14

博斗の目に映るマヌの顔がぼやけてきた。

「怒りで私が殺せると思うな。私には一万年の怒りがある。貴様と裏切り者如きに私のすべてを眠らされた憎悪がある。貴様の恨みなど消し潰してくれる」


「怒りでは勝てない? じゃあひかりさんは…なぜ…?」

グラムドリングの柄を握っている手が緩みかけた。


その手に、別の手が重ねられ、グラムドリングを取り落とすことを防いだ。白刃ももう一度太く明るくなった。

「博斗」

黒い篭手。ずたずたに破れた手袋に包まれた白い手。


シータが膝で立ち、がっしりとグラムドリングを押さえている。

「憎悪に勝てるのは愛することだけだ。不信に打ち勝つことが出来るのは信じることだけだ」


シータはこれ以上ないぐらいきつく博斗の手とグラムドリングを握り締めた。

「ひかりが最期に私にそう言ったんだ。お前にはなんと言ったんだ」


(あなたのことを私は信じています)


グラムドリングの柄が白熱した。

マヌを貫いている白い輝きも急速に膨張していく。


マヌの手が博斗の肩から垂れ落ちる。こわばり恐怖を露呈した表情で、マヌはグラムドリングの白い炎に触れた。

だが乾いた悲鳴を上げて腕を振り上げた。

手首から先が消滅していた。


博斗は唸り声を上げてグラムドリングをさらに奥深く、自らの手までマヌに埋まってしまえといわんばかりにもうひと押しした。


シータのものと博斗のものと、それぞれほとんど途絶えかけていた二人の活力であったが、いまやその二つはそれぞれ膨張して、グラムドリングという媒体を介し一つの燃え上がる炎となって、マヌというちっぽけな老いた身体を燃やし尽くそうとしていた。


マヌの僧衣に白い炎の舌が飛び移った。

みるみる僧衣が炎に包まれる。


「あぁぁ、あぁぁぁ、あぁぁぁぁ」

マヌは、失われた手首で顔を覆った。


燃える白い炎はすぐにその手首と顔まで包んだ。

マヌの身体は白く激しく燃え上がっていく。


グラムドリングの柄が小刻みに震え始めた。

博斗には、この感覚に覚えがあった。

オシリスがイシスを救おうとしたときのあの感じ。つまり壊れるということだ。


「手を離すぞっ!」

博斗は怒鳴り、グラムドリングから手を離した。


そしてシータを抱き寄せ、マヌとグラムドリングに背を向けた。


背後で爆発が起こった。

爆風の範囲は広くなく、エネルギーがマヌの身体に圧縮された、小範囲で高密度な爆発だった。

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