第4話
俺たち三人はあの下級生に照準をしぼり勧誘することに決めた。
確かに最初は断られたけど彼女は読書好きのようだし徒然部に興味を持ってくれるはずだろうと打算した結果だった。
ということで情報収集だ。
まずは図書館の先生に聞くことに。
「先生、いつも眼鏡かけて読書している子がいるじゃないですか。彼女って一年生ですか」
「ええそうよ。たしかC組の伊藤桜さん」
俺の質問にすんなりと答えてくれた。これはラッキーだった。クラスと名前の情報まで手にはいるなんて。
「でも成績ギリギリの山谷くんが図書館に来るなんて珍しいわね」
「あれっ俺って覚えられてるの?」
「もちろん先生は全員の名前と顔を覚えているわよ」
やる気のある教師というのは結構すごいなとひとりごちる。
「それに山谷くんは有名だからね」
「確かにそうだねえ」
一緒にいたあおいがうんうんうなずく。
「ボクも成績良くないけど渚くんはさらにその上をいくカリスマだからねえ」
「……その使い方間違えていないか?」
あおいがにへらと笑う。
「ええだってさあ自分より成績悪い人いると大概の人は安心するじゃん。渚くんはいわゆる癒し系ってやつだよお」
「これ以上突っ込むのはやめにした方がよさそうね」
図書館ないに私物を持ち込むのは禁止なので竹刀を珍しく使えない志保はテンション低く声を漏らす。
「とにかく私たちは伊藤桜さんを新入部員として確保することに決めたから」
残りあと一人の候補も探しておくようにと告げられる。
「あらあらなんだか楽しそうねえ。若いっていいわねえ」
図書館の先生はそれをほほえましく眺めている。
「結構俺たちも必死ですから」
部がつぶれない危機から脱したとはいえ大きな部室を使うことを約束してもらったのだから可能性にはかけるべきだ。
「真面目な渚くんを見てると今日は嵐が来るんじゃないかって心配になるよねえ」
「俺ってそこまでやる気ないと思われてたのかよ」
あおいはからからと笑う。
「まあ今は食事する怠け者レベルだけど」
「だからなんで例えが常に怠け者なんだよっ」
その関係を見て志保はため息をつく。
「二人ともじゃれあうのは結構だけどここが図書館ということを忘れないように」
真面目な彼女らしい言葉が出る。
「そうだな。情報はつかめたことだしまずは稲葉先生に報告にいかないと」
というか俺がしきっていていいのだろうか。
珍しくおとなしい志保に俺は戸惑う。
「いいのよ。じゃあ部室に戻らないと」
「あいあいさー」
あおいはのんきに返事をする。俺もこいつくらい適当に生きていられたら楽なんだろうなと思う。まあ俺の方が素行に問題があったりするが。
「ふんふふーん」
「鼻唄歌わない」
繰り返されるボケに苦労するのは目に見えているがあおいを入部させたのは失敗ではなかったかもしれない。
彼女には彼女の力がある。それを活用できたら徒然部ももっと活発になるだろう。
***
「あらあ柊あおいさんは彼女なのね」
部室でお茶をすすっていた稲葉先生はあおいを見るなり歓迎してくれた。
「山谷くんもお友だちがいたのねえ。先生安心したわ」
一応学校に出席しているところだけは取り柄だ。勉強は下の下だけれど。
「そうなんですよお。志保さんと渚くんがどうしてもって言うからあ」
「というか志保珍しく大人しかったな」
「私は教師がいる前では真面目に振る舞うって決めているの」
「それってあんまり意味ないような」
再び竹刀を手にした志保は俺の前に構えている。
「失言でした。すんません」
「頭が高いわよ」
まるで時代劇の将軍のようだ。彼女のコードネームは暴れん坊志保ちゃんに決定だ。
「今失礼なこと考えていたでしょ」
「そんなわけないぞ」
竹刀が徐々に近づいてくるのに怯えながら俺は必死に否定する。
こいつは俺の心が読めるのか。サイコメトラーみたいだな。
「あなたの考えることがわかってため息が出てきそうだわ」
俺って志保が言うほど分かりやすいのか。まあ相手が頭がいいだけなのかもしれないが。
「でも猪突猛進タイプだからな」
ぼそりと独り言を呟くとはあとため息を疲れる。
「ちょっと今ため息が出そうだとは言ったけど実際にため息つかなくたっていいだろう」
「二人とも仲いいねえ」
ちゃっかりあおいは稲葉先生に取り入りつつ俺たちをからかう。
「全然仲よくないわよっ」
それを一気に否定する志保だった。
「否定するのはやいねえ」
それを微笑ましく眺める稲葉先生とあおい。
「なんだかボクも先生の気持ちがわかる気がするよお」
「あら先生嬉しいわ。ごほうびとして柊さんに飴ちゃんひとつあげるわ」
大阪のおばちゃんみたいな台詞だな。というか俺たちがいがみ合っているなか二人は急速に仲がよくなっているし。
「先生どうして志保は俺だけに厳しいんですか」
分からないので本人に聞けるわけもないことを第三者に質問する。
「蕪木さんは甘えベタだからね」
長年俺たちを見てきた先生の言葉はよく分からないものだった。
「甘え……ベタ?」
志保が甘えているとしたらなににたいして?俺は常に彼女の暴力に怯えているだけだだぞ。
「バカ言わないでくださいよ。こいつと戦うくらいならサーベルタイガーとフォークダンスした方がましですよ」
「私とサーベルタイガーが比較対象なのはどういうことかしら」
俺の軽口にすかさず竹刀を構えだして叩こうとする志保。
「渚あんたって人はっ」
バコッ。
「人のことをっ」
べシッ。
「なんて思ってるのかしらっ」
ズコッ。
竹刀でぶっ叩かれ地面にひれ伏す俺だった。当然だが全身がひどく痛む。
「この暴れん坊志保ちゃんめっ。痛いじゃないかっ」
「あら心のなかでそう悪口を言っていたのね」
またもや竹刀が一振り。
「痛ええええええ」
思わず悲鳴が出てしまう。
「先生が余計なこと言うから俺がひどい目にあったじゃないですか」
「自業自得よ」
顔を真っ赤にして今度は竹刀をバットのようにもって素振りを始める。
「弱いものいじめはいけないんだぞお」
「あんたはバカだけど弱くはないでしょ」
冷たい指摘が入る。
「二人とも遊ぶのは結構だけど部室の中で暴れられると人の迷惑になるよお」
あおいがフォローになるのかわからないことを言う。
「じゃれあうのはいいけど場所をわきまえてね」
ついでに稲葉先生も少しだけ厳しい声で注意する。
「はーい。ほら志保も謝る」
「……すみませんでした」
志保はバカ真面目だから素直に謝る。こういうところはかわいいんだけどな。
「さすがカップル目前と目されている二人息ぴったりだねえ」
「あおいやめておけって……」
俺なんかと付き合っていると思われたら志保は当然怒るだろう。
だが。
「付き合う目前……どういうことかしら?」
言われた当の本人もポカンとしている。
「二人とも無自覚天然だからねえ」
あおいはあきれたような目でこちらを見つめる。
「ま、とにかくボクも部員になったからにはバシバシ意見言ってくるからねえ」
「あら柊さん、それは心強いわ」
どうやら稲葉先生に取り入ることは成功したようだ。彼女は人と仲良くなるのがうまい。それなのに友人は少ないと言うのは意外だ。
「あおいさんありがとう。でも今日はこれで一旦お開きにしましょう」
真面目な話になったからか志保もうなずく。
かくして俺たちはそれぞれ帰宅することになった。
現状:部員三名
目標:部員五名
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