16

博斗が振り向き、母親を中に招き入れた。


「…!」

五人は、驚きのあまり声を失った。

けれど同時に納得した。


博斗は、かつてシータと呼ばれていた稲穂の肩を静かに抱き寄せた。

子どもが手を伸ばして稲穂の髪に触わって笑った。


「この人が、来年から、うちの生徒会顧問になるんだ。それで、その…」

博斗はそこで言葉につまった。

柄にもなく顔が真っ赤になっている。


「言って」


稲穂に耳元でささやかれ、博斗は複雑な表情を浮かべた。

「あー…俺の、ヨメさんだ」


遥達はなにも言い出せず、パチパチと瞬きしていた。


後ろでは快治がまだ大声を上げて笑っている。


「そんなに笑うこたぁないじゃないですか、快治さん。俺は真剣にこいつが好きなのに」

「わかっているよ、わかっている。あまりに、君達が幸せそうでな、それが、どうしようもなく、素晴らしくてな。無性に笑いたい気分なんだよ」


遥は、ようやく口を開いて、尋ねた。

「どうして?」


「俺とシータはカプセルで一緒に脱出したんだ。それから、ずっと一緒だった。二人で助け合って生き延びた。いや、はっはっは、男と女が二人っきりで、生きるか死ぬかもわかない状況に陥ると、なんというか、こう、子孫を残そうという人類としての生存本能が働いてというかなんというか…あ、あはははは」


「それで結ばれたってわけですか?」

遥が、少しだけ怒ったような表情を浮かべた。

でも、怒りたいのか笑いたいのか。

どっちでもいい気がしてきた。

だって、ほんとうに、稲穂が、すごく幸せそうで、優しい顔をしているから。


博斗は弁解がましく言った。

「いや、その、夜になると、けっこう稲穂って怖がりで、あんまりこの、可愛かったもんで…」


「…な、なに言ってるんですか」

稲穂は顔を赤らめた。


博斗は真顔になった。

「まあさ、稲穂には、こうして俺と一緒にいることが、罪滅ぼしになるんだと思うよ。俺と一緒にいる限り、稲穂は自分の過ちを忘れることがない。そして、自分が負った責任も、果たすことが出来る」


「稲穂の責任って?」


「稲穂と、俺の責任だ。ひかりさんから託された責任。確かに、すべてが終わった。でも、これからが始まりなのさ。この子が、俺達の、責任なんだ」


博斗は、小さな娘をひょいと抱え上げると、すたすた歩き、生徒会室の窓から優しく降り注ぐ午後の陽光の元に、持ち上げた。


「これから、この世界で、どんなにつらいことや苦しいことがあっても、どんなに影がこの世界に垂れ込めても、光はいつもこの子とともにある、そんな、気がするのさ。この子は未来への光なんだ。未来に光を絶やさないように。それが、俺達の、責任だ」


陽のきらめきがその顔を照らし、世界の幸せをすべて代弁したように、晴れやかに笑った。


「そういえば、まだ、その子の名前、聞いてませんね。教えてくださいよ」

遥が言った。


博斗は振り向いて、笑った。

「いま、言っただろ? もう一度言おうか? この子の名前は…」


博斗は、ゆっくりと噛み締めるように娘の名前をつぶやいた。



<本編 了>

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