第3話
かくして新入部員が一人増えたところで俺たちはもとの部室に戻った。
「というかあと二人って心当たりあるかあおい?」
「ボクも知り合いとかあんまりいないしなあ」
柊あおいは緩い癖のある前髪を掻き分ける。普段の気の抜けた表情とはちがってどこかアンニュイな雰囲気がする。
「蕪木さんはもう手当たり次第やっちゃったって感じだもんねえ」
「その言い方には語弊があるわ」
少しだけムッとする志保だった。彼女は先程までの長い黒髪をひとつ結びにしている。それに眼鏡を足すといかにも優等生な雰囲気が漂う。
「では議会を始めます」
「ぎかいってなに?」
あおいは不思議そうな顔をする。
「ああ部活ってすることほとんどないから趣味で議事録とってるの」
「趣味とは失礼ね」
志保はそういいつつも新たなメンバーが入ったことでどこか嬉しそうだった。
「さて柊さん」
「あおいでいいよお」
二人とも距離を測りかねているようで微妙な距離感だ。
「じゃあ私も蕪木じゃなくて志保でお願い」
「りょーかい」
敬礼のポーズをとるあおいに対してどう反応していいか志保は困っているようだった。変なところが真面目なのだ。
「それで新たな部員をさらに二人増やさなければならないのだけれど誰か心当たりがある人挙手」
「ない」
「いないよー」
俺たちは全員交遊関係は狭い方だ。あおいは人当たりはいいが意外と毒舌だし、志保は真面目すぎてとりつく島もない。俺は論外だ。
「では徒然部の部員の心得を」
これは部が始まってからの伝統らしく兼好法師が綴った文章を読み上げるだけだ。
「徒然なるままに日暮硯に向かいて心に移り行くよしなしことをそこはかとなく書きつくればあやしうこそものぐるおしけれ……」
俺が答えると次はあおいの番になる。
「ええ……徒然なるままに……日暮……硯に向かいて……そのあと忘れちゃったっ」
てへとかわいくごまかそうとするが志保は竹刀を振り上げる。
「あおいさん、新入部員だから許されると思ってるのかしら」
「ちょっと志保、やめとけって」
さすがに徒然草の冒頭は覚えていると思ったが古典好きのあおいにも弱点はあったようだ。
「それよりさギリシャの話しない?」
「あらあなた古典が好きとか聞いていたわね」
ふんふんとうなずくあおい。それに対してやはりどこか警戒している志保だった。
「ギリシャはすんばらしんだよ。なにせレスボス島で女の子囲っていた話や美少年との恋愛やらとにかく楽しいことで一杯なんだよっ」
「……」
あおいは熱弁を振るうがここで普通の感性を持ち合わせた志保はフリーズした。
「ねえさっきあなたが危険って言ったのは」
「あおいはその……同性間の恋愛が……その好きなんだ」
なんで俺が告白したみたいな形になってるのかは気にしないことにしてあおいが嬉しそうにピースをする。
「えへへ。やっぱりギリシャもいいけど日本も薩摩藩とか最高だよね。美味しい話でいっぱいだし」
「……」
非常に不味い。志保は言葉を失っている。
「あれえ志保さんってそういうの無理系?」
「バカ。大抵の人は引くって」
「でも日本でもそういう文化は珍しくなくてさあ」
「だからやめろって」
俺が必死で制止するがあおいは黙ることを知らない。
「江戸時代の大奥とか秘密が一杯だったんだよお」
禁じられたもの同士の恋愛に熱が入る姿に頭を抱える。
やっぱりあおいをこの部にいれたのは間違えだったかもしれない。
「おい立ち直れなくなったら早く言うんだぞ」
「わ、私だってそのくらいのことには理解があります」
「志保、無理していないか」
その言葉に竹刀がビシッと地面に叩きつけられる。
「この蕪木志保、いちいち小さいことで驚くような人間ではないわ」
「へえ理解しあえて嬉しいよ」
明らかに無理してるだろって感じでこめかみをひくつかせているが彼女は首肯した。
「じゃあもう一回握手」
お互いてを握り会うがやはりどこかぎこちない。
それも当然だろう。
俺もいきなりカムアウトされたら絶対困ると思う。
「こほん。あおいさんが古典に詳しいことはわかったわ」
「あと歴史もね」
極めて限定的な範囲であってだが。
「これから新たな部員をいれるのに際して意見を求めてるのよ」
志保は強い口調でそういった。
「うーんやっぱり読書好きな娘とか?」
「それか俺みたいに部活に入らないと成績やばいやつ」
珍しく生産的な意見が出たと思ったが。
「渚くんのアイデアは却下ね」
「なんで」
「だって成績が危ない人って大概出席も危ないんだもの」
つまり部活に参加する可能性が低いということだ。
「確かに……。じゃあ読書好きから探すか」
「となると探すべきは図書館の中だね」
あおいが手をあげて発言する。
「そうね。特に文庫本を山ほど借りている子とかよさそうね」
そう簡単に見つかるものなのかと疑問だったが三人の意見はとりあえずまとまった。
「レッツらゴー」
あおいが楽しそうに掛け声をかける。それにあわせて小さくおーと声を出す。
「ふふっ楽しくなってきたわね」
志保も立ち直ったらしく率先して図書館に向かっていった。
***
「あーいたいた」
「こら大声出すな」
あおいがのんきに喋り出すのをたしなめつつ俺たちは部員候補となる生徒を探した。
放課後の図書館は人がまばらだ。大抵は暇をもて余している学生だがなかには猛勉強をしている猛者もいる。俺たちが邪魔していいような場所ではなかった。
「渚、ちょうど良さそうな子がいたわ」
その娘は下級生であることが明らかだった。体つきは小柄だし縁のある眼鏡をかけて一心不乱に読書をしていた。
でも本が好きイコール徒然部に入りたいと繋がるわけではなだろう。
俺はいささか不安だった。
「心配するより当たってくだけろ、よ」
案の定志保は俺に命令してくる。今回は図書館にいるので竹刀は携帯していないが迫力はそのままだ。そして一応彼女が部長なので逆らう気力もわかない。
「あのさ、君ちょっと時間ある?」
「なんですか」
眼鏡の少女は三つ編みで髪をまとめていた。その冷たい視線からこちらに興味がないのは明白だ。
「徒然部って聞いたことある?」
その言葉に少女は一気に顔つきが変わる。
「ごめんなさい。私部活には入らないって親との決まりがあるの」
「いや全然厳しくない部活だし……」
「とにかくダメなんです」
意思の強い瞳で断られると俺も強くは出られなかった。
「ひとまずここは撤退ね」
かくして俺たちは図書室を後にすることになった。
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