14

ドアが開いた。


そこにいるはずがないと五人の誰もが思っていた姿が立っていた。


遥は、足ががくがく震えるのを止められなかった。


相変わらず、てきとうな格好。

髪はぼさぼさ、セーターに、ジーンズ。

理事長になるって言っても、なんにも変わってない。

顔は、だいぶ、日焼けしたみたい。

なんとなく、彫りが深くなったように見える。


だけど。

だけど。

だけど。


「よっ!」

博斗は、昨日も学校で会っていたみたいなシャクシャクとした表情で、手を振った。


最初のひとことをなんにしようか色々と考えていたが、結局、これしか言えなかった。

それ以上は、言葉につまった。


「うわああぁぁぁっ!」

遥が真っ先に飛びついた。


「なんだよ、泣くことはないじゃないか」

と言いながら、博斗も、少し涙ぐんでいた。


「どうして、どうして、いままでなんにも…」


「許してくれよ。俺だって、みんなに会いたかった。すごく、会いたかったさ」

博斗は、ごく手短に、五人と別れてからのマヌとの決着について話した。


「ひかり先生は、亡くなったのですか…」

由布がつらそうに言った。


でも、いちばんつらいのは博斗先生のはずなのに。

どうして、こんな、いつものような、さっぱりとした表情でいられるのかしら。


「それから、カプセルで脱出したんだけど、カプセルの落下先が、アマゾンのジャングルのなかでね。ほんとならセルジナのアカデミーだった神殿に着くはずだったらしいんだけど、一人乗りに二人乗ったもんだから軌道がずれたらしくてさ。まあ、たいへんだったよ。虫食ったり、蛇の皮はいだり、水飲もうとしたらワニと睨めっこはしてるし、はっはっはっ」


「す、すごいね、博斗」

「博斗先生にかかると、大冒険も一言で済まされてしまうのね」


「んで、まあ、やっと人里に着いた頃には三年経ってたってわけだ。いや、まったく、たいへんだったよ。死ぬほうが楽だと何回思ったかしれないな。でも、俺は、死ななかった。死神の誘いも蹴って突き飛ばした。俺は、まだ死ねないからな」


博斗は、五年ぶりに見る五人の顔を、一人一人時間をかけてゆっくりと見ていった。

「みんな、いい顔になったな。…遥君、やっぱり姉妹だな。望に似てきたぞ。たいしたべっぴんだ」


「うえっ、うえっ、うううん」

遥は博斗の胸でいまだにぐずぐず泣いている。


「だいたいのいきさつは風の便りで聞いてたけど…驚いたな桜君、ほんとに体を捨てちゃったのか。喋るメダルをぶらさげた黒髪の女って、けっこう有名だぞ」


「まあね」

照れ隠しにそっけなく言って、桜は、体と顔がなくてよかったと思った。

あったら、遥みたいにおいおい泣いてるんじゃないかな。


「由布。どうだい。調子は?」

「けっして楽ではありませんけれど、でも、なんとかやっています」


「そうか。入れこむのもいいけどさ、自分のことも大事にな。由布は自分で受け入れようと思えば、いつでもいい出会いがあると思うよ」

「そ、それは…」

由布は口ごもった。


「いや、博斗せんせ。実はこの由布という娘、すでに何人もの男に言い寄られておるのでありまするぞ」

「な、なんと! しかしてその結果やいかに!」

「あろうことかこの娘、すべて断りもうしておりまする」

「な、なんと!」


「あるときなど、男が由布殿のテントに…あ、ちょっと、待って、いまいいところなのに…」


ブチッ!


スイッチを切られた桜は沈黙した。


「変な話をしないでください。わたしには、ちゃんと、待っている人がいるんですから」

由布は真っ赤になっている。


「お! ほっほっほっ。そうかそうか。まだ初雁ぼうやと付き合ってるのか?」

博斗はにやにやと楽しそうに笑った。

「それならそれでいいじゃないか。恥ずかしがる必要なんかない。桜君を元に戻してやりなよ」


由布はふくれっ面で桜のスイッチを入れた。


「…ぶはあっ! 死ぬかと思ったよ」


博斗は燕に手を振った。

「元気にやってるか?」

「うん!」


「映画はどうだい? 快調?」

「まあね」

燕は頬をぽりぽり掻いた。


「すごく楽しいよ。ありのままだから。いつもの燕のままでやれるから」

「違いない」

博斗は微笑んだ。


「…もう少ししたらあの子にも燕君の勇姿を見せてやりたいからな。映画の他にもどんどん出てさ、来年、再来年も、続けてほしいな」


「うん、任せといて」

と、燕は答えたが、内心で首を傾げた。「あの子」って誰のこと?


そして博斗は、翠を見つめた。

くるくるヘアーは相変わらずだが、以前の翠にあったようなピリピリした感じがない。


「君がこんな人になるとは、俺も思わなかったぞ」

「私だって思わなかった。どうしてこんな仕事やろうと思ったのか、いまでもうまく説明できないんだけど、でも、でも、なんだか、すごくいま幸せで」


博斗は舌を巻いた。

喋り方まで変わってる。

「いや、しかし、こんな保育士さんがいるんだったら、俺も園児になりたいよ…なんてことを言うとあいつに引き裂かれるからやめとこう。まさかあんなに嫉妬深い奴とは思ってなかった…まあ、そこがまた可愛いんだが…」


翠は首を傾げた。「あいつ」って誰のこと?

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