。

 何より咲はからだが弱い。だから親が心配するような激しい運動はできない。


「徒然部なら楽しそうだし渚もいるからOKしてもらえそう」

「そっか」

 彼女の複雑な事情を心配していたが余計なお世話だったようだ。


「じゃあ明日話してみるからな」

「ありがと。それより咲の料理の味はどう?」

「旨いよ」


 ささっと作った野菜炒めは野菜がしゃきしゃきで美味しい。油でベタッとするわけでもなくちょうどいい歯応えで食事が進む。


 ご飯は炊いていないのでパックご飯だったがそれでも十分美味しい。

「渚、これからはご飯ちゃんと炊くんだよ」


 咲もパックご飯を食べているがあまり好きではないらしい。

「そうだな。これから自炊でも始めるかな」

「やめときなよ。渚の料理ってヘドロになるじゃん」


 料理を勧めたいのかやめさせたいのかどちらなんだろう。

「ま、ご飯炊くくらいなら手間でもないし、それくらいやるか」

「うん。おかずはうちから持っていくから」


 かくして俺と咲は食事をすすめる。二人で食べるご飯は暖かかった。

「今日はお前が来てくれて助かった」

「困ったときはお互い様だよ」


 咲が笑うと俺も自然と笑みが浮かぶ。

 明日咲を徒然部に紹介しよう。そう決心したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る