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三人は、駐車場にやってきた。


遥の、ぴかぴかなツーリングワゴンを見て、桜がさっそくぶつぶつ言い始めた。

「遥、まだ学生でしょ? よくこんな車買えたね~。親のスネかじったの?」


「えっへっへ」

遥は照れくさそうに笑った。

「言わなかったっけ? あたし、本、出版したの」

「そういえばそんなメールをもらったような」


「あのね、一年の夏休みにね、小説書いて、コンテストに送ってみたのよ。そしたらドンピシャ! 一発で大賞。おまけにベストセラーと来たもんよ。みんなにもちゃんと分け前あげるからね」

「分け前?」


「そうよ。だって、本って、これだもん」

遥は、ダッシュボードの物入れから四冊の文庫本を取り出した。

「じゃじゃん。『スクールファイブ』全四巻」


桜がげらげらと笑い出した。

由布も笑みを隠そうとしなかった。

「これなら、分け前なんて、いりませんよ。この本が出ること自体が、なによりいちばんの贈り物です」


「みんな、これがフィクションだと思ってるの。『文章は未熟だが、力強い勢いがあり、筆者の並々ならぬ思い入れが伝わってくる。フィクションとは思えないリアリティがある』だって!」

「そりゃそうだ。フィクションじゃないんだから!」

車に乗りこんだ三人は、それで、また、げらげらと笑った。


遥は車を発進させ、すぐに都市高速に乗った。

「でもよかった。ほんと、由布と桜に会えて。翠とは一年に一回ぐらい会えるの。燕ともちょくちょく会うんだけどね、二人には、ぜんぜん会えなかったから、本書いてても、すごく寂しかった」


「わたし達の青春ですからね」

「うはっ! クサいこと言うね、由布」

「からかわないでください」

「わかってるって。でもね、やっぱり、戦う青春って、間違ってると思うよ、僕は」


「なにかを守るための戦いもあります。たとえば、自分を守るための」

「まあ、由布がセルジナの女の子に教えてるのは確かにそれだよ。即物的に、護身するための戦い」

「わたしのような思いをする子どもはいないほうがいいですから」


「でもね、やっぱり戦いはなにかを犠牲にしないと成り立たないもの。セルジナの子ども達をみてごらんよ。僕や由布が教えこんだから、戦い方はよく知ってる。精神も強い。銃の使い方、ナイフの使い方、体術、そういうことはよく知っている。でもさ、あの子達が読める数字は、銃の口径のサイズだけなんだよ。あの子達が読める英語は、DANGERだけなんだよ。やっぱり、そんなのおかしい」


「だから桜さんが勉強を教えてるんじゃないですか」

「天才だろうがなんだろうが、一人の力には限界があるさ。由布だって、よくわかってるだろ、そんなこと」

「…」


遥は、日本でなんだかんだいって安全に暮らしている自分が口を挟むべきことではないと思い、運転に意識を集中していた。

車は分岐を折れ、環状線の内側に入っていった。


「ま、いいよ、やめよう、こんな議論は。もう由布と千回ぐらいこの議論してるから飽きちゃった」

「千回もしてませんよ。五百回ぐらいだと思います」

「どっちでもいいよ。…ねえ、遥、どこに向かってるの?」


「うちの大学。今日ね、撮影やってるの。もうそろそろ終わるって話だから、ちょうどいいはずなの」

「撮影? なんの?」

「やーねー、決まってるじゃない。ロケよ、これの映画の」

遥は、由布の膝に乗っている文庫本を叩いた。


「映画化? はあ…そりゃまた」

「どうしてその撮影現場に行くんです?」

「行けばわかるわよ」


遥は、謎めかして言い、にんまりと笑った。

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